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天国塔  作者: 前田瑠希
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第五話 エレンの過去

 

エレンとルビアは天国塔の入口に居るノア教会の魔術師に許可証を見せる。ごろつき共の許可証で本当に大丈夫かとエレンは不安になったが、特に何も言わずに登録手続きを始めてくれた。


「エレンさん、お先にどうぞ」


 ルビアが先を譲ってくれたので、エレンはノア教会の魔術師に許可証を渡す。


ノア教会の魔術師はエレンが渡した許可証に何かの魔法の詠唱をする。

 

 詠唱を終えたノア教会の魔術師がエレンに言う。


「どちらかの手を出して下さい」


 ノア教会の魔術師がそう言ったので、エレンは左手を差し出す。ノア教会の魔術師はエレンの左手に許可証を乗せ、許可証を乗せた左手ごと手で覆い、再び詠唱を始めた。


 詠唱はすぐに終わり、許可証が白く光輝いた。白く光輝いている許可証がエレンの左手の甲にすーっと吸い込まれていく。


「終わりました。次の方、どうぞ」


 ルビアがノア教会の魔術師に許可証を渡しているのを横目で見ながら、エレンは自分の左手の甲を見る。


 左手の甲に翼の紋章が描かれている。こすってみるがなんともない。この紋章に何の意味があるのだろうかと、エレンは首を傾げる。


 ルビアも登録が終わったみたいだ。エレンと同様に左手の甲に翼の紋章が描かれている。


「エレンさん、私も終わりました」


「ルビア、許可証が翼の紋章に変わったんだけど、これ何の意味があるの?」


「それはですね、あそこにある転移装置を使う為に許可証を登録しないといけないんです。天国塔の内部にも転移装置がありまして、一度使った天国塔内部の転移装置と外にある転移装置で自由に行き来が出来るんですよ」


「それって天国塔の途中にある転移装置を使えば外に出れるって事?」


「はい。そうですよ。一度天国塔に入ったら外に出れないなんて事はないので安心して下さい」


「……便利ね」


 どうやらエレンが天国塔を登った三百年前より格段に便利になったようだ。エレンが天国塔に登った時は転移装置なんて便利な物はなかった。天国塔に一度入ったら、天国塔の道中で死ぬか、最上階まで登るか、途中で引き返して一階の出入り口から外に出るかの選択肢しかなかったのだ。


 三百年の間に人間界の技術は各段に進歩したようだ。そういえば、とエレンは思い出す。転移の魔法は人間には使えない魔法だ。もちろん、エレンでも転移の魔法は使えない。三百年前、クラディウスが天国で転移の魔法を使っていたのを思い出す。転移の魔法は神にしか使えないらしいが、その神にしか使えない転移の魔法と似たような物を、『転移装置』という形で人間達は編み出したのだ。許可証の制度は気に入らないが、その許可証を登録する事によって転移装置を使えるようにする発想は考えたなとエレンは感心する。ルビアの先祖もなかなかやるじゃないかとエレンは思った。人間もまだまだ捨てたものじゃないかもしれない。最も、エレンはやはり人間が嫌いだが。


「エレンさん。そこの転移装置で記録をしておけば、天国塔の内部にあるどの転移装置からでも外に出れますので、まずは記録をしましょう!」


 ルビアが転移装置を指差したので、「そうね」とエレンは言い、ルビアと転移装置の前まで歩く。


 緑色に光っている大きな球体を目の当たりにし、これが転移装置かとエレンはまじまじと転移装置を見る。ルビアが翼の紋章が描かれている左手で緑色に光る球体に触ったのでエレンも左手で球体に触れてみる。


 エレンとルビアの左手が緑色の光で包まれる。数秒すると緑色の光が消えた。


「これで私とエレンさんの記録がこの転移装置に刻まれました!」


「なるほど。天国塔の内部にある転移装置に今みたいに触れば、外にあるこの転移装置に転移出来るのね。それで今度はこの外の転移装置に触れば、天国塔の内部にある最後に触った転移装置に転移される訳ね。だから許可証が必要な訳か。本当に便利ね」


「はい!さて、記録も済みましたし、行きましょう!エレンさん!」


 ルビアは元気良くエレンの手を引っ張り天国塔の入口に向かう。


「ちょ、ちょっと引っ張らないで!まだ食べ過ぎの影響で気持ち悪いのに!」


 ルビアはそんな事はお構いなしにエレンの手を引っ張る。ルビアは人の話を聞かず我が道を進む性格のようだ。我が道を進む性格なのは構わないが、それに自分を巻き込まないで欲しいとエレンはささやかに願う。


 だが、そんなエレンのささやかな願いは叶えられずに天国塔の入口までルビアに一気に連れて来られる。エレンは不機嫌そうにルビアを見る。


「……これ以上私の手を引っ張るな」


「わかりました!もう天国塔の入口ですから食べ過ぎで気持ち悪そうにしてるエレンさんを引っ張らなくても大丈夫ですね!」


 違う。そういう事じゃない。どうやらルビアは気を使ってエレンの手を引っ張ったようだ。しかも天国塔の入口に着いたから手を引っ張らなくてもいいという理由も意味不明だ。


 ルビアに悪意は無いのでこれ以上怒るのも大人気ない。ルビアは天然でもあるようだ。我が道を進む性格で天然でもある性格。非常に面倒くさい性格ではないかとエレンは頭を抱える。

 

 エレンがそんな事を考えていると、ルビアがこれまた元気良く天国塔の入口の扉を開けて中に入る。「ちょっと待ちなさい!」と言いエレンも天国塔に入った。




 天国塔に入ったエレンは詠唱をし、防御魔法を展開する。天国塔内部は聖域なので堕天使であるエレンにとったらあまり居たくない場所なのだ。だが、天国塔を登らないとクラディウスの元に辿り着けない。食べ過ぎの気持ち悪さよりも、聖域に居る気持ち悪さの方が勝る。防御魔法を展開した事で多少は聖域の影響による苦痛は緩和されたが、極力魔力を使わないでおこうとエレンは気をつける。魔力が減れば減るほど、防御魔法の効果が薄くなるからだ。

 

 エレンがそんな深刻な事を考えているとは知らずにルビアは天国塔の内部を見回して感動していた。


「エレンさん、凄いです!これが天国塔の内部なんですね!」


 天国塔の内部は天使の石像や大理石の階段、綺麗な真っ白な壁に大理石の床で出来ている。宝石のような石で装飾された場所もあり、まさに天国へと続くに相応しい綺麗な内装だ。三百年前、エレンが初めて天国塔に入った時もルビアと同じように感動したのを覚えている。随分と懐かしい。エレンは苦笑しながらルビアに聞いてみる。


「ねぇルビア。ちょっと聞きたいんだけど。今まで天国塔の最上階まで辿り着いた人はいるのかしら?」


「えーとですね……確か書物に載っている過去の記録だと、約三百年前に一人だけ最上階に辿り着いた人がいるみたいです。私達ノアの一族が繁栄する前のこの街は、クリエイド一族が繁栄させてたんですけど……。クリエイド皇帝の子供の一人が天国塔の最上階に辿り着いたみたいなんですけど、その子供の名前は記録には載っていないんですよ。女性だったって事しかわかってないんです」


「……へぇ。そうなんだ」


 ルビアが言っているクリエイド皇帝の子供とはまさにエレンの事だ。エレンはルビアの話を聞いて自分の姓を思い出す。三百年も経つと自分の姓を忘れてしまう事がある。先程の許可証の申請書を書く時もそうだ。喉まで出かかっていたが、姓を忘れていた。ルビアのおかげで思い出した。

 

 エレン・クリエイド。自分の名前をしっかりと思い出す。そういえば、とエレンは思う。この街を繁栄させていた皇帝である自分の父親やクリエイド一族はどうやって滅んだのだろうか?苦しんで滅んだのだろうか?それならばエレンの恨みも少しは晴らされる。化け物扱いをしたクリエイドの皇帝である父親と一族をエレンは絶対に許さない。


(ああ、忘れていた事を思い出してきた)


 エレンの記憶の片隅にあった忘れていた三百年前の、天国塔に登る前の出来事をエレンは思い出してしまった。







 エレンは天国塔に挑戦する為に猛烈に勉強をしていた。剣術、武術、魔法、体術などあらゆる分野を勉強している。クリエイド一族の悲願である天国塔の制覇をするためにだ。そして天国塔の最上階に辿り着き、“願い”で皇帝である父親の不治の病を治す。その為にエレンは血の滲む努力をする日々を送っていた。友達も作らずにただひたすら勉強と鍛錬を続ける毎日だ。

 

 皇帝であるエレンの父親は、エレン以外にも沢山の子供を作っていた。本妻の他に多数の愛人とだ。エレンはクリエイド皇帝の本妻の子ではない。だが、父親であるクリエイド皇帝は本妻の子も愛人との間に出来た子も皆等しく平等に大切にしてくれている。そんな優しい父親がエレンは大好きだった。


「エレン、今日も勉強か?」


 クリエイド皇帝であるエレンの父親が具合を悪そうにしながらエレンの様子を見に来た。エレンはほぼ毎日父親の屋敷で鍛錬をしている。

 

 皇帝である父親とは別居しており、エレンは母親と二人で暮らしている。だが鍛錬の時は父親の屋敷でエレンは鍛錬をする。父親の屋敷には色々と鍛錬をするには丁度良い環境が整っているからだ。

 

 だが、皇帝であるエレンの父親は年頃の娘が友達や恋人も作らずに、ひたすら勉強と鍛錬をしているのが心配で毎日とまではいかないがエレンの様子を時々見に来るのだ。


「お父様!起き上がって大丈夫なのですか!?」


 エレンは手を止め、父親の元に駆け寄る。ゴホッゴホッと父が咳き込むのでエレンは心配そうな顔で背中をさすってやる。


「すまんな、エレン。私の病を治す為にひたすら勉強と鍛錬で、お前の時間を費やしてしまって……」


「いえ、お父様。私はお父様の病を治したいだけなのです。そのために毎日努力しているのです。お父様が病で倒れてしまう前に、一刻も早く全ての鍛錬を終えなければなりません」


「……そうか。その、なんというか、すまないな」


 エレンの父親は正直自分の病が治るとは思っていない。ありとあらゆる治療魔法や薬を使ってみたが、どれも意味を為さなかった。不治の病は確実にエレンの父親の身体を蝕んでいる。このままだともう長くない、とエレンの父親は自覚していた。もはや天国塔の最上階に辿り着いた者が、“願い”で病を治してくれない限り治らないだろう。だが、クリエイド一族の沢山の者達が天国塔に挑戦したが、一度天国塔に入ってから帰還した者はいなかった。天国塔の道中で死んでしまったのだとエレンの父親は考えている。

 

 死んでしまった者達の中には、エレンの父親──すなわち、クリエイド皇帝の子供もいた。エレンと同じく父親の不治の病を治す為に天国塔に挑戦したのだ。

 

 だが、クリエイド皇帝の子供も天国塔からは帰還しなかった。死んでしまったと思った方がいい。死者が沢山出るが、天国塔を閉鎖する事は出来ない。神であるクラディウスに背く事になるからだ。


「お父様、もう休んだ方がいいですよ。お部屋まで連れて行きます」


「……ああ。そうだな。もう、休もう。すまんな、エレン。助かる」


 エレンに連れられてエレンの父親は自室に向かう。この娘ならもしかしたら、とエレンを見る。目が合うと、エレンはニコッと微笑んだ。エレンの父親もエレンに笑顔を見せる。愛しい娘よ、どうか天国塔で死なないでくれと願いながら。




 エレンが全ての勉強と鍛錬を終えていた頃には年は十七になっていた。

 

 エレンの父親の病は進行していて、もう息をするのも辛そうだった。一刻も早く天国塔に登らなければならない。


 エレンは勉強と鍛錬で自分の家族であるクリエイド一族とは殆ど関わりを断ってしまっていた。だが、勝手に天国塔に登る訳にもいかないので、クリエイドの一族に報告をしなければならない。

 

 そしてどうやら今日は、誰かの誕生日らしくパーティーがあるみたいだ。ちょうど殆どのクリエイドの一族が集まるのでそこで天国塔に登ると言えばいいかとエレンは考える。

 

 これまでもクリエイド一族の誰かの誕生日の度にパーティーが開かれていたが、エレンは参加をしなかった。自分の誕生日の日もパーティーは開かれていたらしいが、エレンは毎年顔を出さずに勉強と鍛錬に明け暮れていた。エレンの母親に『父親である皇帝の為に勉強と鍛錬をしている』と言って貰いパーティーには参加をしない。パーティーに参加する余裕があるなら魔法の一つでも覚えた方がいいからだ。


 クリエイドの一族内ではエレンの事を良く思っている人はおそらくいないだろう。だが、エレンも逆にクリエイドの一族を良く思っていないし、嫌いだった。父親である皇帝が不治の病でいつ倒れるかわからない状況なのに、一族の誕生日にパーティーなどを開き、宴を楽しんでいるのが許せなかった。もっと必死になって皇帝を助ける方法を探すべきなのではないだろうかと思う。きっと誰もが、もう皇帝は助からないと諦めているから、自分達の皇帝が病で死にそうでも平気でいられるのだ。皇帝である父親がパーティーに参加出来るはずがなく、屋敷で寝込んでいる最中に自分逹は宴を楽しむ。本当にどうしようもない連中だ。


 パーティー用のドレスをエレンは身につける。赤いドレスで、胸元が開いており、ロングスカートで可愛いフリルが装飾されている。鍛錬で鍛えられたしなやかな身体に、程良く鍛えられた筋肉。かなり色香のある格好でセクシーだ。胸元がスースーして落ち着かないが、我慢して母親の所に行く。


「エレン!?まさかパーティーに出るの!?」


 エレンの母親は驚いていた。今までクリエイド一族の誰かの誕生日でも一度も参加しなかったエレンがパーティー用のドレスを着ているのだ。


「お母様。本日は私も誕生日パーティーに参加致しますわ。誰かの誕生日かは知りませんが、鍛錬を終え天国塔に登る準備が出来たのでその報告に。黙って登ってもいいのですが、後で一族の誰かにグチグチと文句を言われるのもなんだかムカつきますので」


 エレンは丁寧な言葉使いに皮肉を混ぜてみた。エレンの母親は大笑いをする。


「アハハハ!ちょっとエレン、似合わない言葉使いは止めなさい……アハハハ!」


「いや、だってこれからパーティーに行くのだから、礼儀正しい言葉使いをしないと。面倒だけど」


「丁寧な言葉使いで皮肉を言えばいいってものじゃないわ……面白いけど。お願いだからパーティーではちゃんととしなさいね?」


「母さんには言われたくないわ。お父様から聞いたんだけど、前に誕生日パーティーで食事の最中に喧嘩したんだって?」


「……それは相手が悪いのよ。食事の最中に寝不足なのかわからないけど、居眠りしている馬鹿が居たのよ。パーティーの最中の食事中に居眠りなんてマナー違反だし、ルール違反よ。『こっちは疲れているんだ!』って逆切れしてきたけど、ひっぱたいてやったわ。居眠りするぐらいなら、最初からパーティーに参加しなければいいのに」


 エレンは子供の頃から母親に『ルールは必ず守るように』と口を酸っぱくして言われ続けて育った。どうしてルールを守らないといけないのか、と子供の頃に母親に聞いた事がある。『人がルールを守るのではなく、ルールが人を守ってくれるのよ』と母親にその時に言われた。エレンは母親のその言葉に凄く納得した。母親の教えをこれまでも守ってきたし、これからも守り続ける。ルールは必ず守る。ただし、ルールを守らない奴には容赦をするなとも母親に教えられた。


「さて、せっかくあなたがドレスを着たのだから、お化粧をしないとね。こっちにいらっしゃい」


「お願いするわ。母さん」


 化粧をして貰ったエレンは鏡で自分の顔を見る。


「やっぱり母さんはお化粧が上手い」


「エレン、とても綺麗よ」


 元々エレンは綺麗な顔立ちをしている。化粧の効果でさらに綺麗な顔立ちになっていた。世の男性が放っておかない程、とても美しい。

 

 最も、口を開けば皇帝である父親を助けないクリエイド一族に対しての皮肉を口にするが。


「後は髪型なんだけど、どうする?」


母親にそう聞かれ、エレンは少し考えてから答える。


「髪型は普段通りでいいわ。髪飾りとか面倒だし」


「わかったわ」


エレンの母親は、櫛を手に取りエレンの銀髪の髪に櫛を通す。エレンの後ろ髪は腰らへんまであり、前髪は目と眉らへんの長さだ。前髪は真ん中らへんで分け、綺麗に揃えられている。エレンの母親は綺麗な髪だなと、自分の娘の髪に櫛を通していく。


「さあエレン。これで準備は終わりよ。パーティーを開く屋敷に行きましょう」




 パーティーが開かれてる屋敷に到着したエレンとエレンの母親は、屋敷の入り口に居る警備をしている者に誕生日パーティーの招待状を見せ屋敷の中に入る。誕生日の主役である人物の名前は、どうでもいいのでエレンは覚えていない。エレンは先程チラッと招待状を見たが、確か招待状に書かれていた本日が誕生日の人物の名前はポンコツみたいな名前だったような気がする。興味が無いし、ポンコツみたいな名前の人物を祝いに来た訳でもない。天国塔に登る準備が整ったので、一族の皆にそれを言いに来ただけだ。物凄く気が進まないが、大好きな父親の為だ。

 

 エレンの母親はクリエイド一族の誰かの誕生日がある度に必ず出席している。パーティーの最中に喧嘩もするが、ちゃんと祝いに出席しているのだ。大人だなぁとエレンは思った。ただ、父親である皇帝が病を患っているので、いつ倒れるかはわからないので母親はあまり乗り気ではない。しかし、『誰かの誕生日なら祝ってあげないと』と言い、パーティーに出席するのだ。お祝いの言葉を述べると直ぐに帰って来る。皇帝である父親が病を患っていて、いつ倒れるかわからない状況でも誕生日パーティーという名目で宴を楽しんでいるどうしようもないクリエイドの一族とは母は違うのだ。


 屋敷内の豪華で大きな廊下を移動し、誕生日パーティーが開かれてる大広間に向かう。道中、大広間にはまだ入らず、立ち話しをしているクリエイドの一族の人達が結構いた。なんだか注目を浴びている気がする。それにエレンを見てこそこそと話し声が聞こえる。


「おい、なんだあの美人。どこの娘だ?」


「ほら、あの人は確か……」


「ああ、この間パーティーの最中に喧嘩をしていた……」


「そうそう。その人の娘さんだよ。名前は確か……」


「エレン、だったか。しかし、いつも誕生日の招待状を送っているのに、出席しないので有名だぞ。それがなんで今日は来たんだ?」


「まさか、今日誕生日の男の子に恋をしているとか。それで来たんじゃないか?」


「へぇ。それはそれは。あの娘も年頃の娘という事か」


 こそこそと話しているクリエイド一族の連中にそれは断じて違うと激怒しそうになるが母親にやんわりと止められる。「あんなのは放っておきなさい」と言われたので我慢をしようとするが、エレンは我慢出来なかった。かなり頭に来たので小さな声で詠唱をし、こっそり強烈にお腹が痛くなる魔法をこそこそと話しをしているクリエイド一族の連中に掛けておいた。魔法の勉強をしている最中に発見した魔法だ。

 

 小さな復讐を終えたエレンは満足そうな顔をする。エレンの母親は素知らぬ顔で歩いている。どうやらエレンがイタズラをしている事には気付いているようだった。だが、エレンの母親の性格は面白さを求める傾向にある。だからエレンに何も言わないのだ。


 大広間の中に入ると豪華なご馳走や大きなケーキが目に入る。クリエイドの一族も沢山居る。

 

 口のつけられていない飲み物を手に取り母親と大広間内をうろつく。皆エレンの方を見る。あんな美しい女性は見た事がないと言いながらエレンの事を目で追う。どこの娘だ、などと聞こえる。一族の一人の男がエレンの元にやって来て、エレンの胸元をチラチラ見ながら話し掛けてくる。年齢はエレンと同じぐらいか。


「ごきげんよう。あなたはとても美しい。その、もしよろしければ私と一緒にパーティーを楽しまないか?」


「冗談はその顔だけにしなさい。あなたが裸踊りでも始めてくれれば私が楽しめそうだけど。ああ、やっぱりいいわ。少し想像したら気持ち悪くなったから」


「いや、あの……」


「はい、これあげる」


 エレンは空になったグラスを話し掛けて来た男に押し付け、話し掛けて来た男に「じゃあね」と言い、母親とその場から離れる。空になったグラスを上手く処分出来た。


「あら、モテモテじゃない。母親として鼻が高いわ」


「母さん面白がってるでしょ」


 エレンは母親と雑談しながら適当にうろつく。正直、エレンはクリエイドの一族と殆ど関わりを持っていなかったので、誰が誰だかわからない。母親が時々クリエイドの一族の人に挨拶をするので、エレンもそれに習う。


「おや、これは珍しい」


 今度はやたらと偉そうな男が話し掛けて来た。殆どクリエイド一族と関わりを断っていたエレンでもその男は知っていた。エレンが毛嫌いしている人物で、皇帝である父親の側近だ。名前は確か……。


「お久しぶりです。オマルさん」


 エレンにオマルと呼ばれた男の顔が面白い事になっている。皮肉は言っていないのにおかしいなと、エレンは首を傾げる。何をそんなに怒っているのだろうか。

 

 エレンの母親が苦笑しながら男に挨拶をする。


「こんにちは、オマロさん」


「エリザベスよ……あなたの娘さんは相変わらずユニークな性格なようだ」


 母親の名前を汚い口で軽々しく口にするなとエレンはオマロを睨み付ける。名前を覚えていなかったので適当にオマルと口にしたが、これからは絶対にわざと間違えてオマルと呼んでやろうとエレンは心に決める。


「オマルさんどうしたんですか?また母さんを口説きに来たんですか?相変わらず暇なんですね。よくその汚い顔で母さんを口説こうと思いますね。もし私がそんな汚い顔をしていたら我慢出来ずに自害してしまいますよ。汚い顔でごめんなさいって叫びながら。目障りだから目の前から一刻も早く消えて欲しいし、視界にすら入れたくないのですが、私は我慢してあげますよ。大人なので」


 エレンは機関銃のように皮肉をオマロにぶつける。エレンはオマロが大嫌いだった。皇帝である父親の側近でありながら、影では皇帝の座を狙っているらしい。母からそう聞いた事がある。

 

 そして母親の事を妾にしようと、見かける度に母を口説いてくるのだ。家にも花束を持って押しかけて来た事がある。無論、オマロの目の前でエレンは花束を焼却の魔法で燃やしてやったが。


 エレンの皮肉にオマロの顔は激昂寸前だ。怒鳴り声を上げないのは、パーティーの最中だからだろう。

 

 オマロは激昂寸前の顔をしているが、エレンの胸元をチラチラと見てくる。本当にどうしようもない男だ。


「ゴミが。汚い目で私と母さんを見るな。早く死ねばいいのに」


「……年頃の娘が、そういう事を言うんじゃない。失礼極まりないぞ」


「汚い顔で今度は説教?オマルさん、あなた何様のつもりなんですか。息が臭いので喋らないで下さい。早く死ねばいいのに」


 エレンの母親は、エレンとオマロの会話を見守っている。基本的にエレンの母親は会話に参加しない。オマロと話しをするのが面倒臭いからだ。

 

 エレンはオマロに対してなんとなく舌打ちをする。


「……チッ。オマルさん、転んでそこのテーブルの角に頭をぶつけて死んでくれませんか?目障りなので。オマルさんが死ねば私は嬉しいです」


「……エレンよ。本日は何故パーティーに参加したのだ?」


 怒りの我慢の限界なのか、オマロが話題を変えてきた。オマロの顔がだいぶ引きつっている。ムカつくが皇帝である父親の側近なのでエレンは用件を伝えた。


「そうそう、胸糞悪い男が話し掛けてきたから怒りですっかり忘れていたわ。私が言う事にビックリしてちびらないようにして下さいね?ちゃんとオマルさんはオムツをしているとは思いますけれど。……今日誕生日パーティーに参加したのは、天国塔に登る準備が整ったのでその報告に。勝手に天国塔に入ってもいいのですが、そうすると便所面のオマルさんがうるさいと思うので。あなたの顔を見たくないのだけれど、仕方ないので報告しに来ました」


 早口でまくしたてるエレン。エレンの報告を聞いたオマロは驚愕していた。エレンが天国塔に登ると宣言をしたからだ。そして段々と、にやついた顔になっていく。物凄くムカつくのでエレンがオマロをぶん殴ってやろうかと思った時、オマロがパーティー会場の人達に聞こえるように大声で言う。


「皆の者聞いてくれ!ここにいるエレン・クリエイドがなんと天国塔に登ると宣言したぞ!我々クリエイド一族の戦士が制覇出来ないのに、この小娘は自信たっぷりで天国塔を登る準備が整ったと言っておる!皆の者、この事をどう思う!?」


 「大声で喋るなうるさい」と言い、エレンはオマロを後ろから蹴り飛ばす。床に倒れ込みグエッと蛙が潰れるような声がしたがエレンは気にせず一族の反応を伺う。

 

 エレンがオマロを蹴り飛ばしたのを一族の者達は無視し、オマロが言った言葉をそこらじゅうでこそこそと話しをしている。

 

 その時、一族の一人の男が大声で提案をする。


「皆の者、エレンという娘が天国塔に挑戦する実力があるか確かめようではないか!ちょうど私の息子が天国塔に登る為に鍛錬をしているのだ。大分仕上がっておる。エレンよ、私の息子と手合わせを申し込むが、異論はないな?」


「構わないわ」


「それなら後日──」


「面倒だから今でいいわ。私はこの格好のままでも構わないし、あなたの息子が着替えるぐらいの時間ぐらい待ってあげるわ。それにせっかくの誕生日パーティーなのだから、余興として私とあなたの息子の手合わせを一族の皆に見てもらうのも面白いと思いますが」


 エレンのその言葉に会場のクリエイドの一族はどよめく。こそこそとまた相談が始まった。エレンが舌打ちするのを我慢していた時、いつの間にか立ち上がっていたオマロがまたもや大声で言う。


「良いではないか!この小娘の言う通り、今ここで実力を皆の者に見てもらうのもまた一興だ!」


 オマロのその言葉に一族の者達は納得し始める。手合わせの提案をして来た一族の男は場の空気を読んだのか、ここで自分の息子とエレンが手合わせするのを承諾した。


「わかった!皆がそこまで言うなら息子に準備をさせる!エレンよ、少し時間を頂く」


「構わないわ」


 エレンに提案して来た一族の男は息子を連れ着替えに行った。

 

 オマロを見るとニヤニヤした顔でエレンを見ている。カチンと来たが、とりあえずなんでニヤついているのか聞いてみる。


「糞オマロさん、何をニヤニヤしているんですか?まあ生まれつきの変態だから仕方ないのですが。後三秒その表情を続けるならぶん殴ります」


「……くっ。ハハハハ!お前如きが天国塔に登るだと?笑わせるな。どうせ私を馬鹿にするために強気な態度で天国塔を登る準備が整ったとのたまっているだけだろう?どうせ天国塔に登る気なんか無いくせに。まあ、お前の嘘なんてすぐにわかるさ。今から手合わせをすれば、お前はボロを出すはずだ。どうせボコボコにされるのだから」


 オマロは汚いニヤケ面でエレンに言う。エレンに対しての日頃の恨みを晴らせると思っているのか、凄いどや顔だ。

 

 まずはお前をボコボコにしてやろうかとエレンがオマロに殴り掛かりそうになった時、エレンに提案してきた一族の男が着替えた息子を引き連れ戻って来る。


「エレンよ、待たせたな」


「いいえ、気にしないで下さい。さて、どうしましょうか」


「……あそこは割と広いから、あそこで手合わせをしないか?」


「確かに、あそこなら割と動けそうですね。私は構いませんが」


「ならあそこにしよう」


 エレンは母親に振り向く。


「母さん、ちょっと行ってくるわね。馬鹿の事は無視でいいから」


「わかっているわ、エレン。あまりやりすぎないようにね」


 母親に言われたので手加減を心がける。殺さないようにしなければならない。

 

 提案してきた一族の男の息子をエレンは見る。年はエレンと同じぐらいか。パーティー用のドレスの格好のままのエレンに対して相手は完全武装の戦闘服だ。

 

 相手はエレンが見ている事に気付き、エレンの胸元を見ながらぺこりと頭を下げてくる。

 

 こいつもどうしようもないなと思いながらエレンは手合わせをする広めの場所に向かう。相手もそそくさと付いて来た。


 広めの場所に着いたエレンは相手に質問をする。


「ルールはどうするのかしら?殺さなければなんでもありでいい?」


「自分はなんでも構いません。それより、その格好で手合わせをするつもりなのですか?」


「ええ、そうよ。あなたの相手なんて、この格好で充分よ。本気で掛かって来ていいわよ。その腰にある剣も使っていいし、魔法も使っていいわ」


 エレンの挑発に相手の顔がみるみるうちに赤くなっていく。これぐらいで心を取り乱す人間が天国塔に挑戦しようとしているのだ。エレンは心底呆れる。

 

 その時、突然オマロが大声で言った。


「手合わせ始め!」


 オマロのその言葉に相手は剣を抜いてすぐ様エレンに斬りかかってくる。エレンはそれを簡単に避け、詠唱をする。

 

 エレンが詠唱をすると相手は動かなくなった。


「今のは拘束の魔法よ。それにしてもあなたの剣戟、欠伸が出るほど遅いわ。さて次は、と」


 エレンは再び詠唱をする。拘束の魔法で固まっている相手の両腕が広がり、脚をピタリと閉じた。まるで十字架に磔られているみたいになる。


「これが磔の魔法。さて、剣も持ってない相手に簡単に捕まった愚かな子羊をどうしてやろうかしら?」


 エレンはそう言い、相手が手にしている剣を奪い取る。奪った剣で磔の魔法と拘束の魔法で固まっている相手の首筋に剣をあてがう。


「はい、今のであなたは一度死んだわ。私の勝ち。まだ続けるなら相手をするけど」


 エレンは魔法を解除してやる。相手は手を床につき、息が切れ切れだった。エレンは剣を相手の目の前に投げる。


「……くそ!馬鹿にしやがって!もう一回手合わせだ!」


「仕方ないわね。じゃあ今度は手加減してあげるけど、私も攻撃するわ。死なないように頑張ってね?」


「ふざけるな!」


 相手は完全に激昂し、エレンに剣を突き刺そうとする。エレンは詠唱をし、防御魔法を展開した。剣がエレンの身体に触れるが、防御魔法により剣を弾く。防御魔法とは、術者の身体

に魔力の膜を張り、攻撃を防御する魔法だ。防御魔法を破るには、防御魔法で張られた魔力の膜を上回る攻撃をするか、攻撃をし続け、防御魔法で張られた膜の魔力が切れるまで攻撃をし続けるかだ。


相手が何度も剣で攻撃をしてくる。だが、エレンの身体は傷一つつかない。


「……くっ!」


 相手はそれでも諦めずに剣を突き出してくる。必死な形相でエレンを傷つけようと相手は頑張っているが、防御魔法にことごとく剣を弾かれる。どうやら相手は魔法を使えないようだ。そろそろ飽きて来たので、エレンは詠唱をする。

 

 詠唱を終えたエレンは相手に爆破の魔法を放つ。極力手加減をしたが、相手は一撃で黒こげになった。だが息はある。意識が無く、時々痙攣を起こしてはいるが。


「やりすぎたわ……これぐらいの魔法も防御出来ないの?仕方ないわね」


 エレンは詠唱をし、治癒の魔法を相手に掛けてやる。白い光が相手を包み込み、光が消えると無傷の相手の姿が現れた。


「それで、まだやるのかしら?」


 エレンが問い掛けるが相手は反応しない。どうしたのかと疑問に思い相手の顔を覗くと、気絶していた。


「まさかこの程度で気絶するとは。弱すぎるわ。この程度の実力で天国塔に挑戦しようとしてたの?笑わせないでほしいわ」


 エレンはそう言うと周りで見ていたクリエイド一族のギャラリーを見回す。皆、驚愕していた。エレンの一方的すぎる実力にクリエイドの一族は皆凍りついてしまっている。

 

 なんとなくオマロを見ると、そんな馬鹿なって顔をしている。とりあえずムカつくが放っておく。


「まだ私の実力を試したい人はいるのかしら?」


 エレンがそう言うが、誰も口を開かない。エレンは深い溜め息をする。


「……はぁ。誰もいないのね。それでこの人、とりあえず医務室にでも運ばないのかしら?まあ完全に治癒したから直に目を覚ますけど」


 エレンのその言葉に、相手の父親が物凄い勢いでやって来た。息子を抱えてエレンを睨み付ける。


「お前!やりずきだ!ここまでやる事ないだろうが!」


「うるさいわね。あなたの息子が弱すぎるのよ」


「こ、この化け物が!」


 男はそう言うと、慌てて息子を医務室に連れて行った。エレンは化け物呼ばわりされた事に内心穏やかではなかった。

 

 その時、オマロがいきなり喚き散らす。


「皆様!手合わせはこれにて終了です!化け物には誕生日パーティーから退席して貰いましょう!そこの小娘に関わると、黒こげにされてしまいますので!さあ、化け物よ、早く退席したまえ。ああ、エリザベスさんはこのままパーティーを続けてもいいので。この私めが、美味しい料理を準備致しましょう」


 オマロが訳のわからない事を言ったのでとりあえずオマロの目の前に行き、思いっきりぶん殴る。エレンは我慢の限界だった。オマロはエレンの一撃で気絶した。


「うるさいわね、このクズ!まあいいわ。用件がすんだから帰るわ。母さん、帰ろう?」


「……ええ。そうね」


 エレンが母親を連れて大広間から出る。一族の者はエレンとは関わりたくないとばかりに知らないふりをする。さわらぬ神に祟りなしだと思っているのだろう。


「……ねぇ、母さん。なんかごめんなさい」


「いいのよエレン。とても面白かったわ」


 母親は相変わらずだった。エレンは母親の面白さを求める性格に対して苦笑した。







 翌日、エレンは母親の姿を探していた。家のどこにもいないのだ。


「母さん、どこに行ったの?」


 エレンは家の中で声を出し、母親を探す。だが、返事はない。


「…………」


 リビングに行くと、争った形跡がある。

 

 嫌な予感がする。昨日のパーティーでエレンは化け物呼ばわりをされた。もしかしたら、化け物を生んだ母親として、一族の者が母親に何か危害を加えたのかもしれない。


 エレンは慌てて着替えると外に飛び出す。どこを探せばいいのかわからないが、とりあえず父親の所に向かおうと思い、父親が休んでいる屋敷を目指す。もしかしたら父親の所に母親がいるかもしれないからだ。


 向かう途中に、人がやたらと集まっているのに遭遇した。なんだろうと思いながら、エレンは野次馬を掻き分け、人が集まっている原因を目の当たりにし、驚愕した。


「──そんな、なんで……」


 エレンの瞳から涙が零れる。十字に加工された大きな木に、エレンの母親が磔られていた。衣服は身につけておらず、四肢は切断され、内臓が零れ落ちている。真っ赤な血が加工された十字の大きな木を伝い、地面にポタポタ滴り落ちていた。五羽のカラスがエレンの母親の死体をついばんでいる。


 エレンは涙を我慢し、カラス逹に拘束の魔法を掛ける。カァーッと鳴き声をあげると拘束の魔法が掛かったカラス逹はボトリと地面に落ちた。


 次にエレンは、野次馬達全員に催眠の魔法を掛ける。野次馬達は全員地面に倒れ込み死んだように眠りについた。

 

 エレンは母親の死体を下ろし、母親の死体を抱きしめる。


「……どうして、母さんがこんな酷い目に……」


 エレンはハッと気付く。こんな事をするのは一人しか思い付かない。

 

 これ以上晒し者にする訳にもいかないので、エレンは母親の死体を焼却の魔法で燃やし尽くす。胃から嘔吐物が込み上げてくるが、それを飲み込み唇を噛み締める。


 エレンは無表情で立ち上がり、目的の場所に向かう。おそらく父親の所に居るはずだ。絶対に、絶対に許さない。


 父親が休んでいる屋敷に辿り着いたエレンは屋敷に入ろうとするが、警備の者に止められる。


「待て。今は屋敷に入る事が出来ない。帰りたまえ」


 エレンは詠唱をし、炸裂の魔法を警備の人間に放つ。父親の屋敷にいる警備員の顔は全員顔を覚えている。だが、見た事のない警備員に止められたのだ。おそらくオマロの部下だろう。

 

 警備の者の身体が爆散し、悲鳴を上げる事なく内臓を撒き散らして絶命する。


 爆破の魔法で屋敷の扉を爆破し、屋敷の中に入る。もしかしたら父親の命も危ないかもしれない。エレンは急ぎたいが、屋敷内の警備員が屋敷の扉を爆破した騒音に気付き次々とやってくる。

 

 爆破の魔法で扉を爆破したのは失敗だった。今から行きますと言っているようなものだ。

 

 まあいいかと思い直し、エレンは空中に小さな魔法陣を無数に展開し、光剣を次々と生成していく。

 

 生成し終えた光剣を一斉に射出し、警備員を皆殺しにする。エレンは父親の部屋へと急ぐ。


 父親が休んでいる部屋の前に辿り着く。扉が少し開いており、会話が聞こえてくる。


「陛下、エレンは化け物です。エリザベスも化け物を生んだ母親なので、誠に勝手ながら私めが処分致しました。あの者逹は陛下の命を狙おうと画策していたのです。病を患っている陛下の命など、とるに足らないと思っているのでしょう」


「……まさか、エリザベスとエレンが、そんな……」


「陛下、お気を確かに!」


 いけしゃあしゃあとオマロがエレンの父親に嘘を吹き込んでいる。エレンが屋敷に乗り込んで来たのには気付いていないようだ。あんなに爆音がしたのにだ。そういえば父親の屋敷は防音機能がしっかりしていたなとエレンは思い出す。

 

 エレンは扉を蹴り開け、詠唱をする。父親とオマロが部屋に入って来たエレンを見る時には詠唱を終えていた。オマロを拘束の魔法で拘束する。


「よくも、よくも母さんを!」


 エレンは拘束されているオマロの前まで行き、オマロの右腕に切断の魔法を掛ける。オマロの右腕がオマロの身体から分割される。切断口から夥しい量の血を噴出している。


「うわあぁぁぁっ!!わ、私の、う、腕がああぁぁっ!!」


 オマロの悲鳴を耳障りに思いながら、エレンは切断されたオマロの右腕に鎌鼬かまいたち)の魔法を掛ける。肉片すら残さずオマロの右腕は消えた。赤い血が父親の部屋の床にこびりつくが気にしない。エレンの父親はただ唖然とエレンの行動を見ているだけだった。


 エレンは今度はオマロの左腕にだけ炸裂の魔法を掛ける。オマロの左腕がぶっ飛び、またもやオマロが悲鳴を上げるがエレンは詠唱を続け、両脚に爆破の魔法を放つ。

 

 オマロの両脚が爆破の魔法で消え去る。母親と同じ苦しみを味合わせる為に四肢を狙ったのだ。放っておいても出血死は免れないが、エレンは最後の詠唱をした。


 オマロの周りの空間から、光のつらら状の物がオマロを目掛けて無数に飛び出る。串刺しの魔法だ。オマロは簡単に息絶えた。気に入らないので残った死体の胴体を思いっきり蹴り飛ばす。父親の部屋の壁にドチャっとぶつかり、床に血を撒き散らしながらボトリと落ちる。肉片がそこら中にこびりついている。


「お父様。無事だったのですね。良かった」


 オマロの肉片と返り血で真っ赤になりながらエレンは父親に微笑む。父親のベッドにオマロの肉片が飛び散っている。


「……化け物」


 父親がそう言い、エレンは動揺する。


「お、お父様!?まさか、オマルの馬鹿が言った事を信じているの!?」


「……お前なんか、私の娘などではない!こ、この化け物が!今すぐ私の前から消えろ!」


 父親は化け物を見るような目でエレンを見てくる。


「お、お父様、私はお父様の病気を治す為に──」


「そんな事を頼んだ覚えはない!この化け物が!早く消えろ!」


 もう駄目だった。父親はわかってくれなかったのだ。エレンの顔が諦めの表情になる。


「……そう。わかったわ。もうあんたの病気なんて知らないわ。病気を治したいのなら自分で天国塔に登りなさい。私はあんたの為に時間を費やしてきた。願いであんたの病を治したかったから。けど、もうそれも必要ないわね。これからは自分の為に時間を使う事にするわ。友達を作るのも我慢してきたのだから」


「早く消えてくれ!お前の顔も見たくない!」


 エレンは「わかったわ」と言い、父親の部屋から出る。


 母親も殺され、父親には化け物呼ばわりされたエレン。あっと言う間に大切にしていた物をオマロ一人のせいで一日で失ってしまった。

 

 そしてなにより、エレンは虚無感を感じていた。人を殺してはいけないというルールを破ったのだ。オマロとオマロの部下を殺した事実よりも、母親の教えを守らなかった事実に心が押しつぶされそうになる。だが、怒りで我を忘れていたのだから、仕方がない。オマロも人を殺してはいけないというルールを守らなかったのだ。そう、仕方がなかったのだ。


 これからどうしようかとエレンは考えてみる。きっとクリエイドの一族はエレンを抹殺しようとするだろう。一族を追われる立場になってしまったのだから。

 

 なら、天国塔に入るしかない。人間を見限り、天使になってみるのも面白いかもしれない。子供の頃に見たあの綺麗な天使に会いに行ってみようとエレンは考える。


 エレンは父親の屋敷を出る。振り返らず、天国塔に向かって歩き出す。エレンの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

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