第一話 天使になった少女
試験的な作品です。
「おめでとう。この天国塔の最上階までたどり着いたのはそなたが初めてだ。名をなんという?」
神──クラディウスに名前を聞かれて銀髪紫眼の少女は自分の名を名乗る。
「私の名前はエレンといいます。叶えたい願いがあるから、ここまで来ました」
クラディウスは頷きエレンに質問をする。
「そなたの願いはなんだ?」
「私は……天使になりたいです」
「それはなぜだ?人間が天使になりたいなどと普通は思わないだろう?」
神の問い掛けにエレンは恥ずかしそうに答える。
「実は私が子供の頃、空を飛んでいる天使を偶然見ました。それはとても綺麗で輝いていました。そんな綺麗な天使に私は憧れて……天使になりたいと心から思いました」
「ふむ。なるほどな。天使を見たとは、また貴重な経験をしたのだな。天国塔の最上階まで辿り着いた者のどんな願いでも一つだけ叶えると地上の人々に伝えたのはこの私だからな。一番最初に最上階に辿り着いた者の願いがまさか天使になりたいときたものだから、少々驚いてしまってな」
「あの……クラディウス様。お聞きしたい事があります」
「ふむ。質問を許可する」
エレンは先ほどから思っている疑問を口にする。
「どうしてクラディウス様は少年の姿なのでしょうか?」
エレンの疑問にクラディウスは微笑んだ。
「それは少年の姿なら、そなたが話しやすいだろうと思ってな」
「クラディウス様、お心遣い感謝致します」
エレンはクラディウスに深く頭を下げた。クラディウスの姿は十代前半の少年の姿をしている。瞳の色は黒くて、肌の色は白く、髪は黒くて短く切り揃えられており、とても親しみやすい外見だった。服装は白いローブのようなものを着ている。少年の姿をしているが、圧倒的なプレッシャーと神の威厳をエレンは全身で感じていた。もし、剣で斬りかかったとしても一瞬で殺されてしまうだろう。殺意を向けられたら、それだけで動けなくなりそうだ。それ程までに絶対的な存在が神というものだ。
「顔を上げよ。願いを叶える前にそなたに聞きたい事がある」
クラディウスの言葉にエレンは顔を上げた。
「そなた、天使になるという事は人間を辞めるという事だが、構わないのか?」
「構いません」
「天使になれば、天国で人間界を守護する存在になるが良いのか?それに、二度と人間には戻れなくなるが、それでも構わないのか?」
「はい。私は人間を守護する存在になりたいんです。人間のままだと限界があります。それは、きっと人間を辞めないと叶えられない望みなんだと思います」
「そうか。エレン、そなたの覚悟は相当なもののようだな。良かろう、そなたの願いを叶えよう」
クラディウスは詠唱を始める。魔法陣がエレンを中心にして広がり、白く眩い光がエレンの全身を包み込んだ。エレンは天国塔の最上階に辿り着くまでの事を振り返ってみる。天国塔の道中にある多数の試練を乗り越え、最上階まで辿り着いた。自分以外にも天国塔に挑戦した人間はたくさんいた。しかし、挑戦した人間のほとんどは天国塔の道中にある試練で死んでしまった。中には精神がやられてしまい狂人となってしまった人間もたくさんいる。
全ての試練を乗り越え、天国塔の最上階にたどり着いたのはエレンだけだった。途中で天国塔に挑戦するのを止めた人間もたくさんいる。天国塔に挑戦するのを止めた人間は、神であるクラディウスに願いを叶えて貰う事もないが天国塔の試練で死ぬ事もない。死ななければまだ幸せになれるかもしれないのだから。
クラディウスの詠唱が終わり、エレンの全身を包み込んでいた白い光が消えていき魔法陣も消える。
「エレンよ。そなたはもう人間ではなくなった。願いは叶えたぞ」
エレンは自分の身体を確認する。身体が軽くなったのがわかる。背中に神経を集中させると、服を破り翼が飛び出た。
自分の背中から生えた翼を顔を動かし見る。翼は白く輝いており、とても綺麗だ。
「飛んではみないのか?」
クラディウスにそう言われ、エレンは翼を動かしてみるが上手に出来ない。
「エレンよ。翼だけを動かそうとするのではなく、背中の筋肉から動かすようにするのだ」
クラディウスからアドバイスを貰い、背中の筋肉を動かすように神経を集中させる。エレンは宙に浮き、喜びの声をあげた。
「凄い!飛んでる!クラディウス様、ありがとうございます!」
クラディウスは微笑みながらエレンを見ていた。エレンは部屋の中を飛び回ってみる。天国塔は塔自体が円柱の形の為、どの部屋も円形で出来ている。
しばらく飛び回り、慣れて来たので、エレンは飛ぶのを止めてクラディウスの前に降り立った。
「エレンよ、もう良いのか?」
「はい。クラディウス様。本当にありがとうございます!」
エレンはクラディウスにまた頭を深く下げた。クラディウスは苦笑する。
「喜んで貰えて何よりだ……さて、エレンよ。こらから天国に行くのだが、人間界との別れは寂しくないのか?」
「……クラディウス様。私は人間が好きですし、護りたいと思っておりますが、寂しくはありません。これからの人間の歴史を私は見守りたいと思います」
「そうか。天使エレンよ。そなたを歓迎する」
クラディウスの後ろにある大きな扉が開いた。その扉は天国に続く扉だ。
「さあ、共に行こう、エレン。私達の天国に」
◆
“天国”を目の当たりにしたエレンはその光景に目を奪われた。
きっと人間の言葉で表すのであれば、“青い空と海”が一番近いだろうか。だが、それはとても“青い空と海”の一言では表現しきれない光景だった。
まず、空と海──のように見えるが、空と地面との境目がない。青い海のように見えるが水ではない。空のように見えるが、果たしてそれが空なのかはわからない。“天空の鏡”とでも表現すれば良いのだろうか。
エレンが頭を悩ませているとクラディウスが声を掛けてくる。
「驚いたかね?ここが天国だ」
「……ええ。凄く驚きました。想像を絶する美しさに目を奪われます。なんて綺麗な場所なのでしょう」
エレンは辺りを見回すと、遠くの方に真っ白な建造物を見つける。
「クラディウス様、あの白い建造物はなんでしょうか?」
「あれは天空城。あそこに全ての天使がいる。エレンよ、そなたも今日からあそこで生活をするのだ。……どうやらそなたはまだこの景色を楽しみたいようだから、私は先に天空城に帰っておるぞ」
クラディウスは詠唱すると、魔法陣を展開させ転移の魔法を発動させる。クラディウスの姿が光と共に消え、エレンは一人になった。
エレンは翼を広げ、飛び立つ。どこを見回しても美しい光景が広がっている。空中を飛びながらぼーっとエレンは考えていた。エレンは神であるクラディウスに嘘を吐いたのだ。
人間を守護するなど、本当はどうでもいい。人間のこれからの歴史なんてあまり興味も無い。人間が嫌だから、人間を辞めたのだ。天国塔の道中で死んでいった人間に対しても特に思う所は何も無いし、それは自己責任だと思う。人間は裏切るし、ルールを破る。例えば人を殺してはいけないのに、人間は他人を殺す。ルールを破るのはエレンにとっては一番許せない事だ。
人間とは友達になどなれなかったが、天使となら友達になれそうな気がする。
天使になりたかった本当の理由は、子供の頃に見た天使に会いたいのと、友達が欲しかったからだ。
飛び回るのも飽きてきたので、エレンは天空城に向かう事にした。
◆
「ようこそ!天使エレン!我々の新たなる仲間よ!」
天空城の扉を開けると、エレンはたくさんの天使に歓迎された。エレンは天使達を見回す。天使の容貌は全員美しい人間の女性の姿をしている。天使達の服装は皆、クラディウスと同じような白いローブのようなものを着ていた。
なぜ全員女性の姿をしているのに、神であるクラディウスは少年の姿をしているのだろうか。もしかしたら神クラディウスは女好きのただの変態ではないのだろうかと思ってしまう。
次に天空城内を見回す。床は人間界でいう大理石のようなもので出来ていた。所々たまに光っている。壁は真っ白だが、こちらもたまに光っている。黄金の階段も目に入るが、天空城内は派手すぎて目移りしてしまう。上を見ると人間界でいうシャンデリアのような豪華なものがぶら下がっている。シャンデリアのようなものの周りには白い球体がいくつか浮かんでおり、時々光っている。
目が疲れてきたのでエレンは天空城内がなぜこんなに派手なのかは考えないようにした。きっとこれもクラディウスの趣味なのだろう。特に興味はないが、そのうち慣れるだろう。
「皆様、はじめまして。私はエレンといいます。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
エレンが天使達に頭を下げ挨拶をすると、クラディウスが威厳に満ちた声で天使達に告げた。
「皆の者!エレンは、天国塔を登りきった唯一の元人間だ!彼女自身の願いで、私が天使にしたのだ!敬意を持って彼女に接するように!」
「わかりました!クラディウス様!さあ、エレン。こちらに宴の準備をしております。今日はあなたという新たな仲間に出会えた記念すべき日。みんな新しい仲間が出来たので喜んでいるのですよ」
「
ありがとうございます。今日からよろしくお願いします!」
エレンは天使達に囲まれて宴が準備してある場所まで案内される中、考える。果たしてこの中に自分と友達になってくれる天使はいるのだろうか。そもそも天使にも友達という概念は存在するのだろうか。後で聞いてみようとエレンは心に留めておく。
宴が準備してある場所まで天使達に連れてこられたエレン。天使の一人が声を喜びの声をあげる。
「今日はご馳走だ!さあエレン、お腹いっぱい食べよう!」
エレンは天使達が一体何を食べるのか興味が出てきた。
「あの、天使は一体何を食べるんですか?」
「それはね、この壺に入っているわ」
天使の一人が黄金に輝く大きな壺を持ってくる。天使達に囲まれる中、エレンは壺の中身を覗いてみる。中は露が乾いたあとに残る薄い鱗、もしくは霜のような外見のよくわからない何かの実のような白いものがたくさん入っていた。これが天使の食べ物なのだろうか。
「あの、これは?」
「それはね、“マナ”よ。この天空城にあるエデンの園の実よ」
城の中にエデンの園というものがあるらしい。庭園みたいなものだろうか。どうやらこのマナとやらがご馳走のようだ。
「一つ手に取ってみて」
天使の一人に言われたのでエレンは壺の中に手を入れマナを一つ取る。感触はブニブニと柔らかい。正直気持ち悪い。これを口に入れなければならないのだろうか。エレンは心底嫌そうな顔をする。
先程エレンにマナの一つを手にとってと言った天使が笑いながらエレンに教える。
「そんなに嫌そうな顔をしないで。それをそのまま食べる訳ではないわ。エレン、あなたの想像する美味しい食べ物を想像するのよ」
天使の一人が虹色に輝く食器を差し出してきたので、エレンは食器の上にマナを乗せ念じてみる。自分が今まで食べて美味しかった食べ物を想像してみる。
今まで食べた中で一番美味しかったのは、天国塔の道中にいた翼の生えた四つ足の獣の肉だった。おそらく、聖獣だろう。その生き物は人間界でいうとライオンに形は近いが、体色は赤く、頭部は前方に飛び出ており頭部のほとんどが口だ。目は無く、聴覚で周りの状況を判断している。燃え盛る太陽の如き灼熱の炎を常に身に纏っている。
腹が減っていたエレンは聖獣を殺し、魔法で聖獣が纏っていた炎を消して、皮を剥いで肉を魔法で焼いて食べた。それはとても美味で、今まで食べたどの肉よりも格段に美味かった。それに、天国塔を登っている最中は食料に困っていたのでちょうど良かった。なにせ、天国塔に入る際に食料を三日分ほど持っていったが、三日分では足りなかったのだ。天国塔を半分ほど登った所で食料がなくなり、とりあえず先に進んだ所で唐突に思いつき、聖獣を食べてみようと思い実行してみたのだ。ただ、焼いた肉の色が少し白っぽいのを除けば、文句なしの一品だ。
食器の上のマナが光り輝き、形を変化させ、焼かれた聖獣の肉の塊が姿を現す。エレンの口から思わず涎が出そうになる。
顔をあげて天使達を見回すと、エレンが何の食べ物を想像するのか興味深々で見ていた天使達は眉をひそめている。美人の顔が台無しだなぁ、とエレンは天使達を見回す。
「エレン、この肉は何?」
「天国塔で登る道中にいた、炎を纏っていた聖獣の肉ですよ。少し白っぽいのが気になりますが、とても美味しいんですよ」
エレンのその言葉を聞いた天使達は、引いていた。てっきり天使の中では聖獣の肉を食べるのは当たり前だと思っていたのだが。
「そ、そう。ま、まあ何の食べ物が好きかなんてそれぞれだからね。うん、聖獣の肉。いいんじゃないかしら」
そう言った天使の目は完全に泳いでいた。口に聖獣の肉を突っ込んでやりたくなるが我慢する。
天使達は壺の中からマナを取り出し、食器の上に乗せ、思い思いに念じている。どの天使の食器の上にのる食べ物は、どれもエレンの見た事のない食べ物だった。
宴が始まる中、エレンは思う。どうやら友達を作るのはまだまだ難しいようだ。