file021:スタンガスン3「対峙」
【登場人物】
シャーロック:探偵と名乗る頭の切れる謎の人物。魔法の知識は無い。
ジョン(私):帰国したばかりの魔法博物学の臨時教職員。
スタンフォード:ロンドン大学の職員。助手。ジョンの知り合い。
ドレバー :実験棟で殺されたアメリカからの留学生。錬金術研究科所属。
スタンガスン:ドレバーと一緒にアメリカから来た留学生。錬金術研究科所属。行方不明。
アリス :ロンドン大学・精霊研究科に所属する一年生。
アーサー :アリスの兄。海軍所属。ドレバーを助けようとして怪我をした。
嗤う太陽 :何者かが操る精霊。泥の少女と共に消えた。
泥の少女 :動く泥。緑の瞳を持つ少女の姿になる。
【あらすじ】
ロンドン大学で殺人事件が起こった。被害者はドレバーというアメリカの留学生である。
シャーロックと私がドレバーと同じアメリカからの留学生・スタンガスンの幽閉場所を探していると、首だけの男子学生が現れた。
男子学生はスタンガスンであり、体全体をゴーレムを利用した人工の体にしていた為、首だけで行動できるのだと説明する。
そしてシャーロックがスタンガスンの首を持って移動しようとした時、二人が消えた。
私の目の前からシャーロックが消えた。彼が抱えていたスタンガスンの頭部も一緒に。
辺りは静けさに包まれている。厳密には風の音や鳥の鳴き声はしていたが、私の期待する音は聞こえなかった。
辺りを見渡して本当に誰もいない事が分かると、私は事態の重大さに気付いて急に体が震え始めた。
それでも何とか意識を集中させ、残った魔力を感じ取り、これが魔法によるものだと判断する。
多分、転移魔法だろう。二人を瞬時に別の場所へ移動させたのだ。
しかし魔法は特定できても、どこへ移動したのかまでは分からなかった。警察が使うワンドでもあれば方向くらい見当が付いたのに、と考えた時、私はシャーロックの言葉を思い出した。
シャーロックは流石である。この様な事態も想定し、どうするべきか行動を指示してくれていたのだ。
『もし僕に何かあって、君の手に負えないと判断したら、一秒でも早くその場を離れて警察を呼んで欲しい。』
彼はそう言っていた。
『それが生存率を上げる一番の方法だからね。』
私はその言葉に従う事にした。
(すぐに戻るから!)
そして警察が「ドレバー殺害事件」の本部に使っている大学本部の事務所へ走った。
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構内を歩いていたシャーロックの視界が、突然、真っ暗になった。空気の流れや匂いなどから、場所を移動した事を察したシャーロックは暗闇に目を凝らす。
(これも魔法とかいうやつの仕業かな。)
シャーロックは、やれやれと思いながら情報を収集しようとした。
「た、助けてくれーッ!」
しかしパニックになったスタンガスンが叫び出して邪魔をする。
「少し静かにしてくれないか?状況が把握できないよ。」
シャーロックのそんな言葉が届く訳もなく、スタンガスンは首だけでもがいていた。
仕方が無いと諦め、できる限りの情報をシャーロックは収集する。空気の澱みやヒンヤリとした涼しさから地下らしい事、床はザラザラとした石で出来ている事、すぐ側に壁があるが床と似たような材質である事。
そんな時、突然、光源が出現した。
二人の目の前に嗤う太陽が現れたのだ。暗闇の中に浮かび上がる嗤う顔の模様がある白い炎の塊。シャーロックが朝に見た時よりかなり小さいが、辺りを観察するには十分な明るさだった。
その場所はそれなりの広さのある円形の空間で、床にはこれも円形の複雑な模様が描かれており、蝋燭の燃え滓がいくつも残っている。その様相から儀式の間のようだった。
天井はドーム型で、シャーロックが立っている位置は空間の片側で、対面には閉じている重々しい扉があり、その前に嗤う太陽が浮かんでいた。
「ジェファソン!」
嗤う太陽を見たスタンガスンが悲痛の声を上げた。その名前をシャーロックは瞬時に記憶から辿る。
(ジェファソン……スタンガスンによれば、ドレバーを殺し、スタンガスン自身を現場から拉致した人物か。)
スタンガスンの叫びで身構えたシャーロックに、嗤う太陽の思考が脳内に直接響いた。
≪そいつだけ置いていけ。お前に用はない。≫
(予想通りの言葉だね。)
シャーロックは驚きもせず、嗤う太陽を観察する。
(せっかく事件の中心人物が出てきてくれたんだ。時間稼ぎも兼ねて、色々気になる事を確認させてもらう事にしよう。)
そしてシャーロックはわざと芝居掛かった感じで返答した。
「このスタンガスン君とは、先程会ったばかりで思い入れは何もないんだ。だから君の言う通り置いていっても良いのだけども……」
その内容に言葉を失うスタンガスンを余所にシャーロックは続ける。
「しかし巻き込まれた以上、知る権利があると思わないかい?」
そう言うと相手の答えを待たずに質問した。
「ドレバーの殺害を止めようとした青年がいるのだが、彼を刺したのは君かな?」
その言葉に嗤う太陽は少しだけ反応した。反応と言ってもほんの僅かな動きである。それでもシャーロックには十分だった。ジェファソンがアーサーを刺した事を確信すると、更に続ける。
「火や泥で牽制する事も出来たはずだ。何故、刺したのかな?彼を殺すつもりだったのかい?」
≪…………。≫
「沈黙では分からないよ。もしその青年に今後も危害が及ぶなら、話し合いは出来ないな。」
シャーロックがそう言うと嗤う太陽はすぐに反応した。
≪これ以上、その青年に危害を加える事はない。≫
「成程。あの出来事は君にとっても想定外だったという訳だ。」
シャーロックは念を押す。
「君の標的はあくまでドレバーとスタンガスンという事で良いのかな?」
そして相手が沈黙を続けているのを良い事に次の質問をする。
「僕はその青年と少し話したのだが、彼は"泥の少女"と呼んでいるものを、とても心配していてね。知っていたら教えて欲しいのだけれど?」
すると沈黙を破り嗤う太陽がシャーロックに告げた。
≪お前に用は無い。退場してもらう。≫
(意外と気が短いね。もう少し探りたかったが、先に本題を聞いておくかな。)
シャーロックは相手が行動するより先に口を開いた。
「君はドレバーとスタンガスンに恨みがある。しかし、スタンガスンを殺す時間は十分にあったのに、すぐには殺さなかった。それには何か理由があるはずだ。」
挑発するようにシャーロックが話し始めると、腕に抱えられたスタンガスンがガタガタと震え出した。
「彼らは一体、何をしたんだい?僕の考えでは、随分と酷い事をしたはずだ。わざわざ苦しませてから殺したくなるくらいにね。"泥の少女"と関係が……」
≪お前には関係無い。黙らなければ力尽くで排除する。≫
嗤う太陽がシャーロックの言葉を遮った。
(あの動く泥が鍵を握っているのは間違いないようだ。しかしこの質問はやはり怒らせてしまったか。)
シャーロックはすぐに宥めるような調子に変える。
「分かった、黙るよ。だからこの後、スタンガスンをどうするのかだけ教えてくれないか?」
その質問に嗤う太陽は短く答えた。
≪裁く。≫
「ヒッ……」
スタンガスンから息を詰まらせたような悲鳴が聞こえたが、シャーロックは構わなかった。
「君が裁くのかい?」
≪俺は何もしない。俺は見届け人だ。≫
「ほ、本当か!?」
助かるかもしれないという僅かな希望でスタンガスンは思わず叫んだが、嗤う太陽の言葉ですぐにそれは消えた。
≪俺の役目は裁きが終わるまでその男を逃がさない事だ。逃げれば焼き殺す。≫
「そんな……」
スタンガスンの絶望を表した掠れた声が、儀式の間に小さく響いた。
(あの扉は簡単には開けられそうにないし、この場所の特定も出来ていない。脱出する手立ては不確定だ。だとすると、次にあのふざけた太陽が何をするかを見極める必要があるね。)
シャーロックは冷静に現状を分析すると、腕の中で震えるスタンガスンを抱えたまま、この後の事態に対応する為、様々な可能性について思考を巡らせた。
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