ディアボロス
「う、ううーーうーん」
途絶えたはずの意識が次第に戻ってくる。空が見える、オレは、今、寝ているのか? 背中に土を感じるってことは、病院じゃないよな。
「森の中か……」
な、なんだ? コレ、オレの声なの?? 高いというか、微妙にハスキーなローリィボイスが聞こえるんだけど。それはそれとして、オレは確かに死んだはず、意識が戻ったってことは……。
オイ、オイ、マジかっ! アニメで観た異世界転生がリアルになった? そうとしか考えられない!
ということはだ、オレ、今、異世界にいるんだよな?
立ち上がって周りを見渡す。マツ、モミ、トウヒ、あたりか、この世界の植生は地球とほぼ同じだろう。
時間は? どちらが東なのかは分からないが、太陽っぽい恒星の高度は低い、朝かな?
改めて、我が掌を見る。赤い指抜きのレザーグローブに覆われたそれは、随分、小さく細い。視線を下に向けた。
漆黒のレザー・ビスチェにショートパンツ、今、気付いたが、コルセットの締め付けがかなりキツイ。コレ、一人で着るの大変じゃね? いやいや、そんな事を考えている場合ではない。
足は? 赤、黒みを帯びた燕脂色と表現した方がいいだろうか、膝下までのロングブーツ、ストームにかなり厚みがあるものの、スティレットヒールの高さは10センチ以上もある、仕上げはビスチェと同色のレザー・ニーハイ・ストッキング。
うーーん、オレ、女装をしてる? いやいや違う。なんか、分かるんだよ、股間がスカスカしてるのがな、多分、オレは女の子の体に転移したのだろう。
そういえば、随分と視点が低くなった気がする。今の体は背が低いということだよな、子供、なのか? 胸を見た、貧乳過ぎて、ストラップのないビスチェからポロリとなることはなさそうだ。幼女のくせに結構バストがある。
《あらあら、主様、自らの体に欲情したかの? 後で、女が自分でする、ア・レ、教えてしんぜようか?》
ど、どゆこと? 心の中から声が聞こえてくる。厳密に言えば「言語」のではなく、「概念」が流れ込んでくるイメージだ。
《お、お前は、誰だ?》
《主様の体の元持ち主、とでもいえばいいかのぅ。名をディアボロスと言う》
《て、お前、悪魔かよ!!》
《よく知っておるな。妾は最強の悪魔じゃった、じゃが、神との戦いに敗れ、助命の代償として、彼に協力することとなった、という次第じゃ。ま、日本で流行りのゲームに喩えれば、この体は、レベル・ガン無視のチートキャラ、そして、主様、お前様は、それを操作する「中の人」という塩梅かのぅ》
《いや、自ら最強とか言っちゃうわけ? それに、お前、偉そうな口を利くのだから、敗軍の将だろ? 往生際悪く命乞いしたってか》
《まぁ、そう言うな。妾らの死は、人のようにお気楽なものではないのじゃぞ。輪廻転生などという救済はなく、永遠の消滅、無に帰すということじゃ。それに……、負け惜しみではないが、神との戦いに少々疲れてのぅ》
ディアボロスによると少なくとも一千億年は超えるらしいが、神と悪魔は永劫の時の中戦い続けてきた。もう、どのくらい時が流れたのか、そもそも何のために戦っているのかすら、分からなくなったのだと言う。
神は「創るもの」、悪魔は「滅するもの」その役割だけを信じ、いくつもの宇宙で、星の存亡を賭けた戦いを繰り返してきたらしい。
《ま、さすがに、悪魔のフルパワーは大き過ぎるのじゃ》
どうやら、子供のように小さなこの体は、悪魔の力を制限したことに伴う副反応らしい。
《体は小さいが、あちらの方は、全然、大人じゃぞ。試してみるか? 男、お・と・こ》
《お、お前、悪魔ということは、男と交われば、その魂を吸うとか、そういうんじゃないのか?》
《いろいろ、よく知っておるな。その通りじゃ、魂、あれは美味じゃぞ》
《バカやろ! ンなことできるかよ! 今、お前自身が言ってたじゃないか。それは死より恐ろしい「永遠の虚無」を人に与える、ということだろ?》
《ま、主様が気に入らぬなら無理強いはせんが、ああ、それから、妾のことはディアと呼べ。な、相棒》
《分かったよディア。では、最強悪魔とやらは何ができる? その力を使ってオレは何をすればいい? 神から聞いているのだろ?》
《妾の力は、重力魔法、いわゆる「魔法素粒子」であるところの「グラビトン(魔)」を自由自在に操る力とでも言えばいいかのぉ》
ディアによると、この世界には魔法をもたらす「物質」があるらしい。オレたちの知る量子力学で言うところの素粒子と対になる、魔法素粒子というものが存在するとのことだ。
ディアの能力は、魔法素粒子・グラビトン(魔)、魔法重力子を制御し、空を飛ぶのはもちろんのこと、ミニブラックホールを作って、全ての物質、魔法さえも消滅させることが可能なのだという。
《主様も感じておったろ? 前世、人として生きていた時に》
《あ!》
《そうじゃ、あの加速したような感覚は、妾が手助けしてやっておったのじゃよ》
そうか! 重力を操れるということは、時空に歪みを作り、時間さえも制御できるということだ。喧嘩が異常に強かった、オレの謎が解けた気がする。
ということは、オレ、時空魔導士ってことだよな? やっぱコレ、異世界転生モノのステレオタイプ、俺様最強ぅ! ってことじゃね?