幕間 オルト・グリンスースの危機
卒業式のあと、家に戻った俺は着替えを済ませるとすぐに王都へと向かった。家族には別段止められたりはせず、道中の安全を祈られてから馬車に乗り込み付き添いの家令と共に出立する。
遠方からの就職者に配慮して入寮までに若干の猶予があるのだが、俺はとにかく早く領都を離れたかったんだ。
理由は明白で、オブディティ嬢に合わせる顔がないから。
情けない話だが、逃げるようにして領都を出たのだ。
到着した王都の新年直前の慌ただしさを横目にしつつ、真っ直ぐに郊外にある魔道具開発研究所を目指す。
俺の就職する魔道具開発研究所は、新規の魔道具の開発に特化した施設で、国中から魔道具馬鹿が集まる素晴らしい職場だ。
そんなわけで、俺のように学園を卒業して早々と研究所にやってくる奴らも多い。
寮に行くよりも先に挨拶をしに伺ったヘイゼル所長は、「新年明けてからでいいって言ってるのに、毎年毎年、気の早いのが多い」とにやけ顔でぼやきながら、新入職員を受け入れてくれた。
待たせていた馬車に乗り、次は寮へ向かう。一緒に付いてきていた家令は元々王都の人間だったので、寮から職場への道順、どの定期馬車に乗ればいいのかを丁寧に教えてくれる。
俺は姉とは違って滅多に王都に来ることがなかったので、家令の言葉をメモして覚えていく。
慌ただしい時期の入寮となったが、寮の方も心得ているのか、既に新入職員が入る部屋は整えられていた。
寮の管理者にこれから世話になる挨拶をして、一緒に付いてきた家令が心付けを渡していた。
寮の部屋は学園とは違い一人一部屋で、広々としている。
「一つだけ重要で重大なルールがあります」
寮の管理者は表情を険しくする。
「寮での魔道具の開発は厳禁です、絶対にやってはいけません、修理もです。魔道具に関することを、寮の中に持ち込んではいけません、どうしてもやりたいなら、研究所でやってください。守れないなら、寮を出てもらいますが、魔道具開発研究所の人間はなかなか家を貸してもらうことが難しいということも、予めご理解ください」
「オルト様、そのような悲壮な顔をせずとも、研究所で行えばいいのですよ」
私物の搬入のために付き添ってくれていた家令が慰めてくれるが……折角の一人暮らしなのに、思うさま魔道具をいじれないなんて……。
「万が一、寮で魔道具をいじっていた場合、即時退寮ですので、ご注意ください」
寮の厳しさにめまいがした。
周囲を散歩するという名目で外出して家の賃貸を斡旋する店に行ったが、結果は芳しくなかった。寮の管理者が言うように『魔道具開発研究所』に勤めると言うと、出していた物件を引っ込められるのだ。
過去の職員が何をしてきたか、容易に知れるというものだ。
これでは寮の管理者が言うように、魔道具開発研究所内で魔道具をいじることしかできないじゃないか。
* * *
新入職員として研究所に勤め、まだまだ馴染めず日々に追われるだけの中で、奴らがやってきた。
そんなことがあるだろうか。
領都から最短で十日はかかる場所だぞ。
魔道具創作部の後輩たちが、呆気にとられる俺の前にいる。
そして、オブディティ・イクリプスだけを置いて、ライゼスとソレイユ・ダインはどこかへ行ってしまった。
無責任だ、無責任にも程があるだろう!
「オルト先輩、じっくり話をしましょうか。そちらのお店、今日はまだまだ遅くまで開けているそうですわ、立ち話もなんですから、お茶でもいかがですか?」
柔らかな声音で言っているが、目が笑っていないし、質問口調ではあるのに選択肢はなかった。
俺はオブディティ嬢に導かれるまま、すぐ目の前にあったその店に入った。
いつも使う停留所のすぐ近くなのに、一度も入ったことがなかった。そんな余裕なんかなかったから。
オブディティ嬢は紅茶とケーキを頼み、俺は珈琲とサンドイッチを頼んだ。
店内はそこそこ席が埋まっていて、同僚がいないことにホッとする。
「それで、どうしてわたくしにだけ、ご挨拶をしてくださらなかったのですか?」
真っ向勝負か。
普通貴族の令嬢というのは、迂遠な表現で責めてくるはずなのに、オブディティ嬢は本当にわかりやすい言葉で伝えてくれる。
そんなはっきりとわかりやすいところも、とても好ましい。
なのに僕は……
「それは、その、たまたま……」
情けないっ、俺っ、情けないぞっ。
自分で言っていて情けなくなってくる。だけど言えるだろうか、他の男子に告白されているあなたを見て、その勇気すらない自分が情けなくて、別れの言葉を伝えられなかったなんて。
言えるか? いや、言えない。
「たまたま? ソレイユさんやライゼス様には言えたのに? わたくしだけ、たまたま? 普通は探してでも声を掛けてくださるものではありませんの? わたくしは探しましたわよ、卒業式の日、ずっと」
ライゼスから索敵の魔法を教えられて、ずっとそれでオブディティ嬢を追っていたから知っている。
「そういえば、ソレイユさんとライゼス様と一緒にダンジョンに潜るようになって、二人が『索敵の魔法』というのを使っているのを知っておりますの。オルト先輩も、使えますわね」
断言したオブディティ嬢に、危うく珈琲を吹き出すところだった。
バレてる、これは絶対にバレてる。
嫌な汗が背中を流れる、視線を彼女に戻せない。
「わたくしに声を掛けたくなかったのはわかりました。わたくし、そんなに嫌われておりましたのね」
静かに言った彼女に、咄嗟に「違う」と否定していた。
思わず見つめてしまった彼女と、正面から視線が合う。
夜空のような輝きを秘めた黒い瞳が、俺をしっかりと捉えた。
「嫌ってなんかいない、俺は、オブディティ嬢のことが。好きだ」
声が尻すぼみになるのは勘弁してほしい、ここは他の人間の耳目のある店内で、こんな大事な言葉は彼女以外に聞かせたくないのだから。
俺の言葉を受けて、オブディティ嬢はゆったりと微笑む。
「わたくしもですわ」
応じた声はこの上なく柔らかくて、迂闊にも俺は泣きそうになってしまった。
安堵したような表情でカップを傾ける彼女につられて、俺も珈琲を一口含む。
「ふふっ」
彼女が目を伏せて小さく笑い、視線を上げて俺に優しい視線を向けた。
「両想いですわね」
胸の奥、肋骨に守られているはずの心臓を、グッと鷲掴みにされた。
くそっ、かわいい。
「オルト先輩。頬が赤くなっていますわよ」
からかうように言う彼女に、「それは、君もだろ」と返すのが精一杯だった。
* * *
その日、ブラックウッド家のタウンハウスに彼女を送り届けると、そのまま引きずり込まれ、宿泊を強制された。寮には手回し済みとのことだ。
「随分手回しがいいじゃねえか」
俺にあてがわれた客間にやってきたライゼスに、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「そうでもありませんよ。無事に仲直りできたようで、安心しました」
涼しい顔をして言っているが、仲直りできないなんて微塵も思ってなかったんだろうな、こいつは。
「ああ、ありがとうよ」
本当にありがたいとは思っているので、素直に礼を伝えた。
「では、貸しがひとつできましたので、早速取り立てさせてもらいますね」
「は?」
思わず顔を引きつらせた俺に、ライゼスは「取り立て」なんて物騒な言葉のわりに、明日一日オブディティ嬢とデートして欲しいのだと頼んできた。
「実は、ダンジョンに潜りたいのですが、オブディティ嬢ではまだ心許ないので、今回はソレイユと二人で行きたいのです」
「わかったよ。そんなことなら、いくらでも聞いてやる。オブディティ嬢には、二人がダンジョンに行ったことは内緒にしておけばいいんだな?」
「ありがとうございます。オルト先輩も、町歩きデートを楽しんでください、僕たちもダンジョンデートを楽しんできます」
「ダンジョンデートってなんだよ。そんなところで、ソレイユ・ダインは……あー、喜びそうだな。気をつけて楽しんでこいよ」
「はい」
こうして、ライゼスとの取引が成立し、俺は翌日、はれて恋人になったオブディティ嬢をデートに誘うことになったのだ。
ダンジョン⁽⁽ ⸜( ˙꒳ ˙ )⸝ ⁾⁾ダンジョン!




