第19話、針串刺しの術式
ヴァルコラキはこの季節に雨が降る事は無い。ひたすらに快晴な日和が続くのだ。本日も快晴、雲ひとつ無い快晴だ。行軍の準備を整えた一行は宿屋を出、街の外へと歩く。誰の眼にも真剣さが宿り、これからの激戦を予感させていた。
「今日は『ブレーメン』から、出来る限りの敵を殲滅します。アルベルトさんとゴリアテさんは前列、エストさんとエリーは後列から援護をお願いします」
その作戦指示に、たまらずアルベルトとゴリアテは薄く笑みを浮かべる。いかにも勇者らしい、綺麗な作戦だ。
「君は後列で大丈夫かい?」
「大丈夫です。少し、試したい事もあるので」
ゴリアテの問いに、シャーロットは力強く答える。そして、その「試したい事」に興味がわいたのか、エレノアとエストは彼女からその方法を聞きだしていた。隊列が組み変わり、先を歩くゴリアテとアルベルトが進路を作る。もうすぐ街の外だ。
「試したい事って、結構危険なこと?」
「いえ、マールの知識を私に配給して、私がマールと同時に魔法を展開して効果を増強するんです。昨日寝る前にマールと話したら『いける』と言われたので」
エストの不安げな声を安心させるようにシャーロットは言う。エストもその返答に安心したように頷いた。
「本当に、マールは面白いですわね。意思を持ち、知能を持つ。まるで生きている精霊結晶のようですわ」
「ほほう、なかなか核心を突いておる」
楽しげにマーレボルジェは空気を震わせる。一体何がそれほど楽しいのか一同には理解できない。
「そういえば、私とゴリアテの力を皆様にお見せするのは初めてかしら?」
思い出したようにエレノアが呟くと、エストとシャーロットは一つ頷く。エレノアがくつくつと喉を鳴らした。
「面白いものを見せて差し上げますわ。サヴィジガーデン共和国の『鉄装』と『雹雷』の実力を示して差し上げます」
「私の見せ場も残しておいてね?」
エレノアの言葉にエストが軽口を挟む。姦しい話し声を背に受けながら、武人の2人は大股に前へと歩き続けていた。
「……何日掛かると思う?」
「早くて4時間。遅くとも明日までには掃討する」
ゴリアテの問いに、アルベルトはそのように答える。ゴリアテはさすがに予想外だったのか呆けたように小さく口を開けると、兜に手を置いておおらかに笑った。
「はっははは! かなわないな貴方には。良いさ、4時間で終われるように俺も努力する」
「君の戦い方を見させてもらうよ」
昨日兵士詰所から連絡が行ったのか、ブレーメンへと続く木の柵で封鎖された街道を守る2人の衛兵は敬礼をすると道を開ける。アルベルトとゴリアテは軽く会釈をし、シャーロットは深々と頭を下げる。エレノアは胸を張って鼻を鳴らし、エストはかちゃがちゃと鎧を鳴らして慣れたように返礼を行った。
封鎖された街道の空気を感じ取った瞬間、5人の顔が一様に鋭い表情を帯びる。油断をすればそのまま身を切り裂かれるような殺気が、ブレーメンから漂っていた。
――――
木の柵を越えて数十分ほども歩いた時、街道の岩陰から突然2体の影が躍り出た。紫色の皮膚を持った小柄な四足の獣で、頭部には金色の鬣と鋭い槍のような二本の角が生えている。鞭のような長い尾には鱗が生えており、先端は蛇の頭部であった。
「キマイラ……だがまだ子供だな」
ゴリアテが呟く。どうやらゴリアテも魔物についての知識は多少あるようだ。シャーロットは前列に躍り出ると剣を抜き、アルベルトは身体を軽く開いて戦闘態勢を作る。ゴリアテは盾を前方に突きだし、シャーロットはハルバードを両手に持ち背後で杖を構えるエレノアを見遣った。
キマイラが耳を劈くような声で鳴き、一同を食い殺すために跳躍する。戦端は開かれた。
「『我に求めよ。さらば汝に諸々の魔を嗣業として与え、死の果てを汝の物として与えん』」
シャーロットが詠唱を開始すると共にゴリアテが大きく盾を振りかぶり、シャーロットめがけて跳躍した一匹のキマイラの首めがけて四角い盾の角を叩きこみ、アルベルトがもう一匹の脇腹めがけて拳を突きいれる。衝撃が空気を震わせ、キマイラが吹き飛ぶが体性を立て直すと低くうなり声を上げた。
「エンチャント! パイロキネート!」
「エンチャント、エレクトロン」
エストの魔法がアルベルトの拳を炎で覆い、エレノアの魔法がアルベルトの全身を雷で覆った。2人の武人が後列への攻撃を阻害する間にシャーロットは詠唱を続ける。
「『汝、黒鉄の剣をもって彼らを打ち破り、陶工の器物のごとくに打ち砕かん』」
虚空に次々と真っ黒な剣が生まれる。それらはまるで今にも打ち出される弓矢のように真っ直ぐにキマイラを捉えていた。
「『射て』」
シャーロットが呟くと、40本以上もあろうかという黒い剣はキマイラに向かって真っ直ぐに進む。キマイラもその光景に驚いた様だが回避のために行動を開始していた。アルベルトとゴリアテが射線上から身体を逃した途端、雨霰と襲い来る無数の剣がキマイラに深々と突き刺さった。咆哮が空気を揺らすが、まだ絶命はしないようだ。
だが、エレノアはこうなる事を予想していたのか次の魔法を展開していた。エレノアの目の前には巨大な氷の塊が浮遊していた。
エレノアが杖でその氷の塊を軽く小突くと、氷が細かい破片となって嵐のごとくキマイラを襲う。氷の破片が突き刺さった黒い剣の柄や皮膚に直撃し、キマイラは狂ったような叫び声を上げて地面に倒れた。
「なるほど『雹雷』。君は立派に魔法使いだねぇ」
電撃付加に加えて、氷属性までも扱って見せたエレノアに、エストは素直に賞賛の言葉を呟く。エレノアはふふんと鼻を鳴らすと小さな胸を張った。
「それにしても、勇者ちゃんは相当な無茶をしたものだわ」
エレノアがその言葉に困惑を浮かべると、エストはため息を吐いてエレノアを見つめた。
「あの魔法、闇魔法よ」
その言葉にエレノアの眉が跳ねる。勇者自身が闇魔法を使うなんて、彼女からしたら考えられないのだろう。当のシャーロットはといえば、荒い息のまま前方で串刺しにされたキマイラの亡骸を見つめていた。
「これがマール、あなたの使う魔法かしら?」
「事破壊力という点において、闇魔法ほど扱いやすい魔法もあるまいて」
あまりにも無茶苦茶な台詞に、たまらずエストは大きく肩を落とした。