終わる日々 始まる日々
数日後のことである。
クロウとヒロ、それにディオンとリムが、馴染みの酒場でジョッキを打ち鳴らしていた。ディオンの退院祝いとして集まったのだ。
ファスは欠席である。
ファスは、雷神に神剣を奉納するため故郷に帰るユマに従って、遠く旧大陸へと旅立っていた。
「一度は帰ってくるよ、必ず」
見送りに行ったクロウに、ファスはそう言った。二人の側には、申し訳程度の荷物を持ったユマと、クロウと同じように見送りに来た姫巫女、それにニケもいた。
再開した風士候補学校に休学の届けを出した上での旅立ちである。卒業試験、つまりは風士補になるための試験まで、既に2ヶ月を切っていた。旧大陸にあるユマの故郷まで行って来るとなると、卒業試験までに帰って来るのは到底、不可能だった。
「その後はどうする?ファス」
クロウの問いに、ファスは首を傾げ、笑った。
「ユマ様次第かな」
「お前らしいな。ところでファス。お前、印可の力、使えるようになっているだろう」
「判る?」
「本当ですか、ファス」
姫巫女が驚いて訊ねる。
「はい」
「轟風だろう?」
断言するようにクロウが訊く。
「よく判るね」
「なぜ判るのですか?クロウ。私は、ファスなら疾風かと思っていましたが」
「コイツ、こう見えて頑固で、自分がこうと決めたことは絶対に譲りませんからね。疾風よりも轟風の方が似合ってますよ」
「きっかけは、何だったのですか?」
「ユマ様ですよ。姫巫女様」
姫巫女の脳裏に閃くものがあった。
「あの時、ですか?」
「はい」
姫巫女の言わんとするところを察して、短く答えて、ファスは笑った。
「さて。あたしもこれからどうするか、そろそろきちんと考えないとな」
遠ざかっていくファスとユマを見守りながら、ニケは呟いた。ニケは神槍を西ナリス王国の神殿に奉納し、当面は姫巫女の護衛として王都に滞在することにしていた。しかし、既に父も母もない故郷に帰る気にはなれず、何かこれと言ってやりたいこともなく、この後どうするか、彼女はまだ決めかねていたのである。
ニケの隣で同じ様に二人を見守っていた姫巫女が、ふとニケを見上げた。
「ニケ様」
「ン?なんだい?」
「己が歩む道を選ぶことは、いつでも、幾つになっても、出来ることです。長い旅が終わったのです。今は当地で、ごゆっくりとお休みくださいませ」
ニケは姫巫女をしばらく見つめていたが、不意に、蕩けるような笑みを浮かべて彼女に応えた。
「そうですね。それでは、お言葉に甘えてゆっくりさせて貰うことにしましょう。せっかくの10年ぶりの休みですから」
それが、今朝のことである。
「父様の話だとね、狂乱はかなり大規模な術を王都に仕掛けていたらしいの」
そう言ったのは、クロウの隣に座ったヒロである。
「土の精霊を使った術で、すぐにも使えるようになってたって。もし術が発動していたら、王都がそっくり地中に飲み込まれていたかも知れないって。
どうして使わなかったのかしら」
「爺さんには爺さんの事情ってモンがあったんだろうよ。『完璧な世界』の写本を手に入れることを優先したとか。ま、あんな怖い爺さんが何を考えていたかなんて、オレにはさっぱりだけどな」
さして興味なさそうに、ジョッキを手にしてクロウは応えた。そしてそれきり、彼らが狂乱の魔術師を話題にすることは遂になかった。
杯が進み、そろそろ宴も終わり、という頃になって、リムが椅子に座り直し、クロウをまっすぐに見た。
「報告しなければいけないことがあるの。お兄様に」
クロウは口に含んでいたビールを噴いた。
「お、お兄様だあ」
「うん。あたし、神官見習、やめるから」
ぽかんとクロウが口を開く。
「と言うか、あたし、神殿を追放になるの」
「追放って、それは、つまり」
喘ぐように言ったクロウの隣で、ヒロが歓声を上げる。
「おめでとう、リムちゃん」
「ありがとう、ヒロ姉さん」
顔を真っ赤にしてクロウが立ち上がり、リムの横で顔を伏せたままのディオンを睨みつけた。
「ディオン。テメエ。リムに手ぇ出しやがったな」
「いや、その。えへへ」
「えへへじゃねぇ!!テメエ、表へ出ろ!!」
「ダメよ、チィ兄!そんなこと、あたしが許さないから!」
リムに庇われたディオンが、更にエヘヘと笑う。
クロウは振り上げた拳の下ろしどころをなくして、地団駄を踏んだ。
「またオレが、父上と大姉に、ぶん殴られるじゃねぇか!」
あははと、ヒロが腹を抱えて笑う。
酒場中から祝福の声が上がり、あちらこちらで乾杯が繰り返され、クロウただ一人が、穴が開いたままの天井に向かって、いつまでも嘆き声を上げ続けていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
以上で本編は終了し、後はエピローグを残すだけとなりました。
ただし、エピローグだけで5話ありまして、2日後にエピローグ1を、更にその2日後にエピローグ2-1,2-2,2-3をまとめて投稿し、更にその2日後にエピローグ3を投稿いたします。
変則的な投稿となりますが、よろしくお願いします。




