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27.母カミーユ



すっかり体調も戻ったわたしは、先生方からも王妃教育の進捗状況を確認されたのち、最初の合格をもらった。


王妃までの道のりは長く、とりあえず王子妃として恥ずかしくないレベルまで達したと言っていいところだ。次の合格ラインは王太子妃。


先生方のレッスンはまだまだ続くのだが、これからは王子妃として公務にも出席する。ジョルジュ殿下が住む区域に正式な部屋を与えられ、そこで暮らす。

そして夜会では王族側に並び、慰安に出向いたり茶会を開いたりといった義務が発生してくるのだ。



まずは王都にあるボネ家のタウンハウスから引っ越さなくてはならない。


王城の方はジョルジュ殿下が取り仕切って、とんでもなく快適そうなお部屋を用意してくれてあるので問題ない。

侍女もエマがついてきてくれることになっていて、エマも王家の侍女としての勉強を始めている。


問題は、我が家の過保護な家族である。


両親ともにこの過程は知っていたはずなのに、それを知らせたフクロウ便――みんな忘れそうだからこの辺りで正式名称を思い出しておくと、イブート便――の返事は、それはそれは驚きに満ちていた。

まずは母が、準備を手伝うためにと出発したらしい。テオと父はまだ仕事が残っていて出発できないと、この世の終わりかのような悲壮感に満ちた文章が綴られていた。


「ヨゼフ……何だか家族全員こちらへ来そうな勢いなのだけれど」


ただでさえバタバタしている中、タウンハウスでの一切を取り仕切っている執事のヨゼフ。もうそこそこいい歳なのだが、ここ数日さらに老けたような気がする。


「ええ、お嬢様……わたしは覚悟しておりましたが、領地の方が厳しいようで。向こうのセバスが何とか留めているようですが、時間の問題でしょう」


セバスは領地にある館の執事で、このヨゼフとは双子の兄弟だ。


「まったく……一生の別れでもないのに」

「とはいえ、ここへ来れば会えていた今までと違い、面会にも申し込みが必要になりますから。旦那様やテオ様の寂しさもいかばかりかとは存じます」


確かに、家族に会うのに申し込みが必要になることは面倒だ。今までのように、テオがバーンとドアを開けてやってくることはなくなってしまう。


「そうね……ヨゼフにもセバスにも、気軽に会えなくなってしまうわね」

「わたし達に代わって、エマがこれまで以上にしっかりとお嬢様に寄り添うはずです。お嬢様のご活躍を信じております」

「やだ……やめて頂戴、泣きたくなっちゃう」


ヨゼフもセバスも、赤ん坊の頃から一緒にいた、家族同然の存在だ。急に家を出る寂しさが襲ってくる。両親やテオに会ったらどうなってしまうのか。

結婚自体はまだまだ先だというのに、不安がよぎる。


それでも、ジュリエット・ボネとして生きるこの世界では、ジョルジュ殿下の隣に立つと決めたのだ。

ジュリエットはまだ十七歳。友梨亜が思うより早い巣立ちではあるが、受け止めるしかない。

友梨亜はとっくに独り立ちしていたが、ジュリエットが抱く寂しさは自分の時の感情も思い起こさせる。




数日後、早速母が到着した。

先日は婚約しただけでバタバタと帰ってしまったから、しっかりと顔を見て話すのは久しぶりだ。到着は夜中だったそうで、どれほど急いで来てくれたのか。


「ジュリエット!」


翌朝、朝食の席。満面の笑顔でわたしに向かう母は、相変わらずの美女だ。

でも、家族や親しい人にだけ向けられるこの笑顔はとても可愛い。友梨亜よりも年上なのに、友梨亜でさえも可愛いと思う。


「お母様!」


わたしよりも数センチ背が高い母が、わたしをぎゅうっと抱きしめてくれる。いくつになっても母の抱擁はあたたかい。


「まあ、また背が伸びたのではなくて? 少し痩せたけれど……うん、いい顔ね。大丈夫そうね」


頬に手をあてて覗き込んできた母が満足そうに微笑む。そんな表情はとても優しくてドキドキする。娘さえもときめかせてしまう、これが絶世の美女の力だ。ジュリエットなぞまだまだ足元にも及ばない。

いやそもそも、わたしがときめかせたい唯一の相手にとっては、わたしは絶世の美少女でもなんでもないのだった。


「殿下はよくしてくださるのね? 何か困ったことはない? 王妃様に意地悪されてないかしら」

「ちょっとちょっとお母様! やめてください、最後のは不敬ですわ」

「あら? だってあの方、昔旦那様のこと狙ってらしたから、わたしは嫌われているのよ」

「ええっ!?」


驚いて目を見張るわたしに、「あら、知らなかったのね」と母は呑気に笑いながら席へと座る。


「学生時代にね? あの方はわたしと同じクラスで。その時はもう王妃候補だったにもかかわらず、わたしに会いにクラスへ来ていた旦那様に恋してしまったのね。若いころの旦那様もそれはそれは素敵だったから、気持ちは分かるわ」

「……はい」


親の惚気にどう反応していいものか困ってしまう。下手なことを言うと、こう見えて気が強い母は反撃してくるので、曖昧に笑ってスルーした。


「嫌味を言われたり、孤立させられたり、物を隠されたり。まあ可愛い意地悪だったけれど」


可愛いだろうか。普通にイジメだし、イジメは犯罪だと友梨亜の常識が疼き出す。

だがしかし、先日聞いたシャルロットの行いよりははるかにマシであるのは間違いない。何より人が死んでない。


わたしが王妃陛下にお会いしたのは、正式に婚約を結んだときだ。本来ならば前もって御挨拶しなければならなかったのだろうが、北国やエミリの件に加え、わたしの体調を慮って延期してくださっている。

ただし、さすがに王城へ住むにあたっての御挨拶は控えている。


義母になる人だ、友梨亜の余計な知識のせいで”義母”という字面だけでも何だか怖いのに、”王妃”が加わることで倍増し、ここで”父が初恋の人”かつ”母のライバル”という事実が判明したことでもはや役満、ロイヤルストレートフラッシュである。


「……怖くなってきたのですけれど」

「ふふふ、ジュリエットなら大丈夫よ。それに殿下はあなたを蔑ろにして王妃様を優先するような方なのかしら?」

「違います! 殿下はとっても優しくて、わたしのことをいつも気にかけてくださって、寂しくないようにと心を砕いてくださって、エマを連れていくことも快く了承してくださいましたし」


そんな誤解をされてはたまらないと、弁明するように言葉を続けると、母の視線が生温かいものに変わっていた。ニマニマ笑っていたって様になるのだから、美人はずるい。


「うふふふふ。そう、そんなに素敵な方なのね」

「……喋りすぎてしまいました」

「いいのよ。ジュリエットがしあわせならそれでいいの。あなたなら大丈夫よ」


そう言って、今度はふわっと花が開くように笑う母。


「精一杯、努めます」

「一人で抱え込まないでね? どこにいたって、わたしはあなたのお母様よ」

「はい……」


母の言葉でまた泣きそうになってしまう。不安な気持ちは確かにあるけれど、それよりもジョルジュ殿下の、ジョーくんの隣に立つ気持ちを強くしたはずなのに。


「さ、しっかり食べて、準備しましょうか。旦那様とテオが来る前に」

「やっぱり、来るのですね」

「娘が巣立つお見送りくらい、家族揃ってしたいじゃない」

「ふふ、ありがとうございます」


この家族は全員が揃うことはそう多くない。だからこそ節目は大切にするのだろう。ヨゼフとセバスが苦労するのは目に見えているが、ここは頑張ってもらうしかなさそうだ。




数日後、少し遅れて父とテオもこちらへ旅立ったというフクロウが届いた。


「あら。ジュリエット、王妃様への謁見は明後日よね?」

「ええ、そうです」

「旦那様は間に合わないみたいだから、わたしと二人で頼むって書いてあるわ」

「えっ?」

「シュヴァールの調子が悪いのですって。さすがに休息が短かったかしら」


六足の巨大な馬、シュヴァール。母が王都へやってきた時も、もちろんシュヴァールが馬車を引っ張っていた。

身体も象のように大きいので、パワーもスタミナもある生き物だ。遠方の移動には欠かせない存在で、貴族なら必ず一頭は飼っている。


我が家のシュヴァールは二頭いて、王都と領地の館にそれぞれがいる。

今回、母を乗せてきた一頭はそのまま王都に留まり、代わりに今まで王都に居た一頭が荷物を乗せて領地へ向かった。そして今度は父とテオを乗せて再び王都へ戻っているはずだ。


「では、お母様と二人で、王妃陛下に?」


本来ならば、両親揃って謁見に挑むはずだった。前回お会いした時も両親は揃っていたし、わたしが何も気付かない程度には王妃陛下も何のアクションも見せなかった。

だが、先日の話を聞いてしまってからはどうにも落ち着かない。


「そうね。でも大丈夫よ、わたしがついているわ」


にっこり笑った母は、いつもならば大変心強く頼りになる存在だ。だが今回ばかりは、嫌な予感しかしない。その笑顔のまま煽りそうだ。

されたのは可愛い意地悪だと言ってはいたが、この母がされっぱなしで終わっているとも思えない。わざわざわたしに話して聞かせたのも、わざとではないだろうか。


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