07.リュカ
台風一過とでも言うべき青空が広がっている朝。
わたしは優しく肩を揺すられて起こされた。ぼんやりと目を開ければ、見慣れたメイドの姿がある。
やっぱりまだ戻れなかったか、と気落ちしたのは一瞬のことだった。
「エマ……」
「おはようございます、ジュリエットお嬢様。今日はお客様がいらっしゃいますので、早めにお支度をとのことです」
「お客様が? どなた?」
「それが……テオ様は内緒だと」
困ったように微笑むエマはそんな顔でも色っぽい。
「そう。困ったお兄様ね。じゃあ準備して頂戴?」
そう言うとエマは一礼してクローゼットへ向かい、淡い黄色のドレスを取り出した。花びらのようにキラキラしたチップが全身についていて、とても可愛らしいドレスだ。
お客様というのはどうやら貴族ではあるようだ。
エマは器用にわたしの髪を編み込み、サイドにたらした。そしてドレスについた花びらチップと同じ素材の髪飾りを散りばめた。わたしが言うのも何だが、出来たのは花の妖精のようだった。
「今日も完璧です、ジュリエットお嬢様」
「ありがとう。エマの腕がいいのよ」
エマに手を引かれながら、応接室へ向かう。お客様はもうそこにいらっしゃるようだ。
「お兄様、ジュリエットです」
「ああ、来たか」
そう答えたお兄様が自らドアを開けてくれた。そしてエマの代わりに手を引いて、中へ招き入れてくれた。礼儀として足元からさりげなく視線を上げ、勧められた席に座ってからその人を確かめる。
(え? りゅっち!?)
にこやかな表情でわたしを見ているのは、”シャルモン”のメンバー、佐藤柳その人だった。
佐藤柳、愛称はりゅっち。三十三歳、黒髪短髪黒縁眼鏡、涼し気な目元に薄い唇。黙っているとドSにしか見えないが、喋っていてもただのドSである。
細すぎる身体のせいか迫力はなく、微笑みながらの毒舌がたまらない。なぜか妙な色気を感じ、性癖を直撃する女子多数である。
その毒舌も歳と共に多少落ち着いて、雰囲気も柔らかくなってきたとは思うのだが。
だけどやっぱり目の前にいるりゅっちも若くて、細くて、昔舞台をやっていた時のようにサラサラの長髪だ。あの時は黒髪だったけれど、今は金髪に近い明るい色で、眼鏡はなく、そしてよく見れば瞳の色はゴールドだった。
「はじめまして、ジュリエット嬢。リュカ・ラフィットと申します」
そう言いながら、自然なしぐさでわたしの手を取り、甲にキスを落とすふりしながら上目遣いで見つめてくるりゅっち。いやリュカ。
あまりのカッコよさに脳内の友梨亜は大興奮だけれど、ジュリエットだって完璧に混乱していた。だって身体が固まってしまっている。
「こら、勝手に触るな」
「何よ、挨拶でしょうが」
二人の気安い会話にハッとする。
「ジュリエット、大丈夫か?」
「え、ええ。申し訳ございません。ジュリエット・ボネと申します」
「んふふ、存じ上げておりますよ。花の妖精姫ってね」
その恥ずかしい二つ名は何だ。
だがジュリエットの外見を思えば、そう崇めたくなるのも分からなくはない。
「ちなみにテオは、花の妖精王だから」
「……誰が考えたんだよ連れて来いよ」
「お似合いですけどねえ?」
ふふっと完全に他人事として楽しんでいるリュカが、どうしてもりゅっちに重なってしまう。だって絶対、りゅっちもこんな表情で笑うから。
「それで? 首尾はどうだ?」
テオがそう問えば、リュカはまじまじとわたしの全身を見据えながら頷いた。
「うん、予想以上に肖像画の出来が良かったね。これなら大丈夫でしょう」
「よし、じゃあ早速頼むわ」
「任せて」
リュカがそう言って立ち上がり、応接室から出て行った。何が何だかさっぱり分からないわたしは首を傾げてテオを見上げる。
「お兄様? ラフィット様はどういうご用件だったのでしょう?」
「まあまあ、ちょっと待て」
余裕の笑みを浮かべながらカップを持ち上げるテオは、嫌になるくらいに様になっている。
花の妖精王? うん、このオーラは王様ですわ。
わたしもお茶を頂きながらリュカのことを思い出す。
リュカ・ラフィットは、ラフィット伯爵家の跡継ぎ息子のはずだ。
我がボネ伯爵家の二つ隣の領地である。細長い領地のおかげで気候が入り交じり、その生活も多様で色々な文化が受け入れられている。
そのせいかラフィット家もそれに連なる貴族も、おおらかで寛容なイメージがある。
しばらくテオとお茶を飲みながら待っていると、大きなスーツケースのような鞄を持った使用人とともにリュカが戻ってきた。使用人はその鞄を開くとすぐに出て行ってしまう。
「これは?」
「明後日の夜会用のドレス。ギリギリ間に合って良かったですよ」
そう言いながらリュカがそのドレスを広げた。
それは一枚だけだと透けてしまうくらいに薄い布で出来ていた。一枚だと透けてしまうけれど、幾層も重ねることでジュリエットの瞳のような薄いライラックになっている。ウエスト部分の背後がモーヴピンクの大きなリボンになっていて、胸元にはたくさんの花がまるでわたしの控えめなお胸をカバーしてくれるかのように施されている。
「素敵……」
「でしょう! この色を出すのが大変だったんですよ! それなのにテオが『ジュリエットと俺の瞳の色にしたい』ってワガママ言ってきてさあ、ただでさえ時間もないのに! ほんと、うちの職人よくやってくれましたよね? お給金弾んであげたいのでよろしくね?」
畳みかけるように言うリュカがテオに向かってニヤリと微笑んだ。
「ああ、言い値で払うよ」
「んふふ、お買い上げありがとうございまーす」
「ジュリエット、気に入った?」
「もちろんです! お兄様、ありがとうございます! ラフィット様も」
「気に入ってもらえてよかったよ」
満足げに微笑む二人はとんでもなくイケメンだ。テオはご機嫌だし、リュカは肩の荷が降りたとでも言わんばかりにリラックスした様子でお茶を楽しんでいる。眼福である。
そしてここにきて気付いたのだ、二人が着ているスーツがまたしても衣装であることに。
これはりゅっちが出ていた紳士服店のCM曲の衣装で、お揃いのスーツではないものの、襟元であったりポケットチーフであったりカフスボタンであったり、どこかしらにダイヤの模様が入っている。テオの場合はポケットチーフがえんじ色濃淡のダイヤ模様であり、リュカの場合はカフスボタンがダイヤの模様になっていた。
そんなことに気付いてしまえば、ただお茶を飲んでいるだけのこの光景も、とんでもなく尊いものに感じられる。脳内では早速友梨亜が拝み倒していた。
しかしこうなってくると、もしかするとこのパラダイスな世界には”シャルモン”のもう一人のメンバーであるレイちゃんや、わたしの推し・ジョーくん似のイケメンもいるのではないのか。
そしてこんなに都合のいい世界は、やっぱりわたしの残念な脳が作り出した夢の世界に違いない。
だって自分が妖精のような美しさで、花ちゃん似のイケメン兄と父に溺愛され、その友達にはりゅっちもいる。
きっとレイちゃんとジョーくんもいるに違いない。その二人を拝むまでは、ここに居てもいいかもしれない。
美しいドレスとイケメンすぎる二人を前に、友梨亜も少し前向きになれたのだった




