20.来歴
カミルがやらかしたわたし達を匿うために選んだのは、国王陛下の執務室の奥にある私的な休憩室だった。
え、いいの? 本当に、いいの? 王様本人がいないのに、いいの? いや、本人がいたら、恐れ多くて入れないけど。
それに、入ったのはバルコニーからだったけど、それもアリなの? え? 国王陛下は顛末を知ってるから大丈夫なの?
この部屋の主人は、まだお仕事中だから気にしなくていいんだって。こんな時間まで仕事なんて、王様っていうのも忙しいんだね……。
そういえば、さっき植えるところを見ていた人って、この部屋の位置くらいだったよね。もしかして、あれって王様だったのかな。
ここからでも、さっき植えたイルンの木もバッチリ見える。
この距離でも見上げる巨木。
ここ、地上三階らしいんだけど、
「イルンの木を守ってくれて感謝する」
カミルがわたしたち三人にお礼を言う。
「どういたしまして! あのままだと、倒れて枯れてしまうところだったから。折角外に出られたのに、それじゃあ、かわいそうですよね」
「倒れる危険性を憂慮して、早急に手を打たせていただきました」
うっかり素直に返事をしてしまったわたしを、ライゼスがフォローしてくれる。
「君たちに頼んで本当によかった。朝になってあの木をちゃんと見るのが、楽しみだ。先ほどの、ヒーリングライトに照らされていたのも、幻想的だったがな」
カミルが窓から巨木の影を見て笑う。
「急にあの大きさの木が生えたら、騒ぎになるでしょうね」
「いい話題だから、どうとでもなるさ。それにしても、まさかこれほどの巨大になるとは思わなかった」
カミルの言葉に、うんうんと頷く。
「それに、あの木のサイズの実がなるのですわよね……万が一、落果したら、危ないのではないかしら」
オブディティの言葉に、思わず固まる。
確かにそうだ、あの木の縮尺で実が生ったら、大変なことになるよね!
「収穫時期に、ドゴン、ドゴンと、落ちて地面に穴を開けるのかな! 時期が来たら、規制線を張らなきゃね!」
ワクワクするね! そんな巨大果実!
「ソレイユ、ここからでもイルンの木のアレを見られるかい?」
「なるほど!」
ライゼスに問われて、そうか、それもステータスで確認すればいいんだと思い至る。
窓際まで行かなくても、ここからイルンの木が見えるので、ステータスも見ることができた。
「ええと。イルンの巨木、果実の大きさは通常のものと同じ。ということらしいよ。残念だねえ」
「安心しましたわ」
オブディティは浪漫がわからないのかな。
スンと拗ねたわたしに「安全な方がいいでしょう? 万が一、あの木が果実を落として人を死傷させたりしたら、いたたまれませんわ」という正論を言う。
確かにそうなんだけどさ。
「イルンの実は、このぐらいの曲がった円筒形で、小さな種が真ん中付近にまとまっている」
カミルの手つきはパイナップルっぽいけれど、真ん中に種がまとまってる? メロンみたいなイメージだろうか、あれも高級フルーツだよね、こっちの世界ではまだ見たことがないけれど。
ステータスで確認したら、もっとわかりやすく載ってるかな?
■イルンの巨木、熟れた実は黄色く、皮は手でむけるくらい柔らかい。
やっぱり、バナナ?
■イルンの巨木、実の中央の種子は柔らかな綿のような繊維質に包まれているが、食べると苦い。
真ん中は苦いのかー。繊維質なら、何かに使えるのかな?
■イルンの巨木、中央の繊維質はしっかりしているので、洗浄後天日干しをして、繊維として使うことが可能。防火効果がある。
「へえ、イルンの実の真ん中の繊維は、防火効果があるんですね。燃えたら困るところに使ったりしてるんですか?」
興味津々でカミルに確認すると、険しい顔をされた。
「……はじめて聞いたぞ。ワタの部分に使い道があったのか、それも防火効果までとは」
カミルが思案している。
今まで捨ててたんだろうか、だとしたらもったいないことをしてたね。
「ソレイユ嬢、他にはどんな情報がわかるんだ。どんなことでもいい、イルンの木のことを教えてくれ」
カミルにお願いされたので、しっかりとステータスと向き合う。
「ええとですね――じゃあ、経歴から見てみますね。樹齢二百七年、発芽してそれほど経過しないうちに陽の光を失っていたので、その鬱屈した思いと太陽に対する憧れで、あれほどの巨木になったということです」
木も鬱屈するんだね。ストレスで一気に大きくなっちゃったんだ。
「……ちょっと待て、どうしてあの木の樹齢までわかるんだ?」
カミルの質問に首をかしげる。
「見えるから、ですね」
「そうか……、そういう能力なのか君の『自らより知能の劣る生き物の情報を見る能力』というのは、本当に見えるんだな」
ステータス鑑定なんだけどなあ。
「一度に見える情報は少ないですが、知りたいことを問いかけると、情報が変化していくので便利です」
わたしが説明すると、オブディティがなにか言いたそうにこちらを見ている。
うん、わかるよ、対話型AIみたいだよね!
「それでは、他にどんなことがわかるんだ?」
興味津々に聞くカミルに、見える情報を伝える。
――ダンジョンの吊り橋のある吹き抜けはその昔、三階層からそびえ立つイルンの大樹があった名残である。昔はダンジョンの天井に穴が開いていて、そこから入った太陽光で育っていた。
イルンの木に生る実は人間たちの喉を潤し、活力を与えていた。
ダンジョンにあったイルンの巨木は、人間に斧を入れられ切り倒されてしまう。辛うじて残ったのが、巨木の陰に生えていた若木であった。しかし、巨木が倒されたため、天井の穴はダンジョンの復元力によってどんどん小さくなり、やがて光を通さなくなってしまったために、成長が止まる。
「そんな経過があったのか。もしかして、王宮にあるイルンの木が、君のことを呼んだのか?」
カミルからそう聞かれたけれど、呼ばれた覚えはないんだよね。
「意思はなく、ただ太陽の光を求めるのみ。ということです」
初志貫徹なんだね。植物として、実に真っ当だと思うよ。
そして、わたしが伝えた情報を聞いて、険しい顔をするカミル。
「……そうか。二百七年ものあいだ、光を求め、生き続けていたのか」
カミルが少し低いトーンで、独りごちる。
イルンの木が王宮にしかないということを考えると、ダンジョンの巨木を倒したのは、過去の王族かもしれない……そう言いたくなるのをグッと堪えた。
わたしでも思いつくことなら、きっとカミルもわかってるよね。
「増やし方は難しくないです。イルンの木から採れた実を、太陽光の当たるダンジョン入り口あたりに置いておけば芽吹きます。あとは、他の場所に移植しても大丈夫とのことです。あの個体のように、爆発的に成長することもありません」
「増やすかどうかは、簡単に決められない。時間を掛けて答えを出すこととなる。だが、教えてくれてありがとう。助かる」
厳しい表情で、悩ましげな雰囲気だ。
一本増えるくらいなら、王宮管理でどうとでもなるだろうけど、これをどんどん増やすとレア度が下がるわけだから、悩ましいだろうな。
わたしとしては、どんどん増やして、イルン果樹園を作ってたくさん流通させて欲しいところだけどね。
だって王宮だけで栽培されてたら、頑張って移植したわたしたちの口にも絶対入らないよね、これ。
とても美味しいらしいのに……口惜しや……。
さて、依頼も無事終わり、その場でニコニコ現金払い。
想像以上の報酬をいただいて、ちょっと目眩をおこしかけました。
金色に輝く金貨だ……!
貨幣としての価値は勿論、鉱物としての価値もある優れものの、高級なお金なのである。
ピカピカしているそれの縁を指で挟んで、なるべく指紋を付けないようにして持ち上げる。
五センチくらいの楕円形なのに、重い! 楕円形なのは、転がらないようにするためらしいよ。小判よりも小さくて分厚い。
「細かいイラストが、凄く綺麗。いいんですか? 一人一枚なんて、大盤振る舞いしても」
この金貨のお値段は百万。それが三枚なので、今回の依頼の報酬は三百万ということだ。
「口止め料と情報料も入っているから、妥当なところだ」
カミルの言葉にライゼスも頷いて納得しているようだから、そういうものなのかと納得する。
その後、来たときと同じように目隠しをして王宮を出たんだけど、ちょっと面倒な感じの動きをする人たちがいたので、オブディティをライゼスが負ぶって王都の建物の陰をランダムに走り、しっかりと撒いてから静かにタウンハウスに戻った。
オブディティは色々疲れたのか、ライゼスの背中で眠っていたので、メイドが彼女を引き取って就寝準備をしてベッドに寝かせてくれた。
* * *
「あり得ませんわ、あんな、あんな……っ! 高速移動系遊具じゃあるまいしっ、安全装置もなくて、気絶しないなんて無理ですわ、どうして配慮してくださらないの、追っ手があったのは聞きましたけれど、それを撒くのにあそこまで走らねばならない道理なんてありませんわよねっ。折角、王都でのオルト様との幸せな記憶が吹っ飛ぶところでございましたわ!」
ジェットコースターは苦手なタイプだったんだね、早口で詰られた。
ん? オルト先輩じゃなくて、オルト様? 幸せな、記憶っ?
「そういえば、まだオルト先輩とのデートのこと聞けてなかったっけ――」
「荷造りが終わってないのは、ソレイユさんだけですわよ」
「はい……」
オブディティもライゼスも、屋敷の人を使うのに慣れていて勘所がわかってるから、先んじてパッキングをお願いしてあり、既に出立できる状態みたいだけど、わたしのような生粋の庶民は、どうしていいかわからないからお願いできてなかったんだよう。親切なメイド数人が声を掛けてくれていたのに、慌ただしくて指示できてなかったのです、ごめんなさい。
それでも手際のいいメイドが数名で、荷物のパッキングを手伝ってくれている。
「……お土産を、買いすぎではありませんの?」
「買いすぎではないよ、大丈夫、全部必要なものだから!」
王都名物で賞味期限が長いお菓子に、小さな額に入った絵に、精緻な木工品、見たことのない魔道具の小物に魔道具のジャンク品、最近王都で人気の化粧品と美容液というやつを二セット、地元では見たことない品種の種、お酒も何種類か用意して、父の本棚にはない本の間にこっそり金貨を挟んでラッピングしてリボンを掛けた。
長兄が前に搾乳機を作るのにお金が掛かるって言ってたから、是非このお金を活用してほしい。目指せ自動搾乳だ! そうすれば大規模経営も夢じゃなくなる!
牛が自発的に搾乳されに来るようなロータリーパーラーに、本格的な生乳の貯蔵施設、加工施設、販売施設、流通経路の確保で販路を拡大、むっはーっ! 夢が広がる。
そして、その夢の実現のためにはお金が必要だよね!
「バリバリ稼ぐぞー!」
「いいから、早く荷造りなさいっ」
「はい……」
オブディティの指摘で、すごすごと荷造りに意識を戻す。
ちなみにライゼスは、ご両親の執務室に呼び出されている。
わたしとオブディティは、出がけにちょっとだけ挨拶させてもらうことになっているので、とにかく荷造りだ。
容赦ないオブディティの監視により、なんとか荷造りが終わった。




