諏訪家の現実と、エンジニアの謀議
「――鉄が足りない。それに、このままの備蓄量では、半年も籠城戦を続ければ領民が飢える」
諏訪の館の一室で、俺――寅王丸は山積みにされた古びた帳簿を睨みつけながら、鋭く息を吐いた。
前世でエンジニアとして培われたロジカルな思考は、この戦国時代の遅れたインフラや経済の非効率さを痛いほど浮き彫りにしていた。
「寅王丸様、またそんな難しい顔をして……。もう、お顔にしわが寄りますよ」
呆れたように、しかし慈愛に満ちた笑みを浮かべて、姉上――諏訪姫が温かい湯の入った杯を差し出してくれる。
ありがたくそれを受け取りながら、俺は首を横に振った。
「感心してる場合じゃないんだよ、姉上。……父上は『諏訪大明神の神威があるから甲斐の虎ごとき恐れるに足らず』って気構えだけど、現実の軍神はそんな御題目じゃ止まらない」
武田信玄。甲斐の虎と恐れられるその男が、着々と信濃侵攻の準備を進めていることは、前世の歴史知識がなくとも、周辺からの密偵の動きで痛いほど伝わってきていた。
史実の圧倒的な敗北を指をくわえて待つつもりなど毛頭ない。
俺が転生してきた意味があるとするならば、それはこの諏訪の地を要塞化し、武田の猛攻を正面から跳ね返すことだ。
「なぁ、姉上はさ……この諏訪が、外の敵に奪われたところなんて、見たくないだろ?」
「もちろん、嫌です。お父様も、領民の皆も、そして寅王丸も、みんな大事ですから」
「なら、俺に少し時間をくれ。この諏訪を、誰もが手を出せない要塞に変えてみせるから」
姉上は少し驚いたように目を丸くしたあと、ふっと柔らかく微笑んだ。
「わかりました。寅王丸がそこまで言うなら、私は信じます。その代わり、無理をして倒れたりしないでくださいね」
その日から、寅王丸の「富国強兵プロジェクト」が水面下で動き始めた。




