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第六章 04

 入学して初めての試験期間が終わった。全三日の日程は長かった。毎日の習慣が良かったか、手ごたえ自体は悪くはなかった。帰り際に月読が机にだらけて死んだ顔をしていたが、たぶん駄目だったのだろう。久々利はなんでもない顔で、クラスに来たバスケ部員に呼ばれて体育館へ向かっていく。雪那はどうしてか不敵な顔を浮かべていた。


「直毘、私の試験は完璧だったと自負している」


「そか」


「であれば、今日は晴れの日だ」


「そう、だな?」


「ならば今日の料理は私が――」


「やめろ。お願いだ。俺はまだ生きていたい」


「分かっている。さすがの私も察した。だから譲歩しよう。まずは雑炊から――」


「米もまともに研げねぇやつがなにがまずはだよ。やり直しだ」


 む、と雪那が咳払いする。


「で、ではゆで卵でどうだ」


「駄目だ。爆発の危険がある。目玉焼きなら許す」


「ま、まことだな! では今日は私が目玉焼きを作ろう!」


 しゅた、と雪那が荷物を持つと凄まじい速さで教室から消えた。縮地ぃ……。


「直毘、いこっか」


 横に来た朔に左手を取られる。沈んだ月読が右手をふらふらと振っていた。


 朔に導かれてこの前の公園に行く。同じ場所で、同じようにふたりで座った。今日は拳一個分だけ、距離が離れていた。


「約束、覚えてる?」


「内容は分からんけどな」


「ん、ならいま伝えるよ」


 朔の顔を見る。花の笑顔を浮かべた彼女が、少し、ほんの少しだけ、怖がっているように見えた。


「お姉さんに会いにいこっか」


 視界が割れた。肩にかけていたカバンが落ちる。震える右手が胸に向かう。天地が裏返った。そう、感じた。


「……なんで、だ?」


 朔の両手が上がって、頬が掴まれる。


「一番痛いところ、そこでしょ? 一緒に、痛いの、清算しよ?」


「嫌だ……」


「直毘」


「嫌だ。なんで、やっと、全部片付いた。俺の前からいなくなったんだ。もう、会わなくていいんだ。それなのに……どうして」


「痛いよね。ごめんね。でも、そうしないと、直毘が前を向けないって、この前やっと気づいたんだ」


「頼む。やめてくれ。それだけは……頼むから」


 朔の顔が泣きそうに歪んで、それでも目だけは逸らさずに直毘を見つめている。


「直毘、私がいる。ずっといるよ」


「なあ、もう、姉貴だけは……嫌なんだ。朔……」


「直毘にこれ以上つらい思いさせたくないから。もうこれ以上、直毘に我慢してほしくないの」


「なんで姉貴なんだよ……お前のわがまま、他なら全部聞くからさぁ……」


 怖くて、寒くて、身体が震えて止まらない。なのに朔の微笑みと手のひらが暖かいから、温度差でおかしくなってしまいそうだ。


「必ず支えるから。一緒に会いにいこう?」


 震える右手が空に彷徨う。その手を朔が掴んで、握って、深く絡めた。


「だめ?」


「……怖いんだよ。頭の中から、離れないんだ」


 どうしようもなく、身体の芯が寒い。ふり切ったはずなのに、過去はどうしたって着いてくる。ずっと、忘れていたかったのに。


「朔……お前がいれば、もういいんだ」


「嬉しいな」


「他なんて、どうでもいいんだ」


「それはダメ」


 大地に叩きつけられた気分だった。


「ごめんね、何度謝っても足りないけど、私しかきっと言えないから。痛いところ、なくしに行こう?」


 張り裂けそうに胸が痛い。恐怖で頭が真っ白になる。


 ふんわりと暖かさに包まれる。両手を広げた朔に頭を胸に抱かれる。


「もう、直毘をひとりにしないから。私を信じて」


「足が竦んだら……」


「私が引っ張る」


「言葉が出なかったら……」


「背中を優しく撫でてあげる」


「……逃げ場ねえじゃん」


「どうしても怖かったら、いつだって抱きしめるよ」


「たぶん、すっげぇ情けない姿晒すぞ」


「いいよ」


「お前に愛想つかされたら、泣くぞ」


「それは無いから安心して」


「……なら、行く」


 強く、強く朔に抱かれる。彼女の身体の体温と柔らかさが、恐怖を少しずつ霧散させていく。


「ごめんね。どうしても、好きだから。こうするしか、浮かばなかったんだ」


「謝るなよ。お前が、考えてくれたってことは分かる。伝わってる」


「うん。でも、いま直毘が痛いのは事実だから」


「少しでいい。今日は、少しだけ長く……一緒に……」


「うん」



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