48.旋風
ヴィクトル暦二十二年、新年はじめ創造の月に、モーリ先生がクロエとカリーを再現してから数か月。
三番目、豊穣の月にはラフィット領にカリー専門店がオープンした。
そして四番目、正義の月には、王都にカリーナンドッグの屋台も。この屋台は、あっという間に大人気となり、レオンとコレット様の結婚式で賑わっていた王都でも旋風を巻き起こしていた。
そんな中で百合の間へ招いたクロエとのティータイム。
「生産が……追いつかないかもしれないなんて!」
連日の売り切れに、クロエは嬉しい悲鳴を上げている。
「ちょっとこれほどの人気は予測不可能だったわねえ」
「見誤ったわ、わたしとしたことが!」
「仕方がないわよ、レオン様とコレット様の結婚式で人出が増えていたんだもの。もう少しすれば落ち着くわ」
「それも含めて考えていたのよ……」
売れるものを売れるときに売れないというのは、商人にとってとんでもなく屈辱的らしい。いつになくクロエが悔しそうだ。
「スパイスは十分あるのでしょう?」
「そうね。人員も確保したから来週からは大丈夫なはず」
「ラフィット領の方はどうなの?」
「あちらは想定内ね。順調よ」
ラフィット領にある専門店は、ナンと一緒に食べるカリーのお店だ。
ランチタイムだけのお店だが、なかなかの好評らしい。カリーを日替わりにしているのが受けているようだ。
「ふふふ。王都にも早くお店を構えたいわね」
「ジュリエット……協力的なのはありがたいけれど、あなたのカリーへの情熱を見ているとたまに心配になるわ」
「そんなことを言っていられるのも今のうちよ、クロエ。今日はこちらを用意したわ」
わたしがすっと手を上げると、今日のお付き侍女の一人であるオデットがカートを押しながらやってきた。
乗っているのは蓋つきの銀の皿、漂うのはもちろん、スパイシーなカリーの香りである。
「え……何なの?」
「うふふふふ。新作です」
じゃーんと蓋を開けてみれば、そこには、ナンドッグ用の水分少な目なカリーと、赤いごはん。
そう! カリーライスである!!
「こ、これは……ライスとかいったかしら?」
「そうです! スプーン一本で食べられる、カリーライスよ」
カレーライスといえば白いごはんに茶色いソースでお馴染みだが、ここでは白いごはんは大変貴重な存在なので使えない。カレーは国民食でなくてはならないので、貴重品は却下である。
代替品として、わたしのデキル婚約者が輸入を決めてくれた赤いごはん――ライスという名前は同じだった――を利用している。
そのため見た目は、わたしの感覚的には全くおいしそうではない。
が、カリーの魅力は、見た目なんかどうでもいいと思わせるほどの圧倒的な香りである。この香りがあれば問題ないのだ。
「なるほど……スプーン一本で食べられるのはいいわね。へえ……うん、赤い色なのに酸味はないのね。ほんのり甘味も感じる。カリーにも合うわね」
真剣な表情で味わっているクロエ。こういう時のクロエは、雰囲気もピリッとしていて仕事が出来る女の空気を醸し出している。すごく好きだ。
皿に乗っていたカリーライスは、あっという間にクロエの体内へと消えていった。
「いいわね。ナンドッグだと物足りない人にも、このライスの量で調節できるし。問題は価格よね」
「ライスの値段は高くないの。殿下が仕入れ値をかなり安く設定してくださって」
「ああ、そうだったわね。うん、いいじゃない。王都の店はカリーライス専門店にしましょ!」
パンと手を叩いて笑顔になったクロエが、ニマニマしているわたしと目が合ってハッとした。
「……カリーは恐ろしいわね」
「うふふ。国民食への道も一歩前進ね」
そうして、六番目、夜の月にはクロエ肝煎りの、そしてわたしが裏でがっつりと手を組んだカリーライス専門店が王都にオープンし、またしても旋風を巻き起こしていくのである。
「友梨亜ちゃん?」
「はい?」
その日も就寝前、いつものようにジョーくんが執務終わりにわたしの部屋へ来ていた。
カリーライスもひと段落、というかわたしの手をほぼ離れてしまったので、他にもライスを使った何かができないかを王太子妃教育の合間に考えているわたしである。
そんなわたしが書き散らかしたアイディアのメモ紙を一枚取ったジョーくんが、にっこりと笑っている。
笑顔はいつも通り大変なイケメンであるのだが、なぜか大変嫌な予感がする。
「カリーライスは成功したんだよね?」
「はい! 国民食カリーへの道が順調すぎて怖いくらいですね!」
「そうだね。今年はもうどこでもカリーが話題だよ」
「素晴らしいですよね!」
「うん。で、次は一体何を仕掛けようとしてるのかな?」
ちらりとメモに視線を落としたジョーくんが、「これはおはぎかな?」とにこやかにわたしの下手くそな絵をなぞっている。それだけなのにとてつもない圧を感じる。
「お、おはぎもいいかなあって。もち米とかあればもう」
「うん、俺も和菓子は好きだけどね? 今、これ以上色々やると、デュポン子爵が過労死しちゃうから、ちょーっとスピード緩めようか?」
「は、はい……すみません」
カリーが大人気になってしまったものだから、クロエのお父さんであるデュポン子爵は大忙しらしい。貿易で行ったり来たりはもちろん、仕入れ値や交渉の調整なども朱の国とのやり取りはほぼ一手に担っている。
そりゃ死ぬわ。自重しよう。
「いや、友梨亜ちゃんはとってもよくやってくれたよ。予想以上の働きだわ」
「え?」
やり過ぎと言われたばかりなのに褒められて、訳が分からない。
すると、ジョーくんはすっとわたしの隣に座って耳元に囁いてきた。
「まだここだけの話ね? デュポン子爵は近いうちに伯爵に陞爵されることになった」
「……え、すごくないですか?」
「あなたのおかげでもあるんだけどね。ちなみに爵位はカリー伯」
「ぶっ!!!!」
思わず吹き出してしまい、手で抑え込む。淑女にあるまじき失態である。
「いや、俺は一応陛下にストップかけたよ? でも宰相とかあの辺のおっさん達がゴリ押ししてきて、止められなかった」
「え、じゃあ、クロエは、クロエ・カリーになっちゃう……?」
公の場で吹き出さずに名前を呼べるか心配になってしまう。
「クロエはまだいいよ。子爵本人の名前知ってる?」
「子爵……あ」
いつもはデュポン子爵と呼んでいるから、あまり名前を気にしたことはなかったが、クロエのお父様は少し変わった名前なのだった。
ジョーくんと声が重なる。
「「カーライ・カリー」」
「……っ、俺、フルネームで呼べる気がしない」
「なんでっ、よりによって……!」
「一度聞いたら絶対忘れないけどさ」
任命式は近いうちに行われるという。
きっとわたしも殿下の婚約者として参加しなければならないはずなので、今のうちから笑いをこらえる練習をしておかなくてはならない。
オヤジギャグは何度か聞いたらうすら寒く感じるだろうから、冷たくスルーできるはずだ。きっと大丈夫だと信じたい。
「それでね、デュポン子爵家はリュカのラフィット伯爵家の傘下だったでしょ? 今回デュポン家が伯爵になるから、その勢力図も変わっちゃうんだよね」
「はー、そうなんですねえ」
「デュポン家は領地がないとはいえ、爵位が同じになるわけだから、今まで通りとはいかなくなる」
「うんうん、確かに」
「で、いらぬ諍いを生まず、これまで同様協力していくようにと、ラフィット家の嫡男とデュポン家の令嬢との婚約が陛下より言い渡された」
「ふんふん……えっ!?」
ラフィット家の嫡男といえば、りゅっちに似たリュカである。そしてデュポン家の令嬢といえば。
「く、クロエとリュカですかっ!?」
驚きのままにそう言うと、ジョーくんはシーッと人差し指を立てて悪戯っぽく笑っていた。何それめちゃくちゃカッコいい。
「多分、今頃、それぞれの親から言われてるんじゃないかなあ」
「ほほほホントに!? え、うそ!」
「いやー、友梨亜ちゃんのおかげで、展開が早かったよね。カリーへの愛、おそるべしだわ」
「え? わたし?」
「そうだよ? あなたのカリーへの愛が暴走した結果、カリーは国民食へ近付き、朱の国との交易が活性化して、デュポン子爵は国への貢献度が大幅アップ。そしてめでたく伯爵へ、って流れだもん」
「えええ……」
「ついでにリュカの結婚も決まったし、言うことないよね」
満足そうに頷くジョーくんが、今、初めて腹黒く見えてしまった。
「いや……そっちが目的でしたよね?」
「ふふ。覚えてた?」
「お願いされましたし」
「分かってる? レオンもリュカも二人とも、友梨亜ちゃんの活躍なしには想い人と結ばれなかったんだよ」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「そんな子が俺の妃って、もう俺に忠誠尽くすしかなくない? いやー、仕事しやすくなるわ」
ニヤリと笑うジョーくんは、ジョルジュ殿下の顔をしている。そんな風に笑う腹黒殿下も大変男前である。
「わたしも、何でもします……」
推しに弱いわたしとしては、ひれ伏して全面降伏するしかないのである。




