表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄譚の外側で、ひとりが死んだ  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/7

第五章 祈りの外側

 聖女は、祈る。


 それは職能であり、習慣であり、彼女自身の存在理由だった。言葉を選ばずとも、意識を澄ませば祈りは立ち上がる。彼女にとって祈りとは、迷った末の行為ではなく、迷う前に発動する反射だった。


 魔王城に入ったとき、彼女はすでに祈っていた。誰かが傷つく前に。誰かが死ぬ前に。あらゆる可能性を先回りし、被害を最小化するために。


 祈りは、届いていた。


 致命傷は避けられ、即死は免れ、仲間は倒れなかった。剣士の刃が逸れた瞬間も、魔導士の術式が歪んだ瞬間も、盗賊が振り返らなかった瞬間も、彼女の祈りは働いていた。


 ただし――


 すべてを救う形では、なかった。


 祈りには、範囲がある。


 彼女が祈りに含めたのは、パーティの六人だけだった。無意識だった。長年そう教えられてきた。聖女とは、選ばれた者を守る存在だと。


 だから、子どもは含まれなかった。


 剣士が迷い、魔導士が境界を動かし、盗賊が走り抜けた、そのすべての瞬間で、祈りは正確に作用していた。


 守るべき対象を、外さない限りは。


 「神は、正しい者を守る」


 彼女は、そう信じていた。


 だが正しさは、誰が決めるのか。


 吟遊詩人は、祈りの輪の外側に立っていた。


 彼は、癒やされていた。守られてもいた。だが、彼女の祈りが“何を含み、何を含まないか”を、はっきりと見ていた。


 魔王が倒れた瞬間、聖女は深く息を吐いた。


 救えた。


 そう思った。


 四日目の朝、彼女は初めて気づいた。


 救われなかったものが、どこへ行ったのかを。


 礼拝堂で彼を見たとき、彼女は反射的に祈った。癒やしの言葉が口をついて出た。だが、祈りは届かなかった。届くはずがなかった。


 彼は、最初から祈りの対象外だった。


 「どうして……」


 聖女の声は、祈りではなかった。


 吟遊詩人は、彼女を責めなかった。


 彼はただ、そこにあった祈りの境界を、越えなかった。


 聖女は理解した。


 自分が守ってきたのは、命ではなく、物語だったことを。


 英雄が死なない物語。

 選ばれた者だけが救われる物語。


 その外側で起きた死を、彼女は祈りで包まなかった。


 包まなかったのではない。


 最初から、含めていなかった。


 祈りは、暴力ではない。


 だが、境界を持つ。


 聖女は初めて、祈らないという罪を知った。


 そして、その罪を誰かが代わりに背負っていたことを、否定できなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ