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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第六章

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01

 

 様々なことが解決し、またのんびりとした日常が戻ってくるものと呑気に思っていた。

 しかし、落ち着きを取り戻したはずの私の心の中は、これまで以上に落ち着きがなくなった。

 なぜなら、朝食時にフェリクス様からとんでもないことを告げられたから。


「セレナ」

「はい」

「…………」


 フェリクス様は使用人たちを全員部屋から出した後、私と合っていた視線を逸らし、逡巡し、もう一度私と視線を合わせる。

 とても言いにくいことがあるのか、これを何度か繰り返している。


「……どうしたんですか?」

「いつ伝えようか迷っていたんだけど……ロイのこともあったし……」

「はい」

「セレナの負担になると思ったから、できれば伝えずにいたいと思っていたんだ。どうにかして解決させるつもりだったし、でも覆せなかったら、セレナにも苦労を掛けるから早く言うべきか……。言うと心労を強いるだけだけど、事前に心積りができたほうがいいかもしれないとも思った。いや、もちろん解決するために動いているけど、最悪の場合も……。ロイのことが解決したばかりで話すのもどうかと考えたが、後になってもどうしてもっと早くと言われてしまう気もするし……もうすでに怒られるかもしれないけど」


 珍しく、私に聞かせると言うよりは独り言のように話すフェリクス様。

 そんなに言い訳めいたことを口にしてからではないと言えないことなのか。


「だけどロイのことで、黙っていると逆にセレナに心配を掛けることもあると知った」


 フェリクス様の場合は、私を蔑ろにしたいわけではなく、慮ってそうしてくれているのだと理解している。

 だけど、話してくれないのは私が頼りないからなのかと思ってしまう。

 私も関わることなら、私には難しくてわからないようなことでも聞かせてほしいと思う――と、言いにくそうにしているフェリクス様に改めて伝えた。

 私の言葉を受けて、フェリクス様は頷いてから「落ち着いて聞いてほしい」と前置きした。

 そして、意を決したように顔を上げる。


「実は、とある嫌疑で父が城に拘束されている」

「……えっ?」


 予想だにしないフェリクス様の言葉に、胸は勝手にザワつくのに頭が回らない。

(拘束? 拘束って……?)


「今から約二十年前のとある事象が今ごろになって発覚した。それは、父が使用した魔術によって起こった事象から引き起こされているとされたんだ」


 私の困惑した様子に、フェリクス様はお義父様が拘束された理由を話してくれたけど、なんだか少し回りくどくて、回らない頭ではピンとこなかった。


「えっと……。使用した魔術って? 何をしたと疑われているのでしょうか」

「記憶の改ざんだ」


 それって、お義父様が得意としている魔術のはず。

 結婚してすぐのころ、私が魔術師団の前の副師団長に攫われたときにも使っていた。

 凄く便利そうだけど、その分凄く怖い魔術があるんだと感じた記憶がある。


「それって悪いことなのですか? もしかして、禁術、とか……」


 大昔、人々は当たり前のように魔術が使えたらしい。

 そんな時代に生み出され、現代では使うことを禁止されている魔術はたくさんある。禁止されている魔術を使用したら、もちろん罰せられる。


「いや、禁術ではないが、今は取り扱いに規制がかかっている。この魔術は大昔、諜報分野で活躍していたハーディング侯爵家が生み出した魔術だったんだ。今は誰でも習得はできるが、許可がない限り使用してはいけないことになっている」


フェリクス様は「そもそも簡単に習得できるレベルの魔術ではないから、使える者は限られるけど」と付け足した。


 この世界の魔術には大きく分けて三種類ある。

 誰でも好きなように使っていい一般魔術。使用できる人物や職業、使用していい場面などが限られ、使用に許可の必要な限定魔術。誰であっても習得することさえ禁止されている禁止魔術。


 記憶の改ざんなんて怖いと思った印象通り、限定魔術に分類されているらしい。

 フェリクス様の説明によると、記憶の改ざん魔術は、事件の被害者の心の傷を治す目的で使用されているそうで、それは良い使い方のように感じた。

 逆に、それ以外での使用は、倫理的な問題で使用に制限が掛かっていると言われ、納得した。


「――が、限定魔術に分類された理由は倫理的な問題だけではない。失敗すると呪術のように術者に跳ね返ってくる。死亡する場合もあるし、死んだ方がマシと思うような状態になった者の報告もあるほどで、失敗したときのリスクが大きすぎるんだ」


 単純に、命の危険があるという理由ではなく、魔術師自体が貴重な存在になりつつある現代では、魔術師保護の観点からというのが大きな理由らしい。


「だから、国が認めた人しか使用を許されていないし、さらに使用するときは許可を得る必要があるから、滅多なことでは行使できない。だが、それも表向きの話」


 表向きということは、裏では許可なく使われているということなのか。

 私のときのあれも、絶対に無断使用だろうし……。


「まぁ……失敗のリスクが限りなく低い練度なのは父くらいだったし、俺にも言えないようなことにも関わってきたんじゃないかな」


 それは、お義父様を都合よく使ってきた人たちがいることを意味している。

 お義父様は魔術師団長だったから、きっと偉い人や国にとって都合の悪いことをもみ消したりしたのだろう。

 それなのに、お義父様が許可なく使用したとされて、拘束されている……。


「えん罪……ではないのですか? 誰の記憶を改ざんしたんですか?」


 お義父様にかけられた嫌疑は、国の最重要機密に匹敵する内容であるため、誰のどんな記憶かは言えないらしい。

 ただ、約二十年前の記憶の改ざん魔術の使用は、密勅に背いて私的な利益を得ようとしたのでは? と言われ、現在起こっている事象の責任を取る形で、反逆罪の嫌疑をかけられたと説明してくれた。

 もちろん、これも口外してはならないと口止めされたうえで。


「み、密勅!?……王家が絡んでいるのですか?」

「あぁ」


 フェリクス様が苦い顔をして頷く。

(そんな……)

 王家が絡んでいるなら、無実であっても犯罪者にさせられてしまうのでは。

 どんなに無実の証拠を集めて訴えたとしても、国や王家にとって都合の悪い事実なら握りつぶされる可能性がある。

 予想以上に深刻な状況だった。


「ごめん、朝からこんな話をして」


 フェリクス様が申し訳なさそうにしているので、慌てて首を振った。


「使用人は詳細を知らなくても父が城に呼び出されたきり帰ってこないことは知っている。使用人たちにはセレナには知らせないでくれと命じていたが、別邸内でもそわそわした雰囲気が隠しきれなくなってきた。……できることならセレナには解決してから報告したかったんだけど」


 瞳を伏せたフェリクス様の疲労の色が浮かんだ顔を見て、はっとした。


「あの、いつから拘束されているのですか?」

「二人で本邸に行った翌朝、早朝に呼び出されてそのまま拘束されたらしい。それから調査しているけど、まだしばらく掛かると思うんだ。ロイのこともあったから思うように調査が進んでいなくて……」


 ロイが現れた直後くらいからフェリクス様は忙しそうにしていた。

 普通に宰相補佐官としての仕事と、ロイのことで忙しいのだろうと思っていた。本邸に顔を出しているのは、領地で何かあったのかと思っていた。

 だけど、お父様の件があったから、心労が溜まっていたのだと気づいた。

 家族としてお義父様の無実を証明しなければいけないし、当主としていろんなケースを想定して、使用人たちの雇用や領民を守ることまで考えなければならない。

 私がフェリクス様の過去の女性関係なんて小さなことを気にしている間も、お母様の暴走に付き合ってくれた間も、こんな大変なことを一人で抱えてきたのだと思うと申し訳なく、胸が苦しくなった。


 いてもたってもいられず、フェリクス様の頭を胸に掻き抱く。

 立ち上がった拍子に大きな音もしたし、ナプキンもカトラリーも床に落としてしまったけど、マナーなんて構っていられなかった。

 フェリクス様は少ししてから黙って私の腰に手を回した。


「一人で抱え込まないでください!」

「……うん、ごめん」

「私では役に立たなくても、フェリクス様の心の重りを少しだけでも支えて、軽くすることはできるはずです! なんのための夫婦だと思っているんですか! こういうときに支え合うのが夫婦だと思いますけど違いますか? 私のためを思ってくれたのはわかりますけど、こんなに大変なことを一人で抱え込まれても、私は嬉しくないですからね!」


 私がそう言うと、フェリクス様がふぅと息を漏らした。

 そして、覇気のない声を出す。


「ねぇ、セレナ」

「はい」

「家が断絶しても俺はセレナを放してあげられないと思う。そうなったら手放さなければと考えていたけど、やっぱり無理そうだ。苦労を掛けてしまうのに……」


 もしもお義父様の反逆罪が確定したら、爵位や財産を剥奪され、ハーディング侯爵家は取り潰しになるだろう。

 家族にまで累が及ぶかはわからないけど、今の時代、私たちの命までは取られないと思いたい。


「大丈夫です。忘れてしまいましたか? 私が貧乏育ちだってこと」


 気を使ってか、フェリクス様は曖昧な反応をする。


「貧乏暮らしには慣れています。きっとフェリクス様よりも逞しいですよ、私。平民としてその日暮らしになっても、二人で生きていくことはできます。生活の知恵はフェリクス様よりも豊富ですから、任せてください。慣れてしまえば案外楽しいものですよ、貧乏暮らしも。だから、別れるなんて絶対考えないでください! 死ぬときだって一緒なんでしょう?」


 フェリクス様が微かに笑う振動や吐息が胸に伝わってくる。

 ぽんぽんと優しく腰を叩かれたので、抱き寄せていた腕を緩めるとフェリクス様が見上げてきた。

 瞳にいつものような力が戻っていた。


「ありがとう。心強い。やっぱりセレナはいつだって俺に前を向かせてくれる。そうならないようにちゃんと動いているから」

「はい。私にできることがあれば、なんでも言ってくださいね」

「ありがとう。その言葉だけでも支えになるけど。そうだな……ときには俺を叱咤激励して、日々は甘やかしてくれたらもっと頑張れる。だから、キスして」


 こんなときにも、いや、こんなときだからこそ、ブレないフェリクス様に笑ってしまう。

 そんなことでフェリクス様を支えられるなら、いくらでもしよう。

 重ねただけの唇を離し、目を開けるといつも通り微笑むフェリクス様があった。


「ん……今日も頑張れそうだ」


 私は忙しいフェリクス様の邪魔にならないようにと遠慮しすぎていたのだろう。

 今後はもっと自分から積極的に話を聞いて、関わるようにしようと決めた。


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