第十二話 生きる屍
扉に入ったエレン達は光に包まれた。眩しすぎて目を瞑ってしまったが、次に目を開いた時には水晶の部屋に戻っていた。ルビアが口を開く。
「これで先に進めるって事ですよね?第一の試練の時と同じで水晶の中から戻って来ましたし」
ルビアの言葉にエレンが答える。
「ええ。そうね。……っ」
エレンは片膝を付き、頭を抑える。ルビアとレイコが慌ててエレンの元に駆け寄る。
「エレンさん!?大丈夫ですか!?」
「……ごめん、そろそろ……限界」
「ちょっとエレンちゃん、凄い汗よ!早く外に出ましょう!」
「……ヴァルキュリアとの戦闘で無理をし過ぎたわ。本当にこの聖域の空間は鬱陶しい。ごめん、レイコ。少しでも先に進んでクロエに追いつきたかったんだけど、今の体力じゃ無理だわ。ルビアにも頑張って貰ったのに」
レイコとルビアは首を振りエレンの肩に腕を回す。
「エレンちゃん、無理は良くないわ。それにクロエは直ぐに最上階に辿り着く訳でもないと思うし、休養も必要よ」
「そうですよエレンさん!私でよければいくらでも力を貸しますから!だから今は休みましょう!」
「……二人共、ありがとう」
エレンはそう言うと気を失ってしまった。顔色は良くなく汗を物凄くかいており、まるで具合の悪い病人のようだ。
ルビアとレイコはエレンを連れて試練の部屋から出る。少し歩くと転移装置があった。ルビアがエレンの左手を転移装置に触れさせる。レイコとルビアも転移装置に触れた。光に包まれ天国塔の外に一瞬で転移される。
「レイコさん、これからどうしましょう?」
外に転移した事により聖域の空間から離脱したのでエレンの顔色が少しだが良くなった。だが、まだ気を失ったままだ。
レイコは少し考えてからルビアに提案する。
「なら、私の家に来る?エレンちゃんもまだ気を失っているし、良ければ私の家で休ませるわ。ここから直ぐ近くなの」
「……そうですね。お願いします」
「こっちよ」
ルビアがエレンをおぶり、レイコとルビアは移動を開始する。
外はもう夜になっており街には灯りが灯っていた。一見平和に見えるが、クロエの人間に対する憎しみはいつこのノアの街の人間を殺してもおかしくない。今はまだ天国塔に留まっているがその憎しみの矛先が街の人間に向けられた時は果たしてどれだけの人間が死ぬのだろうか。
それとエレンの抱えてる秘密だ。なぜ堕天使になったのか。そしてなんの目的で天国塔を登っているのか。まだまだエレンについて知らない事が沢山ある。それを知った時、自分達はどうするのだろうかとルビアとレイコは考えてしまう。
レイコの家の近くまで辿り着くと、レイコが振り向き、ルビアに言った。
「ルビアちゃん、ちょっと待ってね」
レイコはそう言って詠唱をする。何かの魔法を発動したようだ。
「もう大丈夫よ」
「レイコさん、今何をしたんですか?」
「見ればわかるわ」
レイコの後に続いていくとルビアは驚いた。人の形をした大量の人形が大砲や弓、剣や槍を構えたまま動きを止めていたのだ。それもレイコの家を守るように配置されている。動きを止めている人形はよく出来ており、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。
「レイコさん、この人形達は一体なんですか?」
「ちょっとね、家の中にどうしても守りたいものがあるのよ。今は魔法で解除したから動かないけど、人形の他にも色々と仕掛けをしてあるわよ。この人形達には外敵を容赦なく攻撃するように魔法で命令を施してあるし、他にも対魔法防御結界や私が離れていても外敵が来た時に私に知らせる魔法とか──とにかく色々と仕掛けをしてあるわ」
「そうなんですか」
「それにその人形達の構造も人間に近い造りになっているから、人間のような動きをするわ。色々と調べていたらちょっと人間の構造に詳しくなってしまってね」
レイコがそう言ってルビアに振り向いた時──。
「それは何故か聞かせなさい」
ルビアにおぶられているエレンがいつの間にか目を覚ましていた。どうやら話を聞いていたようだ。
「エレンちゃん大丈夫なの!?」
「まだちょっとつらいから出来れば横になりたいわ。ルビア、もうちょっとだけ背中で休ませて」
「わかりました!レイコさん、早く中に入りましょう!」
「そうね」
レイコに続いてエレンをおぶったルビアがレイコの家の中に入る。
◆
レイコが寝室に案内しルビアがベッドにエレンを寝かせる。レイコが暖かい飲み物を準備しに台所に行き、ルビアはエレンが居るベッドのそばにある椅子に座った。エレンはルビアに感謝の言葉を述べる。
「ごめんねルビア。また助けられたわね。ありがとう」
「そんな、いつも助けられてるのは私の方ですよ!」
「とにかく、ありがとう」
エレンがそう言った時、コップが乗ったトレイを持ったレイコが戻って来た。
「ミルクを暖めたんだけどこれでいいかしら?」
「私はミルクで大丈夫です!エレンさんは?」
「大丈夫よ。いただくわ」
エレンはベッドの上で上体を起こしレイコからカップに入った暖かいミルクを受け取り、レイコがルビアの隣の椅子に座る。三人とも暖かいミルクを啜りほぉーーっと暖かい溜め息を吐く。
一息ついた所でエレンがルビアとレイコに言う。
「二人共ありがとう。さて、この際だからお互いの話をちゃんとしない?何を思って天国塔に登っているのかを腹を割って話し合いましょう」
ルビアとレイコはエレンの言葉に頷いた。
「そうね。いずれにしても天国塔を一緒に登るのならいつかは話さないといけない事だものね。ルビアちゃん、どうする?先に話をする?」
「私はどちらでも構いませんよ」
「じゃあ私が先に話をするわ。そうね……まず──」
レイコは一度目を閉じて深呼吸をし、言葉を続ける。
「私の目的は……子供を生き返らせる事よ」
エレンがレイコに質問をする。
「誰の子供?」
「私の子供よ。私ね、結婚して家庭を築いていたの。でも、ある日盗賊が強盗に家に入ってね。私は家に強盗が来た時、オリヴィエの一族から神器を受け取る手続きの為に家に居なかったのよ」
「それで?」
「それでね、家に居た夫と子供が強盗に入った盗賊に襲われて……。家に帰った時は本当に絶望したわ。家の中は荒らされていて貴重品はほとんど盗まれていたし。でもそれよりも血を流して倒れていた夫と子供がね……。あの時の光景は本当に信じられなかったわ」
レイコの話にルビアは悲しそうな表情だ。エレンはレイコに話の先を促す。
「それでね、私が家に帰って来た時には夫はもうすでに死んでいたわ。身体中に剣で刺された後があって……。多分……苦しみながら死んだんだと……思う」
レイコは涙を流しながら言葉を紡ぐ。エレンはベッドから出てレイコの身体を抱きしめ、背中をさする。
「……辛かったのね。それで、子供の方は?」
「子供の方はね、まだ生きていたわ。でも……すぐに死んでしまったの。私の腕の中で死んだわ。苦しそうに『お母さん、痛い』ってかすれた声で言ってね……。お腹には剣で刺された後があったわ。その傷口から血が大量に出ていたわ」
レイコはそこで一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。ルビアはボロボロと涙を流して話を聞いていた。エレンは黙ってレイコを抱きしめながら背中をさする。
気持ちを落ち着かせたレイコが再び話を始める。
「それでね、夫はもうすでに死んでしまって大分時間が経ってしまったから無理だったんだけど、まだ子供の方は間に合うかもしれなかったから、私は魔法の禁術を使ったのよ」
その話を聞いたエレンは静かに口を開いた。
「その禁術って……もしかして反魂の術?」
「そうよ。死に行く魂をこの世界に縛り、魂を捉え続ける禁術。私はそれを死んだ子供に使ったわ」
「……どうなったの?」
「……成功したわ。それでね、見てもらいたいものがあるの」
レイコは抱きしめてくれているエレンに「もう大丈夫」と言い立ち上がる。
「こっちよ」
エレンとルビアはレイコに着いていく。エレンの体力もある程度回復してきたのでルビアとレイコに支えてもらわなくても平気だった。
レイコの後に続き地下に続く階段を下っていく。ひんやりとした冷たさが肌を撫でる。
地下を下りていくと厳重に守られている扉がエレンとルビアの目に入る。
レイコが詠唱し扉を守っている魔法を解除していく。さらに懐から沢山の鍵を取り出し解錠していった。魔法じゃなくても扉を壊すのはかなり骨が折れる程の分厚い扉だ。
レイコが扉を開け部屋の中に入る。エレンとルビアもレイコに続いた。
「ここは私の魔工房よ。こっちに来て」
レイコに言われた通り後に続くと魔法陣の中心に横たわっている少女の身体がエレンとルビアの目に入る。
エレンはレイコに聞いてみる。
「もしかしてこの子が……?」
「そうよ。私の子よ。陣の中には入らないでね」
ルビアが魔法陣に横たわっている少女を見て口を開いた。
「生きてる……?」
ルビアの言葉にエレンは少女の身体を見る。横たわっている少女の身体は呼吸しており、生きてる人間と同様に見える。だがレイコが首を横に振った。
「肉体は生きてる……というより、活動はしているわ。でも魂が入っていない空っぽの器よ。肉体には腐らないように保存の魔法を掛けてあるわ」
「まるで生きる屍ね」
「……そうね、エレンちゃん。二人共、あれを見て」
そう言うとレイコは指差した。レイコが指差した方を見ると、いくつもの魔法陣に囲まれた光輝く白いものがそこにあった。エレンはそれを天国で何度も見た事がある。
「あれがこの子の魂ね?」
「そうよ。でもね、魂を肉体に定着させる方法がどうしても見つからなかったのよ。色んな書物を読んでもそれだけはわからなかった。だから──神器を使おうと思ったの。でも、神器はクロエに盗まれてしまったわ。だから神器をクロエから取り戻さないと。……さて、エレンちゃん、ルビアちゃん。これが私の理由よ」
ルビアは悲しそうな表情で言った。
「レイコさんはそんな悲しい理由を背負っていたんですね……」
「そうね、ルビアちゃん。でも私は子供を生き返らせるわ。絶対に。諦めるって選択肢はないわ」
エレンはレイコの理由を考えてみる。
正直、レイコの話した内容はエレンにとっては衝撃だった。死んだ子供を生き返らせる為に神器を必要としていたのだ。確かに神器に宿る力なら子供一人を生き返らせる事は出来る。エレンは神器の事をよく知っている。
ルールとかそういう次元の話ではない。正直、エレンの物差しではレイコの理由に対しての答えは出てこない。例え殺されたとしても死は自然の摂理。その流れに逆らう事はしてはいけない。
だが死を受け入れる事が果たして正しい事なのだろうか?レイコの場合は神器さえあれば子供を生き返らせる条件が揃っているのだ。肉体に宿る魂、魂が宿る肉体。後は一度死んだ魂を肉体に定着させる方法だけなのだ。それも神器さえあれば解決する。
ならそれが実行可能なら実行するべきだ。三百年前、オマロに殺されたエレンの母親をもし生き返らせる事が出来たのであれば自分は間違いなく実行しただろう。
だからレイコの気持ちはわかるのだ。未来を奪われた子供を救えるのなら、救うべきだ。
「私は生き返らせるべきだと思う。例え何をしてでも。でもレイコ、これだけは私からのお願いよ。その願い事をクラディウスに叶えて貰おうなんて思ったら絶対に駄目よ。あいつが死んだ魂をこの世界に縛り続けるなんて禁忌を犯した人間を絶対に許すはずがないわ。だからそれ以外の方法で生き返らせる事。わかった?」
「わかったわ、エレンちゃん。……やっぱりエレンちゃんって──」
「後でちゃんと話すわ。レイコ、あなたの理由を教えてくれてありがとう。そろそろ上に戻りましょう。上に戻ったらルビアの話を聞かせて頂戴」
「わかりました」
そう答えたルビアの表情は暗い。果たしてこの元気印の天然少女は一体何を抱えているのだろうか。
エレン達は地下室を出てレイコの寝室に戻る。