5 聖女になると決めた日・前
「お姉ちゃん、お腹空いたね……」
寒さで震える一つ下の妹が、お腹が空きすぎて思わずつぶやく。
消えかけの暖炉の前で妹と二人、毛布に包まっていた。
「……うん。暖炉に入れてたお芋がそろそろ火が通る頃だから、みんなで分けて食べようね」
その年は、ここ数年続く干ばつや気候変動に加えて魔物の進行が相次いだ。地方の騎士団や傭兵団に支払う出費が嵩み、国から補助金も多少は出るが足りず、小さな領地はあっという間に困窮していった。
そのため質素倹約を信条とするこの領土内でも備蓄品は底をつき、この冬は大量の餓死者や凍死者を出す可能性が高くなり危機感で焦る毎日だった。
ここは元より貧乏な男爵領で、誰も欲しがらない様な領地だ。
辺境伯の治める辺境の地と、豊かな侯爵領の間にあって、気候も厳しく豊かな実りも無い上に、魔物の進行も頻回にみられる……陸の孤島の様な領地だった。
それをこの誠実な男爵家がまさに貧乏くじを引かされた様な形で治めていた。
たとえこの冬が越せなくても領民達は誠実な男爵家に感謝こそすれ、誰も恨んでなんかいなかった。
この男爵でなければ、もっと早くに潰れてしまっていただろう。
かなりの年数をギリギリとはいえ、安定した治世で治めた手腕を国は無視できなかった。
このままこの男爵家が潰れ、この土地が荒れてしまえば辺境領は内からも外からも魔物の進行を受けることとなり国があれる。
いや……荒れるだけならまだしも、万が一突破されるような事があれば国が滅びる可能性も否定出来ないだろう。
かといって、この土地を欲しがる者もおらず、王領にするにも王都から遠い上に管理が困難過ぎるのが目にみえている。
そこで国は、このまま男爵に維持して貰うのが一番よかろうと結論づけたのだ。
そのため今回は無利子での貸付と食料援助、聖女と王立騎士団を一定期間貸し出す決定をくだした。
まさに首の皮一枚で、また男爵家は生きながらえた。
しかし無利子とはいえ貸付金への返済は必要である。だが人のいい男爵はこれで領民の命が助かると、国へ援助を求めると決めた。
秋も深まる直前の事だった。
冬に入るとすぐに、国からの支援物資と騎士団が到着した。
領民は期待に目を輝かせ、広場に集つまった王立騎士団に注目している。かくいう私も広場に見学にきた一人である。
先頭に立つ隊長様は銀色に輝く鎧と立派な剣を携えて号令を出していた。
さすがは王都で働く騎士様だ。みんな綺麗で、なんかかっちりしている。
領主である父は、男爵として隊長様と聖女様に挨拶をしているみたいだ。
騎士団は魔物の討伐と聖女様の護衛をするために来てくれたらしい、と町中の人達が話していた。
本来ならば、聖女様や隊長様なんかを我が男爵家で饗したいが……いかんせん貧乏男爵家では寒さすら凌げない可能性が高く、下見に訪れた教会の人によって却下された。どうやら、聖女様の寝所は教会になったみたい。
すきま風入る屋敷で申し訳ない。
それにしても、白衣の聖女様を見るのは初めてだ。いや、白衣に限らず聖女様を初めてみた。
聖女様は、優しそうな高齢の女性だった。シワシワなお顔で笑うと、目元がさらにシワシワになる。可愛いおばあちゃんだった。
「救護所のテントはこちらに──」
「おおい! 食料品の搬入はこっちだ──」
テキパキと仕事をしてくれる騎士団と聖女様の一団によって、騎士達の仮設テントはあっという間に完成した。
そして滞在してすぐに活動を始めてくれたため、魔物は著しく数を減らし、領民の傷を癒し──確かな復興を遂げていった。
ひと月が経つ頃には明らかに魔物が減り、凍死者も餓死者もでなかった。
こんな冬は初めてかもしれない。
魔物の討伐がおおよそ完了すると一部の騎士を残して、騎士団は王都に戻っていった。これで数年は魔物の進行がないだろう。
一部残った騎士様は、聖女様の護衛だ。高齢の聖女様は冬の移動が厳しいとのことで、春までここにいてくださるそ事になった。
ここにいる間は領民達の治癒もしてくれるとの事で、本当に優しい方だった。
「聖女様! いつもありがとうございます」
この日は朝からお日様が昇っていて、冷たい冬の教会を少しだけ温めてくれていた。朝日がキラキラしている教会は、いつも以上に神秘的で好きだ。
私は父にくっついて聖女様に挨拶をしている時だった。
「ええ。皆さんに女神の加護がありますように……あら?」
そう言って私の顔を見た聖女様は、真剣なお顔で私を見続けた。
何かついていたのだろうか。おかしいな? 朝、ちゃんと顔を洗ったんだけどな?
不思議に思い首をかしげるが……隣で父も困惑しているのがわかる。
「あなた……お名前は? 年は?」
かなりの時間考え込んでいる様にも感じられたが、なんてことなく話続ける。
「私は、男爵家が長女リディアと申します。五歳です」
上手に挨拶が出来てよかった。
なんて思っていたら、聖女様とお父様は真剣なお顔で話始めてしまった。




