幕間 回帰を望む者の焦燥
この世は、貴族と庶民に大別される。
貴族とは支配する者、庶民とは支配される者だ――
そのはずなのに……先代の陛下から方向性が変わってきていた。
庶民でも、能力のある人間は要職に就ける時代へと。
能力のある庶民がいることは否定しないが、だからといって、ごく稀な一部の庶民の為に、法を変えてまでする必要があるのだろうか。
庶民は貴族に従う、それでこそ秩序が保たれるというのに。
庶民に任せてしまえば、無秩序な世になってしまう。
そんな危機感を覚える、真っ当な貴族も多数いた。
秘密の社交場にて、公然と糾弾できない話題を口にする。先代のぬるさを、それを引き継いだ現国王陛下への不平不満を酒に紛れてこぼす、その際に頻繁に出る名は『アーバン・ダイン』だった。
あの男が、貴族が優位な時代に影を落とした。
王都で文官として辣腕を振るっていた我が祖父も、あの男のせいで爵位を落とされ、他の人間もやっている程度の罪をこれ見よがしに暴かれ、慣れぬ田舎での蟄居となり、失意の内に病に冒され亡くなった。
父は苦々しい顔をするが口を開かず、受けた沙汰に諾々と従い、祖父と共に家族で田舎へと移住した。祖父より三代……私の代まで、王都に立ち入ることを禁じられてしまったのだ。
その重い罰に、祖父の無念はいかばかりであったろうと思う。
私は母方の性を名乗り、文官を目指したいのを堪え地方の領で武官の道を選んだ。
果たして、件のアーバン・ダインが私が仕えるブラックウッド家の治める領の片田舎に移住していたのは、何の因果だったのだろうか。
貴族の子どもでは稀にいる魔力過多による暴走により、ライゼス様がかの男の居る地で療養することになり、私ともう一人の護衛が付いて行くことになった。
私とは違い、人当たり良く情に厚いもう一人の護衛は、よくライゼス様の面倒をみた。そんな彼に、ダイン家を紹介したのは、祖父を陥れたアーバン・ダインがどれほど落ちぶれているのか知りたかったからかもしれない。
まさかライゼス様がかの男の娘に、あれほどの執着をするとは思わなかった。
悔やんでも悔やみきれないとはこのことだ。
なんだかんだと理由を付け、外出の護衛をもう一人に任せ、報告書の作成を一手に担ったが、みるみるうちに親しくなるライゼス様と娘に、危機感を覚えたのはすぐだった。
ソレイユ・ダインという少女はよくも悪くもライゼス様に強い影響を与えた。
ライゼス様の魔力が安定し暫くしてようやく領都に戻ってからも、二人は頻繁に手紙のやり取りを続けていたのは知っている。
とはいえどうせ庶民だし、距離も離れてしまえば次第に疎遠になるというものだ。
だから心配はしていなかったのだが、驚いたことにソレイユ・ダインは領主様の後援を受けて、図々しくも領都の学園に通うことになった。
学園での様子はわからないが、我々が流布した噂話は学園でも浸透しているはずなので、肩身の狭い思いをしているに違いなかった。
我が祖父の無念が、少しでも晴らせるといいのだが。
そんな期待も虚しく、我らの仲間の一人である学園の教師が強制的に退職させられた。
学園内でも古参である彼女の突然の退職に、多くの仲間がその理不尽さを嘆いた。
だが彼女は自身のすべきことを心得ており、各所のお茶会にて貴族の嗜みとして情報の流布を精力的に行っていた。逆境にあって、成すべきことを成すその姿勢は、貴族として賛辞に値する。
その後、ライゼス様の秋の長期休暇にて私は念願であった文官としての仕事をすることになった。
交易都市であるマルベロースの代官の汚職を暴き、速やかに捕縛し、代官の任務を引き継いだのだ。
書類を捌きながら、やはり自分は文官の血なのだとつくづく思った。
代官の代理としての仕事は、私の枯れた心に水を与えてくれた。
アーバン・ダインの件がなければ、祖父も爵位を落とすことなく、私も祖父や父の跡を継いで王都で文官をしていたものを――。
新年の長期休暇にて、またもあの田舎に、ライゼス様の護衛として同行することになった。
拡張されたダイン家のリビングに、アーバン・ダインが家族会議と称してライゼス様を含む年少児以外の家族を召集した。
我々護衛の二人は、リビングに面する客間をあてがわれ、ライゼス様の命令によって部屋で待機させられた。
耳を澄ませども、リビングの声は聞こえない。
あの人数の会話が聞こえないということはあり得ない、ということは防音の魔道具を使っているのだろう。秘密裏に防音の魔法というのもあるが、そちらだと声が歪んで聞き取れなくするものなので今回は魔道具だと予想できる。
まんじりともせずに、家族会議とやらが終わるのを待つ。
護衛仲間のもう一人も話しかけては来ず、黙々と武器の手入れをしている。
ライゼス様のお気に入りで、献身的な同僚だ。
やがて会議は終わったようで、会話が聞こえるようになった。
アーバン・ダインがソレイユ・ダインに、王都では気をつけるようにと注意をしている。
ソレイユ・ダインが、王都へ?
そうなると、ライゼス様も一緒に行かれるのであろう。必然的に、我々護衛も同行することになる。
祖父以降子孫三代まで王都への立ち入りを禁じられているが、今回は仕事なのだから仕方ないだろう。
不謹慎にも胸が高鳴るのを感じた。
今回ばかりは、厚かましいダイン家を多少なりとも許せそうだったのだが……。
「護衛は不要だ。護衛付きの領官と移動するし、そもそも冒険者としての依頼なのだから、冒険者に護衛が付くのはおかしな話だろう」
「しかしっ、貴方はブラックウッド家の人間なのですよ、万が一のことがあったらどうするのですか」
食い下がる私に、ライゼス様は目を細くする。
「くどいぞロウエン。僕の実力は、トリスタンも評価してくれている。それに、領官たちには護衛が付いているのだから、問題はない。これは父上とも相談の上のことだ」
「ロウエン、諦めろ。皆様の旅のご無事を祈っております」
いつもは私よりも聞き分けの悪い護衛仲間が、こんな時ばかり素直に引き下がる。
これでは、わたしも引き下がるしかないではないか。
内心の憤慨を胸に隠し、引いた。
だが、私が動けぬのは、他の仲間も承知のこと。私は内部に在り、情報を得るという重要な役目を担っているのだから。
私は手に入れた王都行きの情報を、速やかに仲間に共有した。




