09.ジョルジュ殿下
その時、管楽器の音が一斉に鳴り出した。
それは次第に様々な楽器が加わり、荘厳な音楽へと変わっていく。その間に座っていた誰もが立ち上がり、整列していく。わたしもテオに手を引かれ、その列に加わった。
頭を下げて聞き入っていると、音楽はぴたりと止まり、王家の入場を告げる厳かな声が響いた。そしてしばしの間を置いて、声がする。
「面を上げよ」
国王陛下の声で、全員が一斉に動く。わたしも同じように体勢を戻して玉座を見上げる。
国王陛下は友梨亜のイメージ通り、恰幅のいい白いひげを生やしたおじいさん、ではなかった。
口周りにひげは生えていたけれど白髪交じりの黒で、髪はそれよりさらに白髪交じりのグレーで、恰幅がいいというよりはムキムキマッチョなオジサマだった。
ボリュームたっぷりのロマンスグレーをふわりと分けて撫でつけ、その上にはきらびやかな王冠。濃い紫のマントを羽織り、白い王尺を持っている。そのあたりは王様のイメージ通りだが。
「今宵は我が息子であるジョルジュの為に集まってくれて感謝する。酒も食事も十分に用意した。みなも楽しんでくれ」
国王陛下がそう言うと、全員が一斉に頭を下げて答えた。続いて美しくて迫力のある王妃殿下が同じような挨拶をして、今宵の主役であるジョルジュ王子殿下を呼び寄せた。
王妃殿下の視線を追うようにそちらへ目を向けたわたしは、目を見開くのを抑えられなかった。
(だって!!!! まさかの!!!! ここで!!!! ジョーくん登場ですか!!!!)
ジョーくんはやっぱりちょっと若いジョーくんで、髪型は数年前の『amulette』ツアーの時みたいな茶髪でオールバック気味の髪型だ。
(服装も既視感ある、何だっけ? このゴージャスな黒とゴールドのキラキラしてるやつ! ああ、『bal masqué』だ! アミュレットの次の次のアルバムで、仮面をつけた怪しげな雰囲気がオタクたちの胸を撃ち抜いた衣装! あの時は前髪あってかわいいジョーくんだったけど、オールバックジョーくんとこの衣装もめっちゃセクシーだな! わたしの脳内グッジョブ!! あああ最高に尊い!!)
今までにないほどの興奮を見せる友梨亜とは裏腹に、ジュリエットはさっと表情を微笑に戻した。
ジョーくんみたいなスマートすぎる歩き方で玉座近くへと立つジョルジュ殿下。その表情はとても硬い。
既視感があるのは、わたしが、ジュリエットがこの光景を何度か見たことがあるからだろう。ジョルジュ殿下の表情はいつも硬い。そんな記憶が滲み出す。
「今日は集まってくれて感謝する。どうか楽しんでいってくれ」
いつも通り短い挨拶。だが声まで似ていると、友梨亜の歓喜は止まらない。
そして楽団が柔らかな音楽を流し始めると、国王陛下と王妃殿下の二人が連れだって玉座から降り、中央でダンスを始めた。
皆の視線がそちらへ移る中、そっと玉座の方へ視線を戻すと、相変わらず硬い表情のままのジョルジュ殿下がふっと息を吐いたのが見えた。その仕草がジョーくんと重なってしまい、ドキッとして慌てて視線を逸らす。
「どうかした?」
テオの囁きにドキドキしながら首を横に振って答える。
後ろが気になったけれど、もう振り返ることはできなかった。
国王陛下夫妻が踊り終え、玉座へ戻っていく。
だがその時にはもう、ジョルジュ殿下はいつもの硬い表情に戻っていた。次々と貴族たちから挨拶を受け、頷いたり何か一言返したりとしているが、その表情は硬いままだ。
段々とわたしたちの番が近づいてきて、ジュリエットも友梨亜も緊張してきた。
きゅっと手に力を込めると、テオがふっと笑ってわたしを見下ろす。大丈夫だよと視線で語りかけてきたのが分かり、ジュリエットはホッとして力を抜いた。だけど友梨亜の緊張は解れない。
何せリアル王子様のジョーくんが、めちゃめちゃ怖い表情のジョーくんが、間近にいらっしゃるのだ。
わたしたちとジョーくんの、ジョルジュ殿下の間に人が居なくなった。すると殿下が「ボネ兄妹か」と呟くように言い、それを聞いたテオがサッと前に進んだ。そして頭を下げるテオとともに、わたしは膝を曲げてカーテシーをする。
頭の中では友梨亜が(まさかの! 認識! されて! るの!?)と過呼吸を起こしそうなほどに興奮しているが、ジュリエットが微塵も外には出していない。
「殿下におかれましては、本日目出度く成人のお誕生日を迎えられましたことを心よりお喜び申し上げます」
テオがそう言うと、ジョルジュ殿下は硬い表情のまま頷いて答えた。
こんなに至近距離で、写真や映像以外のジョーくんを見たことがない友梨亜は、目に焼き付けようと必死だ。だがジュリエットの方も必死でその行動を抑え、無難に微笑んでおく。
この距離でやっと把握できたことだが、ジョルジュ殿下の瞳もテオ達と同じようにメンバーカラーである紫に近い色かと思えば、普通に茶色だった。髪の色も茶色なので、テオやレオン、リュカ達よりも、実際のジョーくんに近いように見える。
年齢も、二十歳というよりはもっと落ち着いているような気がした。
いつまでも見ていたい綺麗な顔に見とれる間もなく、すぐにわたしたちは場所を変えた。わたしたちの後にも殿下へのご挨拶をという人たちが並んでいるのだ。
「んじゃ、とりあえず一曲お願いします、レディ」
少し離れたところでテオがそんなふうに軽く言うものだから、わたしも肩の力が抜けてふわりと微笑むことができた。そして手を取り合ってホールの中央へ進む。
(えええ踊れるの、わたし!?)と友梨亜は激しく動揺しているが、ジュリエットは自然な仕草でお辞儀をすると軽やかに舞い始めた。
何も意識せずとも身体が動くのは、ジュリエットの練習の賜物だろう。そしてテオのリードのおかげでもあるかもしれない。人の波の中、誰かとぶつかることもなく、すいすいと泳ぐように舞いながら抜けていく。
一曲、二曲と踊った頃には、ほんの少し足がもつれそうになってしまった。
「よし、じゃあ戻りますかね」
よくやったという笑顔で肩を抱かれ、わたしとテオは先ほどのテラス近くの窓際へ戻った。椅子に座って一呼吸整えて、ようやく落ち着くことができた。この身体は見た目の通り、あまりタフではないようだ。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます」
「じゃあ俺は飲み物と何かつまめるもの頼んでくるから……一人で大丈夫?」
「ふふ、大丈夫ですよ。ここから動きませんから」
なおも心配そうなテオだったが、周辺に目を配って大丈夫だと判断したのだろう。「すぐ戻ってくるからな」と言って給仕を探しにいった。
一人になってふっと息を吐く。まだダンスが続いているせいか、近くには誰も居ない。かといって目立たない場所でもないので、誰かが近づいてこれば分かるだろう。
ちらりと窓の方に視線を遣り、もう月が高い位置にいることに驚いた。
そういえば、とジョルジュ殿下のことを探す。誰かと踊っている様子はなかったように思う。
ジュリエットの記憶を思い起こしてみれば、ジョルジュ殿下もまだ婚約者は決まっていなかったはずだ。候補の方はおられたはずだが、少し前に白紙になったと聞いている。何が原因なのかは、わたしの知るところではない。
人波の中にもジョルジュ殿下の姿はない。もしかすると挨拶を終えて退出してしまったのかもしれない。遠くからでももう一度あの姿を目に焼き付けておきたかったのに。
窓の隙間から、ふわっと冷たい夜風が入り込んできた。肩を出しているこのドレスではすぐに冷えてしまう。
すこし場所を移動しようかと考えたところで、窓の向こう、テラスに誰かがやってきたのが分かった。その姿は闇に紛れて分からない。だが、窓の隙間から風とともに小さな呟きを拾った。
「はあー……もう、何だよ殿下って。俺そんなキャラじゃねえっての」
(この声は!!! ジョーくんです!!!!)
ジョルジュ殿下、居ないと思ったらテラスに逃げておられたらしい。
動こうと思っていた身体はぴたりと止まる。聞き耳を立てるのはよくないとジュリエットが諫めるが、友梨亜はどうしても動くことが出来なかった。
「ジョルジュジョルジュうるせんだよ、しかも二十歳ってなんじゃそりゃ」
なんだか、おかしい。様子がおかしい。
一人で愚痴を言われている様子だけれど、何だか、どう聞いてもこれは。
「俺、もう三十二なんだけど。どういう事だよホントに……」
(ささささ、三十二!? まさかの!!!!! うっそ、まさかのジョーくん!!! もしかして、もしかして本人ですかああああ?)




