ギルドマスター
「あの、子供のように見えますが、私、もう成人しておりまして」
「分かった、分かった、じゃぁ〜 レベル測定してあげる。あのね、冒険者というのは、とっても危険なお仕事なの、一番易しいクエストでも、貴女のような子供が挑むと、死んじゃうことすらあるのよ」
子供に諭すような口調で、そう言いながら、メガネエルフはオレの腕に血圧測定器のようなベルトを巻いた。
「さ、測るわよ、これで、貴女が未熟、も、も……、ええええええええええええ!!!! あ、貴女様は、な、何者で、いらっ、しゃしゃしゃしゃ」
メガネ越しに見る彼女の目には、一転、畏怖の念が透けて見える。
「あ、あの、奥へ、ギルドマスターとお会いになっていただきたく思います。お、お話は、そ、それからで」
なんだか、よく分からんが、もしかして、いきなり悪魔と身バレしたってことじゃね?
《オイ! ディア、マズイんじゃないのかっ》
《なんじゃ、瑣末なことを気にするでない。何かトラブルでも起きれば、町ごと消し去って逃げればよいではないか。主様の前世では「死人に口なし」と言うのじゃろ?》
《あのなぁ!》
オレは言われるがまま、カウンター奥のギルマスの部屋に入った。
「あ、あの、こ、このお方のステータスなのですが、こ、ここここ、これをご覧になって、ててて」
「落ち着け、レンカ」
「はじめまして、あの……」
《おいぃ〜 名前! 考えておくの忘れてるぞ》
《クリティでどうじゃ? 向日葵を太陽に見立ててのぉ〜》
《ギリシャ神話の太陽神・ヘーリオスに恋焦がれ、やがて花になるという水の妖精かい! まったく、悪魔というヤツは皮肉屋だ。だが、ま、オレにお似合い、気に入ったよ》
「クリティと申します」
「私はこの町の冒険者ギルドマスターを努めます、リムゲイムです」
立派な口髭を貯えた黒っぽいスーツ姿、堂々たる体格の男が、そう自己紹介した。やや背が低いということから、彼はドワーフ族なのかもしれない。
「ささ、ひとまず、お掛けください。ああ、見ての通り、私はドワーフ族ですよ。長年、冒険者をやっておりましたが、さすがに寄る年波には勝てず、二年前から事務方に回らせていただいております」
「ありがとございます」
「いやはや、こんな田舎町に、貴女のような、ぶっ飛んだレベルの方が現れようとは、これをご覧ください」
と言って、ギルマス、リムゲイムは、魔力測定器をオレに見せた。
その表示は、レベル、スキルなどほぼ全ての項目がN/A、計測不能、種族(Race)がSatanってなぁ〜 キッチリ身バレしとるやないか!
後は、構成?、組成?(Composition)のエーテル(Aether)って何? オレの体は魔法的な、何かってこと?
「私、五百年ほど冒険者をやっておりましたが、種族の項目、魔族(Demon)ではなく、悪魔(Satan)、初めて見ました。ああ、いやいや、身構えなされるな、貴女がおられた地球と違い、ここは魔法の世界、神や悪魔への認識は全く違います」
「地球をご存じ? 貴方は転生を知っているのですか?」
「はい、私も転生者ですから」
って、なんで、ここで転生者に会うわけ? まぁ、神様、それなりに、操作してるんじゃね?
「なるほど! 私は、地球のに、、に……」
アレ? なんで? 日本という言葉を喋ろうとして喋れない。
「ああ、ご無理をなさってはいけません。クリティ様には前世の記憶があるのですね。ですが、その記憶をここで話すことは、神によって禁じられております。どうやら、神様、地球の文明がこちらに入るのを極度に嫌っておられるようなのです」
リムゲイムは転生者ではあるが、前世の記憶は失っているとのことだ。だが、なぜか、時々見る不思議な夢が気になって、いろいろ調べ……、五百年あったのだから少しずつでもなんとかなるんだろ、転生者の存在と神の意図を知った。
どうやら神様、地球からこの世界に何らかの使命を帯びた者を送り込んでいるらしい、というところまで、彼は見抜いていた。
多くの転生者は前世、地球での記憶を失くしているが、「神の使命」にまつわる夢は時々見るらしい。
オレのように、前世の記憶を完全に保ったままの転生者は、ごくごく稀で、彼によると、特殊なミッションを任せられた「選ばれし者」なのだという。
で、前世の記憶を語れないというのは、どうやら、神様、この世界の文明を好ましいと思っており、逆に地球の文明を嫌っているようだ。うーーん、何となく分かる気がするな。
前世の記憶を持つ転生者が地球の文明を語ってしまえば、あの物質文明がこの世界に入ってくる。
それは動植物でいえば外来種のようなものだろう。タンポポのようにうまく在来種と棲み分けられればいいが、地球の物質文明パワー、その繁殖力は計り知れない。
この世界で産業革命が起きたなら、物質文明はあっという間に魔法文明を駆逐してしまうだろう。
神は、あの地球のような世界、彼から見れば汚れた世界が、また一つできてしまうことを嫌っている、ということかもしれない。