エルフの姫君
「あ、あの、お嬢様」
声を掛けたオレ、振り向くエルフ、深山幽谷の湖を思わせる、深い、深い、エメラルドの瞳、それを見た瞬間、オレの体は、一億ボルトの電流で脳天から爪先まで刺し貫かれた。危うく気を失うところを何とか持ち堪えたオレは。
「ひ、ひ……」
やっぱり言えない、「向日葵」という言葉を口にすることができない! なんてもどかしい、身悶えするがごとくの焦燥感、耐えろ、耐えろ!!
彼女の表情から察するに、オレをマサヨシだと認識したとは思えない。ならば、たとえ前世のことが話せたとしても、「この場でいきなり」は差し控えるべきだ。オレは、気が触れたヤツと思われ、不信感を抱かせるに違いない。
信頼を得た後、二人になったところで、かねてより準備していた嘘を話す、これしかない、ないんだ!
「お嬢様、何かお困りのようですね?」
「なによ! こんな小さい子供でも冒険者……、って、貴女、シルバーランクなの?」
「はい、クリティと申します。ハーフリングの血が混じっております故、子供のように見えますが、これでも成人しております」
「私は、ルルメリア・アクティーヌ・ヘリオーティス。エルフの名前は長いから、ルルでいいわ」
「では、ルル殿、少しお話を聞いてしまいましたが、なにやら路銀にお困りとのこと」
「ええ、私、どうしても、この国の王都ヴィスワルドに行かなければならないのよ」
「お見かけしたところ、高貴なご身分の方と拝察いたしました。そのようなお方が、何故、一人で旅をなされる?」
オフホワイトのチュニックに辛子色のパンツ、キャメルの柔らかそうなショートブーツ。シンプルな装いだが、ひとつひとつの品が、かなりの高級品、前世の言い方だとブランドもののように思える。
さらに、その容姿、エルフ全般、美男美女揃いだとは聞くし、レンカも眼鏡を外せば、なかなかの美人だ。だが、彼女の美しさは規格外、銀河を越え、宇宙の果てに届きそうな美形だ。
いや、めっちゃ、綺麗! なんだけどさ、もう、オレ、男じゃないけどな、幻肢って言うんだよね? なんか、ムクムクきちゃうんですが。
いかん、いかん、あんなところを押さえるなど、はしたな過ぎる。オレは、股間に伸ばそうとした手を引っ込めた。
間違いない、この子、エルフの姫様かなんかだろ? 向日葵、よりによって、こんな美人に! ってか、ああ、よかった! 彼女が女で!
《ディア、ひとつ聞いておくが、エルフって、ふたとかじゃないよな?》
《なんじゃ、某作者の18禁に毒されたか? そんなことはない、彼女は、正真正銘、女じゃぞ》
てかさぁ〜 彼女マジモンの「お姫様」だよなぁ〜 絶対にぃ、プププププーーーッ!!!
金がいるから冒険者クエストだと? 今、首にかけているエメラルドを売ればいいだろ? 王都までの路銀など楽勝だと思うがな。
ああ、この程度の常識も持ち合わせていないのは、向日葵、前世の記憶がないことの裏付けともなるな。いずれにせよ「告白」には慎重を期すべきだろう。
「申し訳ありません。その理由については、軽々に語れるものではありません」
「そうですか。では、無理にはお聞きしますまい。で、レンカさん、この方に冒険者見習いをしてもらうことにして、私がアテンドし実習を行う、というのは、いかがでしょう? そこのウサギクエストなら、危険はないかと」
「え! いいのですか?」
「はい、私、今日、特に予定はありませんし、ウサギクエストなら、今から行って日暮れまでに戻れるでしょう」
オレとルルは連れ立って、町外れの例の森に向かった。歩く道すがら、双方の自己紹介をする。ルルはやはりエルフの国、フルシュ王国の第二王女だった。
王位継承権は三位とのことだが、まぁ、世間知らずのお姫様には違いなかろう。そんな姫様が、なぜに、一人王都へ? 路銀がないということは、家出同然に故国を出てきたようにも思えるが。
「では、サクッとやってしまいましょう。この広場でお待ちいただけますか? 私がウサギを追い立てて来ますので、剣でバッサリやっちゃってください」
彼女はベルトにさりげなくレイピアを挿していた。装飾もない黒皮の鞘に収まっているが、なにかと鋭い悪魔の勘は、そのオーラを感じる。この剣、とんでもない業物に違いない。
装飾品とはとても思えぬ剣を手挟んでいるのだから、彼女の剣術はそれなりの腕前だろう。
オレは森の中を回って、ウサギを追い立て彼女待つ広場に誘導した。
おおお、姫様は予想通り剣術の稽古は積んでいたようで、なかなか見事な剣捌きだ。だけど、ちょっと型を意識し過ぎかな、臨機応変さに欠ける。ウサギが想定外の動きをすると付いていけないようだ。
だけど、そこはオレ、ちゃんと忖度もできるんだぜ? 姫に気取られぬよう、PKを使ってウサギの動きを調整してやることにした。
もののクオーター(約30分)で十匹を狩り終えたので、二人は意気揚々とギルドに戻り、報酬の銀貨三枚を受け取った。