4 王都で
「じゃあ〜ここで……そんでもって、こうなって……後は?」
「……後は……そうね。倒れた時に見た夢だと、アリア様の代わりに辺境へ行った気がするわ。でも…………なんか、行っちゃダメって……そう、思ったのよね」
「じゃあ、辺境はパスね!」
リンは笑顔でスッパリと言い切る。
「そんな、簡単に……」
「いいに決まってんじゃん! だって、今までスピカが、みんな地方の仕事押し付けられてんじゃん。一回くらい断ったって大丈夫だよ!」
「……そう、なのかな」
私以外に、辺境の地に行ってくれる聖女候補がいるだろうか。
「そうだよ! しかも、アリア様に回すくらいだもん。簡単でおいしい仕事に違いないよ! きっとすぐに他の人に振られると思うし!」
確かに、力強く訴えるリンを見ていたらそうかもしれないと思えて来た。
「そうよね。今回は……打診されたら、行かないって言ってみる」
「うん! しかも、今回の王都の仕事……あそこだよ! って言ったらすぐに撤回するんじゃない? ヒヒヒ、わざと言ってこよっかな」
キヒヒヒと笑うリンにつられて、私も笑う。
「そうよね、あそこの仕事を、アリア様が代わりに引き受けてくれるとは思わないもんね。リンありがと」
「へへへ〜役に立った? やったね〜じゃ! 明日のためにも、もう寝よ〜」
「うん」
夢の話だけど、夢の中みたいに私が辺境に行ってしまった後、あそこの仕事は誰か行ってくれたのだろうか……。
夢やデジャヴは気になるけれど、時間は止まってくれない。
仕事、しなくちゃね。
上手くまとまらない気持ちも、リンのおかげで少し軽くなった。
私は明日に向けて眠くはない目を閉じて、身体を休める事に集中したのだった。
結局翌日は朝一番に顔を合わせたリンに「顔色が悪い」「倒れたばかりなんだだから」と、ベッドに戻され一日休むことになった。
本当は……夜中まで「もしかして」と考えすぎてしまい、寝不足だったせいじゃない? 寝不足なら大丈夫よ、とそう言えばリンにさらに怒られた。
「スピカは働きすぎなんだから、寝不足だろうがなんだろうが、倒れた時くらい寝とけっ! 死にそうな顔色だよ!」
そういうことらしい。
……えっと、ごめんね?
今日やっとリンと護衛騎士を連れて、王都のはずれにある貧民街の教会に来ていた。ここで癒しの魔法を使う仕事だ。
この仕事のために私は今、王都に戻って来ていた。
アリア様はこの仕事だと知らなかっただろうし、知っていたら代わるとは言わないだろう。
実際、昨日一日休んでいた間に、辺境への遠征について確認が来ていたらしい。
その際にリンが「アリア様が、スピカ様の貧民街の仕事と代われるんですかぁ?」と神官様の前で確認すると、アリア様はあっという間に姿を消したってリンが爆笑していた。
おいて行かれた神官様が、ポカンとした表情で一人残されていて、いたたまれなかったと聞いて私も呆れてしまう。
そんな事をしていたら、アリア様に良いお話を持って来てくれる神官様はいなくなっちゃうのに。いいのかしら?
聖女や聖女候補の仕事と言っても、全てを強制的に働かされるという訳ではない。
だからどんなに需要があっても、こちら側にも仕事を断る権利がちゃんとある。
そのため、こういった貧民街のお仕事は断られる事が多く、長い間放置されてしまう事も多い。ここに来たがる聖女候補が少ないからだ。
まぁ、普通に怖いもんね。
来たら、そんな事ないってわかるんだけど……ね。貧民街の人達だって、聖女が来なくなるのは困るんだもの。
こちらに何かする事は少ないはずだし、むしろみんなが助けてくれる。
教会内の床には、五人程だろうか無造作にシーツに包まれて寝転がる患者達がいた。
シスターに確認して、一番重症な人から順番に治療をしていく。
一通り治療が終わった頃に、奥からここの教会に身を寄せている子供達が数人近よってきた。
「スピカ様もう治療終わった?」
「もうボク達と遊んでくれる?」
「ええ。でも先に中庭でおやつにしようね。今日はパンとチーズも持って来たわ」
やったーと小さな歓声をあげて、一緒に中庭に移動する。
彼らは近くの孤児院に保護されている子供達だ。もちろん必要最低限の食事は与えられている様だが、総じて皆痩せていて年齢よりも身体が小さい。だからここに寄る時は、必ず食事を持って来るようにしていた。
焼け石に水だと、分かっているが私に出来る事はしたい。
「スピカ様いつもありがとう」
嬉しそうにパンをかじりながら言うのは、まだ五つにもならない一番小さな男の子だ。
この子はロイと言って、貧民街の教会の前に生まれてすぐに捨てられていた。だから、昔からずっと知っている子だった。
小さなロイは意地悪な子に食事を奪われる事も多く、いつもお腹を空かせていた。
「たまにしか来られないけど、今日はたくさん食べてね」
うん。と嬉しそうに笑うロイは、私の下の弟に雰囲気がよく似ている。
もう何年も会っていないから、別れたあの時のままの姿の方が印象に残っている……私の家族。
数年前に会った弟は、悲しい顔をして遠くから私を見るだけだった。
もしかしなくても、聖女となった私に近寄り難いのかもしれない。弟にしたら、姉だという他人にみえるのかもなぁ……ただ、その容姿はとても父や兄に似ていて、私にはとても可愛い弟に感じた。
「スピカ様?」
ロイが不安げに私の袖をつまむ。優しいこの子は、周囲の感情の変化に敏い。
「ごめんね。大丈夫だよ……」
弟もそうだが家族とも何年も会ってない……だから、私の事はもう家族とは思えないかもなぁ。
むしろ兄弟達も小さかったし、私の事なんてあまり覚えて無いかもしれないな。
なんだか無性に悲しくなった。
でも領地にはお金が必要だったのだ。
私が聖女候補として教会にあがるだけで大金が貰えた。それに王都の騎士団によって魔物がかなり減ったので、まだ数年は大丈夫だろう。
後は私が働いた分の給金がでて、仕送りもできる。
幼かった最初の数年は、寂しくて泣いた日も多かったけれど、聖女になって私達の様に苦しんでいる人達の力になりたい。そう思ったのも事実で……。
そんな事を考えていると、ロイが頭をグリグリと私の手にこすりつけてくる。
撫でろという事らしい。
前に「ロイの頭を撫でると癒されるわ」と言った事を覚えているらしく、私が悲しそうな顔をすると優しいこの子は、この仕草をしてくれるのだ
あの子ともこうやって、触れ合えるのだろうか。
「ロイ、ありがとう。とっても癒されたわ」
「スピカ様癒された? もうだいじょううぶ?」
「うん。とっても元気が出たみたい」
ロイは嬉しそうににこーっと笑ってまたパンをかじる。
「ロイに祝福がありますように」
そうっと小さな祝福を送れば、ロイがまた眩しいほどに笑った。
ロイの笑顔を見て……私はあの時、私達を救ってくれた聖女様に少しでも近づけただろうかと、思いを馳せた。




