ルル姫
ギルドを出た二人。
「姫様」
「ルルでいいわ」
「ルル、これから王都まで、まだまだ道のりは長いと思います。よろしかったら、宿代の節約ということで、今夜は、私の借りている部屋にお泊まりになりませんか?」
「え! なにからなにまで、申しわけないです」
「いえいえ、これも何かの縁、どうぞお気になさらずに」
「では、お言葉に甘えて」
二人は連れ立って溺れる人魚亭まで歩き、オレが借りている部屋に戻った。
「あら? ベッドがひとつしかないわ」
「大丈夫です。私は床に寝ます故」
「そんな!」
「ひとまず、ベッドに腰掛けていただけますか?」
ルルがベッドに座るや否や、オレは彼女の目の前で立膝、左足を立て右は正坐、公家の作法では女子が伺候する際の姿勢らしいが、首を垂れ、こう言った。
「主上、お懐かしゅうございます」
「え! なに? どういうこと?」
「主上という呼び方は、私と貴女様との前世の縁でございます。お会いできて……」
演技でちょっと泣いて見せようかと思っていたのだが、マジモンの涙が頬を伝う、拭っても、拭っても、涙が止まることはない。オレは号泣し、言葉を続けることもできず、その場に蹲ってしまった。
「泣かないでクリティ、分かるわ、貴女と最初に目があった時、なんだか他人とは思えなかったもの。大丈夫、信じる、信じるから」
「ありがたきお言葉、ですが、これ以上、私が貴女様との前世を語ることは、神によって禁じられております」
「ああ、そういうことなのね。私も、前世の記憶がなくなっちゃったってこと?」
「はい、そうだと思います。私には前世の記憶はありますが、それを語れず……、なんだか不便極まりないのですが、私が神から与えられた使命は『貴女様の望みを叶えること』です」
「そういうことなのね! 今日のことは、まさに神の配剤ということかしら?」
「はい、間違いございません。この出会いは神のお導き。ですので、ルル姫、貴女様が仰っていた『使命』、お聞かせ願えませんか?」
「分かったわ」
ルル姫によると、この世界には、神より賜った五つの宝珠が存在するらしい。その宝珠は、それぞれ、世界を代表する五種族が一つずつ所有する、という決まりになっていた。
ところが、エルフ族の宝珠、森の木を象徴する翡翠が何者かの手によって盗まれたのだという。
どうやら、人族の王が盗難事件の黒幕らしく、現在、宝珠はドルトニア王国の首都ヴィスワルドにあるとのことだ。ドルトニア国王が犯人との目星は付いているものの、確たる証拠がない。
フルシュ王国の王、ルル姫の父はひとまず静観することを決めた。この種のいざこざ、ひとつ間違えば、両国の争い、戦争に至ることすらあり得る。彼の決断は高度な政治判断なのだろう。
だが、宝珠を失った国は神の加護を失う、エルフの森にも異変が起こってきた。何千年もの寿命を持つ神木がある日突然倒れたり、今まで清浄な水を湛えていた泉が枯れたり……、僅かずつではあるが、エルフの森の環境破壊が進んでいる。
業を煮やしたルル姫は、一人、王都へ向かい、ドルトニア王との直談判に臨もうとしていたらしい。いやいや、向日葵もかなり無茶なことを言うタイプだったが、それが十倍増しになってるな。
「左様でございますか。王都に乗り込み、宝珠を奪還すればいいのですね? 私にとっては児戯に等しいことです」
「って!」
「私は、神より大きな力を賜りました、そう、その気になれば、王都を丸ごと消し去ることすら可能です」
「そ、それは!!」
「信じていただけますか?」
「もちろんよ」
「ですが、一つだけ気掛かりがあります」
「何かしら?」
「その宝珠、確かに王宮にあると確認できる手段はございますでしょうか? それがないままに、王宮に乗り込んでしまうのは、さすがにマズイかと」
「乗り込むですって!! ああ、エルフの至宝である宝珠、近くに行けば、私がその霊力を感知できると思うわ」
「それは重畳、ならば、なんの問題もございません。大丈夫です、私は不殺の誓いをしている者、一人の犠牲者も出さず、正面突破で、その宝珠、奪い返してご覧に入れましょう」
「貴女の力を疑うわけじゃないけど、そんな無茶をしていいの?」
君にだけには、言われたくないが!
「いや、むしろ無茶だからいいのです。女二人が乗り込んできて、王宮、全ての警備を突破し宝珠を奪還した、となると、これは醜聞です。すなわち、ドルトニア王は正面切ってフルシュ王国に抗議できない、それに」
「それに?」
「宝珠が一度盗まれたのなら、また同様の事件が起こるやもしれません。再び、愚挙に及ぼうとする心胆寒からしめるよう、ドルトニア王に教育的な指導もしておきたいと思います」
「なるほど! じゃ、お願いする……」
あのなぁ〜 姫様、契約文面もまともに読まず「同意する」をポチるの止めるべきだぜ。
「お待ちください。今までのお話は姫様にとって甘言蜜語、あまりによく出来過ぎていて、不自然に思われませんでしたか? 上手い話には裏があるものです。姫様、霊感商法には注意してくださいね」
「なにか条件があるのね?」
「はい。私の大きな力は悪魔により齎されるものです。ですので、貴女様の望みを叶えるため、私は貴女様と契約をし、対価をいただく必要があります」
「いいわ、宝珠が戻るのなら、魂でもなんでも持って行きなさい」




