47.祝福の風
四番目、正義の月の良き日。
レオンとコレット様の結婚式は、盛大に、滞りなく行われた。
宗麗ことスズキレイカさんの一件でケチがついてしまった衣装だが、衣装そのものに罪はない。
コレット様は当初の予定通り、白地に華やかな刺繍と青い裏地がチラ見えする美しい着物を着ていた。
とはいえ上半身の帯までは着物のようだが、下半身は裾を開いてドレスのように後ろへ伸ばしている。正面からは下に着込んだシンプルなシルクドレスが見えていた。
手は白い繊細なレースの手袋をしているが、違和感はない。そういう衣装に見えてしまう。
コレット様は黒い艶やかな髪を肩の少し上で切り揃え、右耳にだけ髪をかけてその上に白く大きなダリアのような生花を刺している。その周辺に緑の葉と小さな青い花が少し。
伏し目がちの瞳は長く濃い睫毛に縁取られ、上気しているせいか頬はほんのりピンク色。小さな唇は真っ赤である。
(し、白雪姫ってこういう……!?)
イメージするあの遊園地にいるカラフルな衣装のお姫様とは程遠いのに、思い浮かんだのはその名前だった。まさか言葉には出さないけれど。
「コレット様……大変、とっても、最高に、お綺麗です」
「ジュリエット様……」
伏し目がちだった瞳がわたしを捉える。そしてとても嬉しそうにふわっと微笑んだ。
(は、破壊力……! 可愛すぎる! お綺麗すぎる!)
表も裏も、語彙力が死んでしまう美しさである。レオンが女神と崇めたくなるのも頷ける。
(レオン様、ちゃんとできるのかしら?)
六つも年上の男性には失礼な気もするが、先日の衣装合わせの時を思い出すとどうしても心配になってしまった。
侯爵家同士の婚礼なので、王都での式には大聖堂を使う。披露宴としてパーティーはモロー侯爵家のタウンハウスで開かれるのだが、大聖堂からパーティー会場までは主役の二人は幌のない馬車を使って移動するのが習わしだ。
(大聖堂の入り口で見惚れ、馬車の中でも観衆そっちのけで見惚れるレオン様が想像つくわ……)
しかしあれでも仕事はできる男なのだ。
コレット様の一世一代の大舞台、きっとそつなくやり遂げるだろうと信じたい。
「ジュリエット様、改めて、素晴らしい衣装を賜り御礼を申し上げます」
「とんでもない。こう見ると、この国でこれを着こなせるのはコレット様だけだったと思います」
「そんな、勿体ないお言葉です」
「レオン様の反応が楽しみですわ。では、わたくしは先に向かっておりますね」
「はい」
衣装を提供した手前、一応完成形を確認するという義務があった。
恐らく朱国での着こなしとは違うだろうが、これはこれで大変美しい。この国では誰も着たことがない着物なのだから、これを正解にしてしまえばいい。
わたしがルール、素晴らしい。
コレット様の控室を後にして、大聖堂へ向かう。
もう席はほとんど埋まっていて、わたしは前の方にいるテオの隣へ座った。
サラ様はコレット様のご友人としてガニョン侯爵家の席にいる。婚約者とはいえまだその家の者ではないので、家同士の正式な場では自分の名がある家として参列するのだ。
わたしも殿下の婚約者ではなくボネ伯爵家の者としてここにいる。
「戻ったか。どうだった?」
テオがニヤっと笑って聞いてくる。
「レオン様が心配になるほど、とってもお綺麗でした」
「大丈夫かよ……」
一転、心配そうに眉をひそめるテオ。
レオンが言っていた通り、テオはレオンの気持ちに気が付いてはいたらしい。だがコレット様は侯爵家のご令嬢だし、修道院へ入られた身。レオンも何も言わなかったので、どうしようもなかったようだ。
重ね重ね、わたしは自分で親指を立てたくなるほどいい仕事をしたと思う。思い付きで動いただけだけど。
式の時間が近づいてきたころ、ジョルジュ殿下も姿を現した。殿下の席は聖堂の一番前に用意されている。王族として貴族同士の婚姻を見届ける役なのである。
そして本日の殿下は、上品な光沢のあるシルバーのタキシードを身につけていた。白いシャツに、同じシルバーの蝶ネクタイ。
(ああああああ今日も尊い……! 正装してるジョーくんも最高級にカッコいい……!)
脳内で悶えまくる友梨亜だが、ジュリエットのおかげで何事もない微笑みを保っている。
わたしの横を通り過ぎた殿下と一瞬だけ目が合った。その瞬間、口元が少し上がったのを見逃す友梨亜ではない。
(ちゃんと気付いてくれてるぅぅ!! さすがジョーくん!! すき!!! 衣装めちゃくちゃ似合ってます!!)
もちろんこれも衣装である。これは一つ前のシングル『mariée』の衣装。求婚をテーマにしているのでメンバーそれぞれが濃淡のグラデーションになるタキシードを着ていた。
実はテオもこの時のライトグレーの衣装を着ている。ちらりと見えた先のリュカは、それよりさらに薄いグレーのタキシードだ。
(殿下がこれを着てるってことは……レオンもきっと)
確かに、衣装合わせの時に黒いタキシードを着るべきだと進言はした。
ここでの結婚式は、新婦のドレスは形が決まっているだけで色は何色でもいい。縁起の良い色や悪い色は特になく、葬儀の時は白だと決まっているが、婚礼で白を着ても問題ない。
皆がそれぞれ、自分の好きな色を身に纏う。
男性の多くは新婦の髪や瞳の色を取り入れる。だからこそコレット様の黒い髪と合わせて黒いタキシードだと思ったのだが。
予想通り、姿を現したレオンの衣装は『mariée』のタキシードだった。レイちゃんが着ていた黒いタキシードだ。
(はあああああああ! 青髪レイちゃんに見えるぅぅ!)
レイちゃんが着ていた時は茶髪で柔らかい雰囲気だったけど、今のレオンは青い短髪を七三に分けて上げている。
いつもより凜々しくて、最強にカッコいい。
レオンは大聖堂の入り口から少し入ったところで控えた。
そしてすぐに音楽が鳴り出す。この音楽の中で、新郎が大聖堂のドアを開けて新婦を迎え、エスコートしながら司祭の元へ行くようだ。
レオンがドアを開けると、女神と紛う程の美しさのコレット様が姿を現した。日の光が背後から差すコレット様は、まさに女神降臨といった様子だ。
参列者が息を飲み、目が釘付けになったのが分かる。
(うんうん、そうよね! 美しすぎて目が離せないよね!)
レオンは笑顔を浮かべたまま、コレット様に近付いて腕をそっと差し出した。その腕にコレット様の手が掛けられる。
並んで立つ二人は一対のお人形のようで、まさに絵になる二人だった。
(よかった……よかったねレオン様……!)
またしても瞳が潤んできてしまうのをグッと堪える。
だが、ふと見上げた隣にいるテオの目が赤くなっていた。
その先にいるモロー侯爵夫妻とブランシェ侯爵夫妻は完全に泣いていたし、クラリス様もハンカチを握りしめていた。
(ダメ……泣いちゃうわコレ……)
息を吐きながらグーッと堪えて視線を戻すと、二人が歩いて行く先にはジョルジュ殿下の姿があった。
ジョルジュ殿下はとんでもなく優しい微笑みで二人を見ていた。
(なんちゅう表情をするんですか! もう無理ー!)
耐えきれずにポロリと涙がこぼれた。ハンカチでそっと押さえ、目を閉じる。
式はまだこれからだというのに、先が思いやられる状況だ。
二人が司祭の前に立つ。そして頭を下げて膝を曲げた。
婚姻は創造神クーリエと、その妻である女神マーリーに誓うことで成立する。
だから、聖堂には必ず二神の像がある。ここは大聖堂なので、なかなかの大きさの石像だ。
ちなみにクーリエは筋骨隆々な身体で、遠目からでも顔が分かるくらいめちゃくちゃ濃い顔をしている。
腰に布を巻き付け、上半身は裸がお決まりだ。ボネ領のクーリエは魚を捕るための銛を掲げていたが、大聖堂のクーリエは大きな壺を掲げていた。
女神マーリーは美の女神。儚げでとても美しい。幼い頃は母カミーユに似ていると思い、何度も「お母様は女神様なの?」と尋ねたことがあるくらいだ。
こちらは身体全体に布を巻き付け、頭には花を刺している。その花が場所によって違うようだ。
ボネ領のマーリーはもちろん百合を刺していた。ここのマーリー像も百合を刺している。
司祭が二人の名前と、婚礼の儀を行う旨を述べる。皆が見守る中で儀式は進む。
司祭がお決まりの文言を言うときは、必ずクーリエとマーリーの像それぞれに手をつける。
そしてその後、新郎新婦もそれぞれ像に手をつけたままで婚姻の誓いを述べるのだ。
二人の誓いの言葉は自由なので、それを聞くのが参列者の楽しみでもある。
司祭のあと、レオンがクーリエ神の前に立った。コレット様はマーリー神の前だ。そして像に手をつけ、二人が向かい合う。
「レオン・モローはコレット・ブランシェを妻とし、生涯愛し抜くことを誓います」
(おおー! さすが! シンプルだけど言葉が強い! カッコいいぞレオン!)
「コレット・ブランシェはレオン・モローを夫とし、これからの道を共に手を取り合い、歩いていくことを誓います」
(うんうん! そうだよね! 一回道を違えた二人だからこその誓い! コレット様さすがです!)
二人が言い終わるや否や、聖堂内が盛大な拍手に包まれた。もちろんわたしも、淑やかに見えるギリギリまで思い切り拍手を送った。
すると、その時。
クーリエ神とマーリー神の、つまりレオンとコレット様との間を、ぶわっと風が吹き抜けた。
あまりの強い風に目を開けられないほどだった。一瞬、シンと聖堂内が静まり返る。
だがそれもほんの一瞬のこと。
「おおっ! 祝福の風だ!」
その声を皮切りに、興奮した声が次々と響いていく。
「祝福の風が吹いたぞ!」
「運命の二人だ!」
「あんな強い風は初めてだわ」
「ええ、ええ! 素晴らしいわ!」
先ほどよりも盛大な拍手に包まれていく中、レオンとコレット様も嬉しそうに、そしてとても照れ臭そうな顔で笑った。
(めっちゃ絵になりますぅぅ……!)
地球、現代日本でも、科学的に証明できないあれこれは存在していた。ただの偶然だと処理できない、不思議なこと。
それはこの世界にもあって、その一つがこの“祝福の風”である。
“祝福の風”は、婚礼の儀式に起こる現象だ。
新郎新婦がクーリエ神とマーリー神に誓いを立てると、極々稀に、二人の間を風が駆け抜ける。
不思議なことに、後に離婚したり不倫騒動があったりする問題の起こる夫婦には、風は吹かないという。
つまり、二人の間を風が吹いた新婚夫婦は、今後の幸せな夫婦生活が約束されたようなものなのだ。
もちろん、風が吹かなくとも円満に過ごす夫婦は多いし、この現象自体が年に一度あるかないかのことなので、とんでもない奇跡なのだ。
(話半分に聞いてたけど、こんな奇跡なら素敵ね。レオン様とコレット様が幸せなら何でもいいけど)
ジュリエットが“祝福の風”を体験したのは初めてだ。それがこの二人の式で、本当によかったと思う。
(テオお兄様とサラ様の式でも起こるといいわね)
涙目になりながら拍手を続けている隣のテオを見上げながら、そんなことを思っていた。




