向日葵の行方
《そういえば、主様、突然、女の体になったのに、動揺しておらんな》
《いや、なんだろう、ディアが言った「中の人」言い得て妙だと思ったよ。ネトゲでネカマプレイしているような感覚でね》
《よい、よい、それでよい、主様と妾は融合してしまわぬ方がよいのじゃ、そうでないと……》
《うん?》
《い、今のは失言、な、内緒じゃ! 教えてやらぬ》
《ま、いいか、して、オレに与えられたミッションは?》
《ズバリ、主様の妻を見つけ、その望みを叶えよ!》
《な、なんだってぇぇぇ!!》
ど、どうしちまった、オレ、え? 突然、オレの目から大粒の涙が零れ落ちた。
神様、感謝します!!
神は、再び、オレにチャンスをくれた。オレの天使に、その恩に、報いる機会をお与え下さった!
《ならば、妻は、向日葵は、この異世界に転生しているということだな? どこにいる!!》
《待て、待て、慌てるでない》
再びディアが解説するところよると、時間というものは、川のように過去から未来に流れ行くものではないらしい。時空連続体、という表現が適切だろうか?
いわゆるパラレルワールド、それぞれ独立した離散的な世界が、時間軸を右から左に動いているのではなく、数学的な意味での「連続」、複数の時空がグラデーションを描くように融合し、無限に続く平面になっているイメージだ。
「未来」というのは、その平面の中で神さえも遥か先に霞んで見えぬ所、決まってはいるが観測できぬ場所ということのようだ。
向日葵、この世界に転生したことだけは確かだが、どんな人物に転生したのか、どこに行けば会えるのかは、神すら分からぬらしい。
《案ずるでない、必ずや二人は相見えることができるはず、運命の導きを信じることじゃ》
《分かったよ、ディア。まぁ、ゆっくりやろう。うん? ちょっと待て! なんだか話がうま過ぎないか。オレは悪魔の体を借りてるんだよな? で、向日葵の望みを叶える……、って、望みの対価は彼女の魂なんじゃないか?》
《そこまで気が回るとは、さすが我が主、じゃがな、妾は神に囚われた身、対価に魂まで要求することはない》
オレは悪魔に体を使わせてもらっている、誰かに「望みを叶えろ」と言われたら、契約を結び対価を要求するという基本ルールに変更はない。
だが、ディアは神に枷をはめられた悪魔でもあるわけで、例えば「水を汲んできてくれ」というような小さな要求なら無償、大きな望みでも、その対価は要求者の天寿一年分ということらしい。すなわち、望んだ者の寿命が一年縮む、ということだ。
《なるほど、ま、それならギリギリ許容範囲内かな》
《神が主様ら人の倫理に合わせた基準にした、ということじゃ。逆に、何を望もうと全て無償というのは、どこか違う気もするしのぉ〜》
《それはそうかもしれん……。ところで、少々腹が減ったな》
《では、その辺で、男を誑かすとしようかのぉ》
《だから言っただろう! そんなことはできんと!!》
《致すとは言っておらんぞ、先に殺してしまえば魂を奪うことはない》
《お、お前、人を食うのかっ》
《人肉、意外と美味じゃがのぉ〜 それに、主様はすでに人ではない、カニバリズムでもないぞ?》
《却下、却下!!》
《冗談じゃ、じゃがな、妾ら悪魔からしてみれば、大層、不思議じゃぞ。人は牛の死肉は美味いと言って食うのに、人はダメというのは理屈に合わんのぉ》
《そ、それは、確かに反論しづらいな。多分、人を食さずは、倫理ではない、ルールだ。それはそれとして、ひとまず普通の飯を食うぞ! どうすればいい?》
《うむ、うまく逃げおったな。まぁ、よい、少し歩けば、小さな町がある。そこで、お決まりの冒険者ギルドに登録し、クエスト報酬により現金を得る、ということで、どうじゃ?》
なるほど、やはりこの世界はよくあるRPGライクな異世界ということらしい。
《その前に……。人前に出るのじゃ、お化粧くらいはして行かぬとな。そもそも、主様、自分の顔、まだ見ておらんじゃろ?》
ああ、そうか。オレ、中身はどうあれ、女の子なんだよな? 人前に出るのにスッピンというわけにもいかない、その論理はなんとなく分かる。
ディアに言われるまま、背負っていたリュックの中から手鏡を出した。ほぅ、オレ、なかなかの美形だ。白銀に輝くロングヘアーは、幼さの残る容姿に相応しくツーサイドアップ、ハーフツインに纏められている。
その瞳は魔の香りがするルビー色、血のような深い深い赤。肌は滑らかで磁器のように透き通る白だ。いや、自分で言うのもなんだが、綺麗過ぎて人とは見えない、人外感が半端ない容姿だ。
《ま、それもある、このままじゃと、人ではないことが丸わかりじゃからな》
《化粧道具がないようだが?》
《ああ、手鏡に魔力を送るのじゃ、こういうふうに……》
ディアに言われるまま手鏡に魔力を送ると、勝手にメイクが始まった。
まず、ファンデが塗られ、ピンク系のチークが入る。それだけで、随分と人外感が薄れ、生きている「人」のように見える。
同じくピンク系のシャドーを目の上下に、アイラインを入れ、マスカラが塗られた。もう、どこから見ても、年齢に比して少し背伸をびした人族の美少女といった風情だ。