弁護士への道
彼女との共同生活は順調に進んだ。
ちゃんと家賃を支払うため、すぐにでもバイトを始めたい。履歴書には隠さず前科があることを記した。少々嫌な顔はされたものの、彼女が保証人になってくれたので、オレはコンビニ店員の職を得ることができた。
得意ではないが、掃除、洗濯、夕食の準備、可能な限りの家事もこなした。ギャンブルはもちろん、喫煙、飲酒さえもきっぱりと絶ったオレ。少々、暇を持て余すようになっていた。そんなある日のこと。
「それは、そうと、マー君、よかったら弁護士になってみない?」
「って、お前、揶揄ってるのか?」
「いいえ、本気よ、裁判官に向かっての一言、あれでピンと来たのよ。マー君、ずいぶんと教養があるんだなと」
お世辞半分としても思い当たる節がないではない。ブラブラしていた頃、暇に任せてネットでアニメを観たり漫画や小説を読んだりしていた。
人というものは、全くのゼロから何かを創作することなどできない、とよく言われる。そう、アニメにせよ、漫画、小説にせよ、何らかの元ネタが存在するという点に気付いたオレ。
全く学がない自分を恥ずかしいと思う気持ちからだろう、元ネタをネット検索し丹念に調べるのが癖になっていた。
神話や聖書から始まり、数学、物理学、IT……、うまく調べれば、ネットは教養の宝庫といえる。知らず知らずのうちに、オレは広い教養を身に付けていた、ということなのかもしれない。
「司法試験ってね。六法全書を丸暗記しないと通らない、などと、今だに馬鹿な俗説があるけれど、全然違うのよ。法律は社会常識そのものでしょ?」
「必要十分条件ではないとは思うが、社会常識から外れた法律など存在しないだろうね」
「ねぇ、日本の法律で、放火の罪、『現住建築物等放火の罪』の最高刑はなんだと思う?」
「そういう問い方自体、答えのヒントになっているけどな、おそらく、日本では死刑じゃないのか?」
「正解! どうして分かったの?」
「八百屋お七、だな。木造家屋の多い日本は火付けに厳しい」
「素晴らしいわ」
「いや、クイズは得意かもしれないが、そもそもオレ、高校中退なんだぜ?」
「司法試験予備試験というものがあるから、学歴なんて関係ないわ。予備試験合格者の本試験合格率は九割を超えるのよ」
「あのなぁ〜 それは、予備試験が激ムズだって事を言ってるに過ぎんだろう」
「大丈夫、貴方がネットで得た広い教養はとんでもない武器よ。『相対性理論ごときを理解できない者に、司法試験合格などない』ってね」
「『不正アクセス禁止法』などのことを言っているのか? 理系知識がないと理解できない法律もあるにはあるな」
「それもそうだけど、論文式試験よ。短時間で自分の考えをまとめられなければ、アウト」
確かに「私は文系だから」といって、理系一般教養を嫌う人もいる。だが、ロジカルシンキング、物事を論理立てて考えられる頭は、数学や物理学を学ばなければ鍛えられない、という意味だろう。
それから、オレは猛然と勉強をした。もちろん彼女も、仕事の合間を見て家庭教師を買って出てくれた。そして、執行猶予が明ける三年目、見事、オレは司法試験に合格することができた。
オレには前科があるので、裁判官や検事にはなれない。だがこれで、一年の司法修習を終えれば、晴れて弁護士にはなれる。
「さ、お祝いをしましょ!」
「うん?」
「いいから、いいから」
いぶかるオレは向日葵に背中を押され部屋を出た。夏の日差しが残る街角、マンション前の公園に植えられた百日紅が、ピンクと白の可憐な花を咲かせている。
しばらく国道沿いを歩くと、中古バイク屋が見えてきた。
「売っちゃったバイクと似てるかな? と思ったの。私、あんまり詳しくないけど、予約しておいたのよ」
「なに、コレ!」
DUCATIモンスター950、いや、昔のバイクと似てるのは赤色ってだけじゃねえか。まぁ、大型免許は持っているし、執行猶予も明けているので、大丈夫と言えばそうなんだが。
「中古だけど、綺麗だし、かっこいいなぁ〜 って思って」
「いやいや、プレゼントにしちゃぁ、ちょっと高価過ぎるだろ」
「お家賃丸々三年分、三百六十万円の元手からすれば安いものよ、お釣りがきたわ」
「金満の弁護士先生、金銭感覚が分からんね。高いといってもバイクはバイク、フェラーリじゃないからな」
「さあ、契約書にサインしたら、さっさと私を乗せなさいよ」
あのなぁ〜 ドゥカティはホイール、ダンパー、各クリアランスの作りから、アクセル動作に対してバイクが鋭敏に反応するんだ。
だから面白いという面もあるが、後ろに乗っている人がタンデムに慣れていないと、体が前後に揺れて、乗り心地が悪いんだぜ。
「かしこまりました、お嬢様」