冒険者ギルド
《ああ、そうじゃ、これでは髪が寂しい、リボンでも付けておくかのぉ》
オレは、リュックの中から、燕脂色のリボンを二本取り出し、ハーフツインの根元に結んだ。前世は男だったオレ、リボンなど結んだことはなかったが、概念が流れ込んでくるディアからの「通信」、この種のノウハウについても、一瞬で会得できるようだ。
《というか、町があるのだから、ひとまず食堂にでも行けばいいんじゃないのか?》
《残念ながら金がない。ま、神様は規律に煩いということだ》
天界から転移したディア、持ち込みを許可されているのは手鏡など身の回り品のみ、金、貨幣は携行できないらしい。
天界から見て現世、この世界に対し無用な経済干渉をしないため、ということらしいが、ならば、オレ=ディアの存在って何だよ? 神様といえどダブスタ、本音と建前があるのだと思う。
森を少し歩くとなだらかな丘に続く道があった。その先に、町の入り口らしきアーチ状の門が見える。そういえば、オレ、履き慣れないピンヒールのブーツで歩いているが、フラつくことはなく踵が痛くなることもない。アレ?
《今頃、気付いたのか? ほぅら、よく見てみぃ、足が地面に着いておらんじゃろ? 主様が歩くのは振りだけ、重力操作で前に進んでいるのじゃよ》
ああ、なるほど! ずっと体が軽いと感じていたのは、体重のせいではなかったようだ。歩くという動作すらオレは、無意識に魔法を使っていた、ということらしい。
《RPG知識からの類推だが、そんなに魔法を使いまくったら、MP切れとかしないのか?》
《確かに、この世界にもMPという概念は存在する。じゃが、妾は悪魔じゃぞ、MP総量は普通の人間の十倍、百倍というオーダーを遥かに超えておる。しかも、歩く程度の魔力消費なら、自然回復する量の方が多いくらいじゃな》
《じゃ、オレはMPなど気にしなくてよい、と考えればいいかな?》
《町一つを消し去る。すなわち、現状のフルパワーを出さなければ問題ない》
《ふむ、ということは、オレの限界は、核兵器程度ということか?》
《ま、そういうことじゃな、惑星破壊爆弾が、W88戦略核になった、ということじゃ》
そんなことを話していたら、町の入り口に到着した。ここはRPGライクな世界だし、城塞に囲まれた街を想像していたが、まぁ、田舎町ということだろう。アーチ状の門の先に石造の家や畑が点在しているだけだ。
アーチに書かれた文字は「ようこそ ネルヴェへ」。ここはネルヴェという町のようだ。
ちなみに、この世界の言語、ディアが自動翻訳してくれるのだが、オレの耳には英語っぽい響きがする。アーチのルーン風文字列も何となくだが「Welcome to Nerve!」と読める。
さらに歩いて行くと、幅員六メートルほどの石で舗装された道路に出た。道の脇には規則正しく街路樹が植わり、煉瓦積みの建物が並んでいる。
おそらく、この町のメインストリートだろう。洋服屋、宝石商、レストランなどが店を構えていた。立派な店舗に混じって、露天も出ており、野菜、果物、肉、魚など食材が売られている。
ここから見える建物の外観は前世、写真で見た中世のものと変わらない。売られている果物や野菜、肉、魚もごくごく「普通」だ。
リンゴのような赤い果実、レモン、オレンジ。トマト、パプリカ、キャベツなどの野菜、って、まんまじゃね? 卵は色や大きさからして鶏のものだろう。切り身の肉も牛や豚じゃないかな、普通に赤っぽい色をしている。
魚はニジマスのようなものが売られていた。川魚ということは、この地は海から離れた場所に位置しているということだろう。
だけど、行き交う人々がここは異世界です! と主張していた。エルフ、ドワーフ、ハーフリング、獣人が、日常風景として街に溶け込んでいる。
メインストリートを二百メートルほど歩いた行き止まり、煉瓦をフランドル積みにした三階建家屋の一階に、剣と弓がクロスしたデザインの青い看板が掛かっている店があった。
おそらく、ここが冒険者ギルドだろうが、随分と小さい。オレはオーク材でできたちょっと重いドアを押した。
ギルドの中は、RPGまんま、と言えばそうだが、クエスト掲示板は三メートル四方くらいの大きさ、カウンターも奥に一つしかない。
冒険者は誰一人いないようだったので、カウンターで暇を持て余すように立っていた受付嬢、黒のベストに白いブラウス、モスグリーンのリボンタイをした、メガネのエルフに声を掛けた。
「すいません。私、旅の者ですが、少々路銀に困っておりまして。冒険者登録と日帰りでこなせるクエストをご紹介願えないでしょうか?」
「うん? ごめんねぇ〜 お姉ちゃん、忙しいから、貴女と遊んでる暇ないのよ」
いやいや、今さっき、大あくびしてたじゃねぇかっ!!




