幕間 報告 / 21.帰り道
幕間 報告
早朝、父に呼ばれて書斎へ行くと、そこには領都にいるはずのトリスタンがいた。
ロウエンの祖父はソレイユの祖父母の仇の内の一人であり、先王より命じられた三代は王都に入ることを禁じられているので、来ることはないのだが。
トリスタンがここにいるということは……。
「ロウエンの刑は執行された」
ソレイユ、いや、ダイン家の情報を、ダイン家を逆恨みする者たちに流していた。
勿論ソレイユに対する噂、情報操作についても関与している。今回、王都への往路で遭った盗賊の襲撃も彼が一枚噛んでいた。
彼が直接手を下すことはなかったが、重要な情報を流していたのだから罪は重い。
「そうですか」
トリスタンのような気安さはなく、一歩引いた対応をしてくる男だったが、幼い頃から長く一緒にいたためだろうか……多少は胸の痛みがあることに驚いた。
「王都にいる、陛下の意向に添わぬ、国益を損なう者たちについても、半年以内に粛正される方針だと内々に通達された」
王弟殿下は速やかに対処してくださるようだ。
これで、ソレイユの不名誉な噂は消えることだろう。
「話は変わるが。今回の指名依頼は問題無く果たせたのか?」
父に問われ、一瞬言葉に詰まる。
「はい、ご期待を裏切らず、果たすことができました」
依頼自体は十分な成果を上げられたので、間違ってはいない。
朝になって王宮に突然出現したイルンの巨木について、我々は知らぬ存ぜぬを通すように命じられている。
オブディティ嬢が運び、ソレイユと二人で回復させたあの巨木は、貴族街からよく見えた。
それはもう、早朝から大きな騒ぎになっていたのだ。
吉兆として、大々的に宣伝すると言っていたので、すぐに収まるだろうとは思うが。昨夜遅くに帰って来た僕たちに、父も思うところはあるだろう。横にいるトリスタンの視線も、生温かいものになっている。
「そうか。冒険者としての活動だから、深くは聞かないが。まあ、無理はせぬようにな」
「はい、ありがとうございます」
依頼の内容を聞くような無粋なことをする父ではないのが、本当にありがたい。
「トリスタンが領都に戻るから、馬車に同乗するといい」
「ありがとうございます。助かります」
トリスタンならば多少の無理も利くので、本当にありがたいことだった。
きっとロウエンのことを伝えに来てトンボ帰りだろうから申し訳ないが、ヒーリングライトを加減せずに使えることは本当にありがたかった。
21.帰り道
帰りも馬車ですよ、冒険者としての矜持は、課題という敵の前には無力なのです。馬車の中で、少しでも課題をこなさねば、最終学年に進級できません。
っていうか、年度替わりにこの量の宿題を出すなんて、どうかしてるよ!
詰め終わった荷物を馬車に運ぶと、御者がトリスタンだった。
「あれ? トリスタンさんだ!」
ライゼスの護衛をしてるけど、今回は一緒に来なかったのに、どうしてここにいるんだろう?
「本日、帰りの馬車の御者をいたします。私が御者だと、色々都合がいいでしょう?」
そう言ってトリスタンはニッと笑った。
確かにそうだ、彼はわたしとライゼスがヒーリングライトを使えるのを知っているもんね。
ライゼスのもう一人の護衛であるロウエンがいないことも丁度いいね。彼はヒーリングライトのことを知らないはずだし、それに、あまりわたしのことも良く思ってないみたいでちょっと怖いんだよね、ライゼスには内緒だけどさ。
馬車の中には机が用意されている、ライゼスの采配かな?
馬車本体を反重力の魔法で軽くして馬の負担を軽減。
ヒーリングライトを出し惜しみせずに使い、馬車の中というエグい空間で車酔いをしてもヒーリングライト、眠くなってもヒーリングライト、お尻が痛くなってもヒーリングライト、御者をしてくれるトリスタンにもヒーリングライトを頻繁に掛けて、昼も夜もなく走り通してもらっています。
「いやあ、最短時間を更新しますねえ、これは」
途中の町で、食事休憩のときにトリスタンが引き攣った笑顔で言っていた。
「最短時間の更新って、浪漫があるね」
「ズルをしていますけれどね。まだ三日目ですのに、行程の半分まで達成っておかしいでしょう」
だよね、普通は十日の道のりだもんね。
「今日は宿に泊まって、集中して課題を進めよう」
やっぱり、動いている馬車の中よりも止まっている地面の上の方が勉強が捗るので、夕方到着したこの宿で徹夜で課題をした。睡眠? ヒーリングライトがあれば、取りあえず大丈夫だよ! というか、今回は睡眠に配慮する余裕が無いので、オブディティも寝ようとは言わなかった。
懐かしい領都はもうすぐそこ。
果たして、わたしたちに明日は来るのだろうか――わたしの課題は、まだ折り返し地点にも到達していない。
追記 ロウエンの終焉
ライゼス様の我儘により領都に留め置かれ落胆したものの、私の重要な使命が失われたわけではない。
出立の日を待たず、いつもの手順も飛ばして仲間と連絡を取った。……この早計な判断が、私の首を絞めることになるのだが、ダインの娘が領を離れ王都に行くという情報を早く伝えねばという使命感に焦りが先に立っていた。
「同志よ何事か」
私と同じく、祖父の代の代償として王都に返り咲くことができぬままいるお方が、不機嫌さを隠さずに椅子に座ったまま跪く私に声をかける。
彼は規則を尊び、例外を嫌うので、今回の火急の知らせを厭っているのがわかる。
それでも必要な情報だと、私は口を開いた。
「――なるほど、彼奴らは王都へゆくのか」
彼奴ら? まるで、ライゼス様も含めて怨嗟を込めたような声に、背筋がざわりとする。
「ご苦労」
感情がこもらぬ声がかかり、用が終わったことに気づかされる。
「は、はっ!」
慌てて頭を下げて、御前を辞する。
長居は無用だった。
情報を得て采配を振るうのは、かの方のお役目。
私の使命は、組織の一員として粛々と情報を集めて渡すことなのだから。
夜の闇に黒衣で紛れ、かの方の屋敷を後にした。
黒い装いに、黒いマントのフードを深く被りこっそりとブラックウッドの屋敷へと戻る。
今日は闇が深いので、誰にも気づかれず戻ることができた。
それにしても、あのお方はもしかして、ライゼス様に対してもなにか思惑があるのだろうか。
確かにアーバン・ダインの娘と恋仲であるのは問題だが、ライゼス様は高貴な血筋なのだし、ソレイユ・ダインを排除してしまえば憂いはなくなる。
一時の盲目な感情を排除すれば、すぐに目が覚めるだろうしな。
マントを脱いで壁のフックに掛け、フードで乱れた髪を手櫛で整える。
「ロウエン、どこへ行っていた」
背後から掛かった声に一瞬だけ背中がこわばってしまったが、表情には出さずに同僚を振り返る。
「気配を消して近づくのはやめてくれないか、心臓に悪い」
いつもの調子で苦言を呈したが、私を正面から見る同僚の表情はいつもとは違い厳しい。殺気交じりの威圧をかけられ、その圧に冷汗が出る。
まさか、いや、そんなことはない、どうせくだらない用事でもあるのだろう。
「今日はお前が当番だっただろう、どこへ行っていたんだ」
「夜警のことなら、別の奴に変わってもらっている。文句を言われる筋合いはない。どいてくれ」
同僚を押しのけようとしたのに、頑として動かなかった。
頭脳派の私とは違い、肉体派の同僚には稽古でも一度として勝てたためしはなかった。あちらは武、こちらは知でもってライゼス様をお支えすると考えれば、私が勝つ必要はない。
「どこへ行っていたんだ」
「だから、夜警は変わってもらったのだから、なんの問題もないだろう。言いがかりを付けるのはやめてくれ」
腰に手を当てて呆れた口調で言ったが、トリスタンの真剣な表情も圧も変わらなかった。
嫌な予感に全身に鳥肌が立った私の手が掴まれたその時、周囲から見知った衛兵たちが出てきて私を取り囲んだ。
バレた。
即座に舌を嚙み切ろうとしたのに、下あごを掴まれ、口の中に強引に布を突っ込まれる。
「愚か者め」
同僚の低い声は固く、無慈悲に私の耳を打った。
* * *
罪人として牢に入る日が来るとは考えたこともなかった。
日の差さぬ牢で、水も食料もなく、時間の経過もわからなく、意識を失えば強制的に起こされる。
朦朧とした意識の中でも、仲間を売ることはしない。
我々は崇高な使命を持って行動している。
我々に疚しいことはみじんもない。
我々は王宮に返り咲き、正しく貴族政治を行わねばならない。
下賤な庶民に王宮を追われた我々は、今こそ無念を晴らすべきなのだ。
我々には多くの仲間がいるのだ。
現在も領主をされている*****様はすでに、準備を整えている。
庶民に与する貴様らも同罪だ。
真の貴族がこの国を支配する世が、もうすぐはじまる。
われわれが、あるべき姿に、あるべき場所に、戻るときがくるんだ。
おじいさまの無念を晴らして……
王都へ……もうすぐ……もうすぐ…………――
力を失った胴と首は離され、親元へと送り届けられた。
第五章 これにて終了です!
お読みいただき、ありがとうございました(≧▽≦)ノシ
1/25 ロウエンの後悔が見たいというリクエストがありましたので、追記いたしました。




