第六章 知らなかった英雄
勇者は、考えない。
正確には、考えなくていい立場にいた。剣を振る理由、進む方向、守るべきもの。それらは常に誰かが整えてくれた。彼はそれを疑わず、疑う必要もなかった。
勇者とは、そういう役割だ。
魔王城へ向かう道中、彼は何度も振り返った。仲間が揃っていることを確認するために。誰も欠けていない。それだけで十分だった。
吟遊詩人も、そこにいた。
勇者は、彼を特別視していなかった。戦力ではない。判断役でもない。だが、いつもいる存在。風景の一部のような仲間。
だから、問いもしなかった。
魔王を倒した瞬間、勇者は思った。
――終わった。
それは安堵だった。同時に、責任の放棄でもあった。
剣士の迷いも、魔導士の計算も、盗賊の軽さも、聖女の祈りも。
勇者は、それらを知らなかった。
知らなかったことは、罪ではない。
だが、知ろうとしなかったことは。
祝宴で、勇者は笑っていた。人々の声に応え、杯を掲げ、英雄として振る舞った。その中心で、吟遊詩人が少し離れた場所にいることにも、深い意味を見出さなかった。
「終わったんだろ?」
勇者は言った。
その一言で、すべてを閉じた。
四日目の朝、礼拝堂で彼を見たとき、勇者は理解できなかった。
なぜ、という問いが浮かばなかった。
ただ、終わったはずの物語が、終わっていなかったことだけが、理解不能だった。
手帳を開いたのは、勇者だった。
切断線の一覧を、彼は一つずつ追った。そこに自分の名前がないことに、最初は安堵した。
だが、最後の一行で、手が止まった。
――物語は、ここで終わる。
勇者は、初めて考えた。
誰が、この物語を終わらせたのかを。
魔王ではない。
世界でもない。
仲間でもない。
自分だ。
終わったと信じた瞬間、終わらせてしまったのは、自分だった。
吟遊詩人は、勇者に問いを投げなかった。
問いを投げれば、勇者は答えを探しただろう。答えを探せば、物語は続いてしまう。
彼は、それを選ばなかった。
勇者は理解した。
自分が背負ってきたのは、世界ではない。
選ばなかった問いの重さだった。
勇者は、その場に膝をついた。
剣は抜けなかった。
守るべきものは、もうなかった。
だが、終わらせてはいけなかったものだけが、はっきりと残っていた。




