08.レオン
結論から言うと、レイちゃんには早々に出逢うことが出来ました。
りゅっち、じゃなくてリュカが我が家へ来た日から二日後。
今日はこのリロイ王国唯一の王子殿下であるジョルジュ殿下の誕生祝を銘打った夜会の日である。
リュカが職人を急かしまくって作られた美しいドレスに身を包み、いつもより華やかな化粧を施され、髪はまとめ上げられ、我が家の紋章にもなっている百合の髪飾りがつけられた。
わたしがわたしに見惚れるくらいに美しい。THE・妖精姫がそこにいた。
さてテオは、とその姿を目に入れた途端、またしてもわたしの中の友梨亜が膝から崩れ落ちた。
(だって!! 光沢シルバーのフロックコートですよ!! 中に着ているのもシルクの光沢が美しい白いシャツ、そして襟を立てての蝶ネクタイ!)
あれはアルバム『mon poussin』のリード曲だった『petit』の衣装だ。
メンバーカラーである赤だったポケットチーフが、わたしのドレスの色と合わせたライラックになっている違いはあれど、ほぼそのままの再現度である。
そして髪型は、いつものサラサラは鳴りを潜め、サイドからガツンと分けてしっかりと額を出している。ふわりと空気を含ませたように全体的に後ろに流しているが、耳元はすっきりしている。
(てかテオ、サラサラの下はツーブロックだったんかい! ときめくわ!)
そんな超絶イケメンテオに「行こうか」と手を差し出され眩暈を起こす友梨亜とは裏腹に、ジュリエットは当然のようにその手を重ねた。
何この兄妹。美しすぎる。美しすぎて引く。
そんなわたしの混乱をよそに馬車に乗り込むと、そこには先客がいた。
そう、それこそがレイちゃんである。
レイちゃん、”シャルモン”の副リーダー・江本嶺。
花ちゃんと同じ年の三十四歳で身長は一七二センチ。だけど猫背なせいかもっと小柄に見える。
ほんわかした雰囲気を持つ優しい笑顔は、こちらまで笑顔にしてくれる。見た目通り穏やかで優しくて、でも譲れないときは超頑固。いつもはのほほんとしているけれど、ここぞという時は頼りになる。たまに暴走しちゃうリーダー・花ちゃんを止められるのはレイちゃんだけだ。
目の前のレイちゃんは、黒い光沢のあるスーツを纏い、短い青髪をツンツンと立てている。全体的に色素が薄くて、眉毛も細くて、瞳の色は青だった。
髪と瞳の色が違うのは、それぞれのメンバーカラーになっているのではとレイちゃんを見てようやく気付いた。
「レオン様!」
そして驚いたことに、わたしはこの人を知っていた。
レオン・モロー侯爵令息だ。
領地が隣同士で、テオと年齢も同じことから幼馴染のように育った二人。わたしのことも妹のように可愛がってくれていた存在だ。またしてもじわりと記憶が滲むように戻ってきた。
「お、ジュリエット。元気そうだね」
「お久しぶりです、ほんとうに。無事に帰ってこられたのですね」
このレオンはレイちゃんと同じく旅が大好きで、モロー侯爵家の跡取り息子だというのに結婚もせずにふらふらと船に乗って旅を続けている。
そのおかげで我がボネ家との共同事業でもある貿易が上手くいっているのだから、我が家としては大変ありがたい。確か今回の貿易にも同行していて、三か月ほどの旅に出ていたはずだ。
馬車の中からレオンが手を引いてくれて、前に座らせてくれた。わたしの横にはテオが乗り込み、三人を乗せた馬車がゆっくりと動き出す。
「うん、お土産もあるよ。でもジュリエット、また寝込んじゃったんだって? 無理しちゃダメじゃん」
「もっと言ってやってよ、レオン。俺が目を離すとすぐに無茶するんだからこの子は」
「ふふ、ほら、兄ちゃんの過保護がひどくなってる」
優しく笑うレオンの笑顔は、本当のレイちゃんのようだ。胸がきゅっとしてしまう。
「てかレオン、相変わらず一人なの? 今度こそ誰か連れて帰るかと思ったのに」
「いや、面倒くさい。どうせエスコートするなら、かわいいジュリエットがいいな」
「えっ!」
驚いて視線をやれば、レオンがちょっぴり意地の悪い顔をしていた。それだけで冗談だと分かってホッとする。しかし妹溺愛のお兄様には通じなかったようだ。
「ダメダメダメ! レオン、ほとんどこの国に居ないし。そんな寂しい想いさせるやつにはジュリエットはやらない!」
「くふふ、冗談だって。てかテオに言わせりゃ、どんな男も無理じゃん」
「そんなことないけどさあ、だってジュリエットだぞ? こんなに可愛いんだぞ? そこら辺の男に簡単にやれないだろ」
ぶつぶつ言っているテオに呆れた視線を送ると、レオンはまたしてもくふふっと楽しげに笑った。
そう、これはいつものようなやり取りなのだ。懐かしい、遠い記憶の中にちゃんとある。
「もう、お兄様。先日はそろそろ婚約者も考えないとっておっしゃっていたくせに」
「それはそうなんだけどさあ! だからちゃんと考えてるだろ?」
「ふふ、断る理由探しまくってるだけじゃん? 俺、おすすめだけどなあ。一応侯爵家だし」
「あんた前から、結婚なんか面倒くせえ、跡継ぎは姉ちゃんの息子でいいわとか言ってただろ」
「ジュリエットが嫁に来てくれるなら子ども作るけど」
(いやー! やめて欲しい!)
そんな会話、顔が熱くなるのを止められない。
(だって、レイちゃんが子ども! 子ども作るって! わたしと!!)
冗談だと分かっていても居たたまれない。とりあえず俯いてやり過ごすしかない。レオンがめちゃめちゃ楽しそうに笑っているが、どうしようもないのだ。
「やーめーろー! やっぱ無理! ジュリエットはずっと家に居ろ! な?」
「そりゃあ無理な話でしょ。自分は可愛い奥さんと子ども作るくせに、ジュリエットは閉じ込めちゃうなんて。ひどい兄ちゃんだなあ?」
「うわー!!! もー、マジで勘弁して、俺ほんとに心折れそう……」
しょぼんと肩を落としたテオを見て気が済んだのか、レオンはぽんぽんとわたしの膝を叩いた。
「ま、兄ちゃんは置いといて。いい出会いがあるといいな?」
「……はい」
「俺はいつでも大歓迎だぞ?」
「……お気持ちだけ、ありがたく」
「ありゃ、振られちゃった」
「ジュリエット!」
シュンッと音がしそうなほどの勢いで立ち直ったテオが、嬉しそうにわたしを抱き寄せようとする。しかしちょうど馬車がゆっくりと停まるところだった。
「お、着いたか」
ガタンと馬車を支える音がして、ほどなく扉が開いた。
サッとテオが降り立つと、ざわりと人の気配が動いたような気がした。
続いてレオンが降りると、抑えようとしても抑えきれなかった悲鳴が聞こえた。レオンが夜会に出ることはとっても珍しいからだろう。分かる、わたしも久しぶりに会えてすごく嬉しかったから。
そしてテオが馬車の中へ手を差し出してくれて、わたしはその手を掴んで降り立った。途端、ぴたりとすべての気配が静まり返る。
え?と思った瞬間、レオンもわたしの方へ手を伸ばしてくれたから、反射的にその手を重ねてしまった。
左手はテオ、右手はレオンに引かれながら、真っ赤な絨毯の上を進む。人波は自然に分かれていく。勝手に微笑が浮かぶのは、ジュリエットが受けてきた教育の賜物だろう。だけど内心、友梨亜は大混乱と大興奮だった。
(だって冷静に考えてもみなさいな、左手にはシルバーフロックコートの赤髪ツーブロック爆イケ花ちゃん、右手には黒いスーツに髪ツンツンの細眉爆イケレイちゃんですよ! ひれ伏したくなる二人がわたしの手を優しく引いてエスコートしてくれてるんですよ!! 冥途の土産にできそうです、ありがとうございます!)
脳内で友梨亜が大興奮している間に大きなドアの前に来ていて、中からわたしたちの来訪を告げる声が聞こえてきた。
「モロー侯爵家、レオン・モロー様。ボネ伯爵家、テオ・ボネ様、ジュリエット・ボネ様、ご到着!」
音もなくドアが開き、とんでもなく広い部屋に入る。
ここは王城の大広間、おそらくこの国でいちばん広い部屋だ。いくつものシャンデリアが天井を揺らし、キラキラと輝いている。奥には玉座と、王族専用のスペース、中央にはダンススペースと、壁側には楽団が控えている。
ここで夜会が開かれるときは、国のほとんどの貴族が呼ばれている時だけ。大きな催し物の時だけだ。ジュリエットがここに来るのはデビュタントを合わせてもまだ三回目である。
二人に手を引かれたまま、大広間を進んでいく。わたしより五歳上のテオとレオンは、さすがに慣れた様子で歩いていく。
玉座のほど近く、でも窓側近くで二人は歩みを止めた。すぐ近くにはテラスへの出入り口もある。
「さて、じゃあ帰ってきた挨拶くらいしておくか。テオ、乗せてくれてありがとね」
「うん、またね」
「ジュリエットも、またね」
「はい」
にこやかに返事をして去っていくレオンを見送り、近くの椅子に腰を降ろすと、テオが飲み物を頼んでくれた。入り口では高位貴族の入場が続いているし、既に入場していた人々はチラチラと視線を寄こしてきて落ち着かない。
すると、隣に座ったテオが耳元でそっと囁いてきた。
「今日、ダンスはどうする?」
(ひい! 耳に息が!!!)と友梨亜は爆発しそうになっているが、ジュリエットは冷静に扇を取り出して口元を隠しながらそっと答えた。
「お兄様と踊れれば十分ですわ」
「だよなあ。でもなあ……母上に報告しなきゃだしなあ……」
「じゃあ、レオン様?」
「ダメダメ、そんなことしたらすぐに婚約申し込んでくるからあの人。侯爵家だし隣だし断りにくい」
「じゃあ……ラフィット様とか?」
どうせなら”シャルモン”似の誰かと踊ってみたいと名前を口にすれば、テオは分かりやすく眉を寄せてしかめっ面になった。
「まさかあいつのこと気に入ったの?」
「え! いやそんなわけでは……お名前と顔が一致する方が少なくて」
「……ああ、そっかあ」
ぽつりと呟いたテオが、痛ましげな視線に変わる。高熱のせいで記憶があやふやになっている設定を思い出したのだろう。
「そうだよな、うん。じゃあ俺だけでもいいかな」
「お母様に、叱られません?」
「ん、大丈夫だよ」
そう言うと、テオは優しく微笑んだ。ああ、いつもの笑みだなとジュリエットは贅沢なことを思った。




