2 聖女とデジャブ
今日も遊びに来てくださりありがとうございます!
聖堂の鐘の音が大きく鳴り響いて、街中にお昼を告げた。
リーンゴン、リーンゴンと鳴り響くその厳かな音は毎日変わらず、朝や昼そして夕方を王都に教えてくれる。
イタズラな風が、近くの看板やお店に並んでいる商品を巻き上げながら通り過ぎていった。
この辺りでは、春先にこんな強い風がよく吹きつける。
巻き上げられた看板が、大きく揺れたせいでギィギィと音を立てて揺れていた。
「あ……また」
ここのところ毎日の様に感じる、この感覚。
前にこれと同じ……こんな風に吹かれた気がする。これは夢でみた景色なの?
ううん。前に同じ体験した気がする。あいまいな感覚で断言出来ないから、そう感じる……というのかな?
前に同じ経験した事があるような気がするというのは、私と同期の聖女候補の子が言うところの既視感というモノらしい。
ぼんやりと揺れる看板を見ていると、聖堂に真っ白な鳥達がクルクルと旋回しながら舞い戻って来ていた。
頭の真上にある眩しい太陽の光を手で遮りながら、私は聖堂の鐘を見上げた。
もうお昼か……逆の手に持っていた薬籠を抱え直し私は前を向いた。
近くのパン屋さんから、焼き立てのパンの良い匂いがする。匂いにつられてお腹がくぅと、小さくなる。
一度お昼ごはんをとりに教会に戻ろうとしたところで、つむじ風がふわっと私のスカートを巻き込んで通り過ぎていった。
「あ……これも……」
この感覚を初めて感じた頃は、月に一度あるかないか程度だったのに、最近は毎日どころか一日に何度も感じる様になった。
さすがにこんなに頻回なのは、おかしいと思う。
そしてそれと同時に、この胸を締めつける様な焦燥感と、何かを忘れている感覚が私を支配する。
早く早く、思い出せ思い出せと、何かに急き立てられているかの様なこの感じ……。
皆もデジャヴというこの感覚があると言うけれど、こんなに頻繁に起こる事があるものなの?
最近は特に回数が多くなってきた気がするのと……時折、脳裏を掠めるあの夢の残像がどうしても気になってしまう。
ふぅと息を一つついて、風に巻き上げられたスカートと髪をなおしてから、揺れる教会の鐘を再び眺めた。
考えても分からない事はしょうがない。諦めて一歩踏み出した所で、大地が大きく揺れた。
大地が揺れるなんて珍しい……『そうか、そろそろ神託の聖女のお告げがある頃だわ』そう思った所でふと違和感に気づいた。
そろそろ? 神託の聖女? どういう事?
何故私は神託があると知っているの? 「神託」も「神託の聖女」も特別なのに。
どんなに考えてみてもわからないので、また一つ息をついて教会に向かって歩き出した。
空は雲一つなく快晴だ。
魔の者が復活しそうな雰囲気など一つも無いのに……どうしてこんなに胸がざわざわするのだろうか。
教会に着くと、昼休憩に戻ってきた聖女候補達が食堂に集まっていた。
「あら、そこにいるのはスピカさんではなくて?」
私の姿を見つけると直ぐに、アリア様が親衛隊を引き連れてやってきた。
「珍しく王都に長くいらっしゃるのねぇ?」
「……はい。今回は王都の教会からの依頼で……」
「そうなの。じゃあちょうど昨日ね、辺境伯からの依頼があったんだけど……スピカさんがいらっしゃるならソレ、お願い、出来るわよね」
アリア様はちょうどよかったと、両手を胸の前でパンと合わせて笑う。
私の答えを敢えて遮る様に話し続けるのは、いつもの事だ。
私の返事なんて聞くつもりもないし、自分の言いたい事だけを言っていくのも相変わらずだった。
王都近くに領地がある伯爵家出身のアリア様は、辺境の地に赴くのが嫌なのだろう。
「それに王都の仕事でしたら、私達がその依頼を代わって差し上げるわ。だって私達には、他の予定もたくさんありますでしょ? あまり遠くには行けなので困っていたのよ? 聖女候補の中でも、スピカさんは白衣の聖女候補ですものねぇ」
「……こればかりは、神官様達と相談してからになりますが……」
「ええ、ええ。わかっておりましてよ? うふふ、よろしくお願いしますわ」
やっぱり言いたい事だけを言って、アリア様とその親衛隊は去って行く。
聖女候補は、本当に聖女として働く者と聖女候補として箔をつけて高位貴族に見初められたい者の大きくは二種類に分かれる。
アリア様はもちろん後者だ。
そのため、地方には絶対に行きたがらない。
そこそこ裕福な伯爵家らしく、王都の高位貴族を狙って社交に忙しいらしい。辺境伯は高位貴族だから、たぶん他の神官様が気をきかせてアリア様に回した仕事だろうに……王都から出たくない彼女は、行く気もないみたいだ。
「あ〜またアリア様?」
「リン。今度は辺境の地が嫌らしいよ?」
ひょいっと後ろから顔を出したのは、同じ南区の教会宿舎に住む仲良しの聖女候補だった。
「もう、アリア様は箔付けの自主的参加者でしょう? 聖女候補なんて辞めたらいいのに……」
「「私なら高位貴族に見初められるハズ!」」
「アハハ〜それね! そりゃお貴族様だし? そこそこ綺麗だけど、アリア様みたいな意地悪な人じゃ見初められるとか、絶対に無理でしょ。聖女候補を妻に見初める高位貴族なんて、聖女に夢見てる系だから、優しくて美しくて〜とか言う男だよ? そんな人が私達リンやアリア様みたいな聖女候補を選ぶ訳ないじゃないねぇ?」
そんな事も分からないのかしらね~アハハと笑いながら毒を吐く。そうして隣に並び食堂に向かって歩く彼女は同期の聖女候補で「リン」と呼ばれている。
「そんで? 可愛くて、王都で最も聖女に近いスピカを辺境に送ろうなんて、本当に姑息だわ! あ〜ヤダヤダヤダ。スピカもあんな人の言う事、聞くこと無いからね。さっ早くご飯食べに行こ」
「リンったら……でも……」
あっ……このやりとりも覚えがある様な……?
私は結局、辺境に行った気がする……でも、行っては駄目だと、私の中で警鐘が聞こえる気がする。
ああ、待って。どういう事なの……?
「……って、ちょっと! スピカ大丈夫!? 酷い顔色だよ……ちょっと、ねぇ……」
私は遠くなる彼女の声に、答える事は出来ないまま、何かに引きずり込まれる様に意識を手放した。




