チャプター25
~シュラーフェンの森 ヘレンの家~
「ありゃ、どう考えても普通じゃない。説明してもらおうか」
「えーと、やっぱ、言わなきゃだめ、ですか?」
つい体と声がこわばってしまう。きっと、表情も固くなっているのだろう。そんなことを思いながらしどろもどろの受け答えを返す。
ヘレンはあまり立ち入ったことは聞いてこないものと思っていたが、ここへきて踏み込んできた。おそらく、なんらかの立ち入った事情がある、ということよりも、「普通の人なら一口で昏倒するような毒キノコを平然と食べた」ということの衝撃が勝ったのだろう。毒性のほどやキノコとしての生食の味わいも気になったためその場で一口齧ってしまったが、迂闊だった。そんなことをすれば、不審がられるのも当然だ。
先ほどはフォルクローレを助けることを優先させたので追求を後回しにすることができたが、ひとまず安心できるところまで回復した今、もうその追求から逃れることはできない。
「何台、そんなに言いたくない事情でもあるってのかい」
「ええ、まぁ……」
詳細はつい言い淀んでしまう。だが、話したところで怖がられるよりも先に信じてもらえないのではないか、と言う予想が湧き上がった。それならば、いっそ正直に話してしまった方が楽なのではないだろうか。
「言いたくないってんなら無理に聞き出そうってわけでもないけどね、アタシが柄にもなくどうしても気になっちまうんだ、それだけのことをあの時、あそこで、やってのけたんだよ。あれかい? よく身分の高いヤツは小さい頃から少しずつ毒を飲んで暗殺に備えるって言うけど、そういうやつかね。そんな身分の娘が、王都で飯屋をやってるってのは不自然だけどね」
「安心してください。そんな大層な身分じゃないですよ。て、安心してって言うのも変ですけどね。でも、そうですね。お世話になってますし、正直に言います。今からいうこと、ものすごく荒唐無稽だと思うんですけど、とりあえず最後まで聞いてください。信じられなくても」
わざわざこんなもったいつけた言い方をすることに、正直ヘレンは戸惑った。何か聞かれたくない事情でもあったのだろうとは察したのだが、こんな言い方をする以上、まるで今から御伽話でも始めるのではないかとすら思える。もちろん、御伽話を聞かされたところで、それを”毒キノコを食べても平気だった理由”として紹介されても確かに信じられるものではないのだが。
「そこまで言うってのは、何かあるんだろ? 信じる信じないはともかく、聞いてやろうじゃないか。ほら、言ってごらん。なんであの毒キノコが平気だったのか」
「はい。じゃあ、言いますね」
そこまで言うと言葉を切り、ベッドから離れてテーブルに座った。なんとなく、ヘレンの近くで話した方がいいだろうと思ったからだ。それに、話し声でフォルクローレを起こしてしまっても悪い。とにかく、できるだけ内緒話のような空気感で伝えたいと思ったのだ。
「狭い家だ、わざわざ近くまで来なくても、十分聞こえてるけどね」
「いいえ、そう言うんじゃないんです。本当なら、誰にも聞かせたくないような話なので」
それでも伝える気になったのは、ヘレンの反応が気になったから、という理由が大きかった。笑い飛ばすだろうか、初めから信じないで別の理由を隠していると疑うだろうか。それとも、信じてくれるだろうか。そう言うことを考えると、意外なほど嫌ではない自分がいることに気づいたのである。
「やれやれ、大袈裟なことだね。でも、この数日でお前のことも多少はわかったつもりだからね、こんな風に言うってことの意味だけは、汲み取ってやれるつもりさ。で、なんなんだい?」
「はい。実は……私は……人間じゃ……ないんです……」
絞り出すように、小さく告白した。変な目で見られるかもしれないという悲痛な覚悟を秘めて、それでも、いつもの元気はどこへやら、この時ばかりは、声も仕草も、全てが小さくなる。
「なんだって? 馬鹿いうんじゃないよ。お前さんが人間じゃないって? どこからどう見ても人間そのものじゃないか。いくらなんでも老人を揶揄うんじゃないよ。なんだってわざわざそんな冗談を……言ってるような顔じゃないね。その目も、真剣だ。どういうのことなのか、説明してもらおうか」
「ありがとう……ございます。ヘレンさんは、魔王が復活していることや、王都も一度攻められたことを、知っていますか?」
どこからどう切り出そう。いきなり「私はドラゴンです」などと言ったところで、飛躍しぎている。短い時間でぐるぐると考えすぎた結果、出てきたのが最近の社会情勢の話だった。
「なんだい唐突に。それがお前さんが人間じゃないっていう話とどう繋がるんだい? まあ、おとなしく聞こうじゃないか。魔王の復活に、王都の侵攻、確かにいつもくる行商人に聞いたね。でも、アンタたちも怪我をした様子はないし、大きな被害は出なかったんだろう?」
「はい。それなりに怪我人は出ましたし、建物も北側は結構損壊しましたけど、死人が出た話は聞きませんでしたし、私の住む南側の被害は少しで済みました。じゃあ、王都を守る戦いで、巨大なドラゴンが現れたっていう話は、聞きませんでしたか?」
ここで、ようやく本題を切り出す。情報源が行商人ということであれば、そこまで聞いている可能性もあるだろう。王都が拠点なのだとしたら当然話は耳にするだろうし、別の街が拠点なのだとしても、魔族の侵攻の話題を仕入れているのであれば、センセーショナルな話題がセットになっている可能性は高い。ドラゴンが現れて街を救う最後の一手を加えてくれたとあっては、話のタネとしてはバッチリだろう。
「ドラゴン? あぁ、そんなようなことも言ってたかもね。けど悪いね、あたしゃそういう話はあんまり信じないタチなのさ。実際にこの目で見たわけでもないしね」
「まぁ、そうですよね。でも、そのドラゴンが私だって言ったら、どうします?」
世間からすれば荒唐無稽な話をすることのリスクを考えて、少し悲しげなトーンで質問を投げかけていた。秘中の秘と言ってもいい情報を打ち明けられているだけでも大躍進ではあったが、それでも普通は信じてもらえないか怖がられるかのどちらかしかないと考えているので、どうしても全身がこわばってしまう。
「あの時、最後に街を救ったドラゴンは、私なんです」
「嘘を言ってるように見えないのはアタシも認めるよ。けど、今のアンタはどう見たって人間じゃないか。どういうことなんだい。突拍子もない話だって自覚はあるようだけど、アタシが信じるだけの証拠はあるのかい? あの毒キノコが平気だったっていう以外に、何か証拠を見せとくれ」
「証拠、ですか。でも、そうですよね。口で言うだけならなんとでも言えますもんね。ちょっと待ってください。何か証拠を示すものがないか、考えますから。そうだ、考えてる間に、私が持ってきたフライパンを少し触ってもらっていいですか?」
何を言っているのかわからないが、首を傾げながらもヘレンはキッチンに立った。キッチンには、エルリッヒが持ち込んだいつものフライパンが置きっぱなしになっている。料理担当ということで愛用の品を使う形になっており、ヘレンもエルリッヒに対してはプロに対する敬意として、フライパンには触らないでいた。
「なんだってこんなもんを。ただ、この話の中でそんなこと言うんだ、何か意味があるんだろう? どれ、アタシも年老いたとはいえフライパンを持つくらいの筋力はあるつもりだよっ!! ん、なんだいこれ! びくともしないじゃないか!!」
予想外の出来事に、ヘレンが目を丸くしている。いつもエルリッヒが軽々と振るっているフライパンなのは間違いないが、何をしてもぴくりとも動かない。証拠を示す一環で行った話だということなので、そういう意味があるのだろうとは思っていたが、これは予想外の方向だった。
「これが、証拠です。本当は元の姿に戻って見せられればいいんですけど、それはできるだけしたくないので……。色々と説明しますね?」
椅子からゆっくりと立ち上がると、いまだにフライパンを握ったままのヘレンの隣に立った。
〜つづく〜




