異世界の宗教
「ああ、それは……。天啓でもなんでもなく、貴女のような人知を超えたステータス、神の思し召により降臨された方に違いない、と考えただけです」
「随分と買い被られたようですが、仰りたいことは理解しました」
「ですので、貴女がお探しになっている方との出会いも、神のお導きによるものとなるでしょう。ならば、貴女がそのお方に気付かぬはずもない、と思いますよ」
「それを聞いて安心しました。神は転生を操り、皆を導こうと考えておられるようですね。逆に考えると、神は直接、世界に干渉できない、あるいは、神から見た倫理的な問題で、過度の干渉は控えている、のでしょうか」
「後者のように思いますが、そこは、神のこと、私たちには窺い知ることもできない、何か? かもしれませんね。ああ、もうこんな時間、よろしかったら、昼食を食べていかれませんか?」
グーー
ああ、恥ずかしい!! ここで、腹がなるかぁ!!
《て、オレ、食べなくても死なないの?》
《当然じゃ、腹が減るのは前世のスーブニールのようなものじゃな》
「ああ、豪傑も空腹には勝てませぬな。レンカ、お願いする」
ほどなく、レンカがサンドイッチと冷たい飲み物を持って来てくれた。二人で運営している小規模ギルド、受付嬢といっても、いろいろな仕事をこなさないといけないらしい。
飲み物は、地球の紅茶によく似た味がした。ベルガモットの香りはアールグレイといったところか。サンドイッチの方はハムとレタスを挟んだシンプルなものだ。ちゃんとバターと辛子マヨネーズが塗られている。
オレがよく読んだ異世界物では、マヨネーズを特別な地球文化として扱っていたように思うが、卵とビネガーを混ぜるという発想さえあれば、特に難しい食材でもない。
後は、サラダ油、胡椒、砂糖、塩、辛子くらいだろうか。この手のもの、その代替となるようなものが、この世界、地球によく似た世界に存在したとして、特に不思議はないと思う。
「ああ、コレ、なんだか懐かしい味です」
「うまい言い方をなされる! 同じようなものが地球にもあるのですね!」
ああ、なるほど、オレは「サンドイッチは地球にもある」と喋ることはできない。だが、「懐かしい味」という曖昧な言い方、地球に限ったことではないとも解釈できる言葉なら、大丈夫ということなのだろう。
転生を研究しているリムゲイムだから、その一言で地球に似たものがあったと推測できる。うーーん、なんだかゲームのようだ。
《言っておくが、主様、今、お主は、豚の死肉を食しておるのじゃぞ》
《死肉、言うな!》
《客観的事実を言ったまでじゃ》
《ああ、分かっているさ、地球、もちろん、この世界も、人、現生人類の所有物ではない。全ての生きとし生けるものの共有財産だ。それは心得ている。そして、人というものは、他を殺さなくては生きていけぬ業の深い生き物。だから、ディアの論理は、ある意味、正しい。反論はできない、だがな》
《なんじゃ?》
《最低限の殺しというものがあるはずだ。それこそがルールなのだろう》
《ふふ、苦しい言い訳、大人の理屈じゃな? 妾とて星を丸ごと壊す魔法は、躊躇ったものじゃ》
《落とし所を見つけるべき、ということか?》
《じゃな、マサヨシ、お主、大人になったのう》
そうかもしれない。オレがグレていたのは、自身の精神年齢が低かったからだけ、それは分かる、痛いほど分かる。消えいりたいくらいに恥ずかしい黒歴史だ。
だが、だけど、こうやって、落とし所を常に探る、大人の文化というものが、よいもの、とも思わない。何か、どこかが違うだろうという、違和感もまだまだオレの中に燻っている。
「リムゲイムさんが転生者だったというのは、何かの運命でしょう。百術千慮のお心遣い、痛み入ります」
「いえいえ、きっと、私が貴女を助けるというストーリーも、神の御心に叶うことなのだと思います」
「そうなのでしょうか? ということは、私が自然に行動していれば、いずれ神のお導きがあるのだと」
「自ら道を切り開く、などと肩肘張らずともよい、と思いますよ。きっと神の配剤と思える出会いがあります」
「『他力本願』の真の意味ですね」
「おおお! 先ほどから、クリティ殿には、素晴らしい情報提供をいただいております。地球には宗教というものが存在するとまでは、知っていたのですが、わが世界の倫理観に近い教えを持つ宗教もあるのですね!」
「この世界に宗教はないのですか?」
「教会」と言おうとして言えなかったが、その意も含め、リムゲイムが解説してくれた。
社会の一般常識、倫理観という言い方が正しいだろうか。この世界の人々、神を信じてはいるが、これを崇める組織・団体は存在しない、ということだ。
すなわち、神への崇拝を具現化することは、愚かなる人や亜人が、何らかの形で神を「定義」してしまうこと。それは、大変、不遜であり、禁忌とされているのだ。
従って、神の偶像や礼拝施設などは一切存在しないし聖職者もいない。神は人の心の中にのみ存在し、その御心のまま、自然に生きることこそ、人のあるべき姿、ということになっている。
まぁ〜 アレだね。オレにとっては好都合この上ない。いや、そりゃそうだろ? オレ、悪魔だぜ! 異端審問官とかいたらさぁ〜 とっても面倒なことになるからな。




