あした、秘密の回廊で*こばなし*発表会
『読んでいただきありがとうございますこばなし』です。
さらっと週末のお供に!
「瑛太先生、笑顔!」
「腕の振りが甘いよっ」
「声出てないっ! 歌詞間違ってるっっ!」
「ひーーー、ごめんなさいいいいい」
毎年ひまわり幼稚園では十二月の第二土曜日にクリスマス発表気が開催される。
瑛太も子供の頃、お遊戯や楽器演奏を披露した。 そう広くないホールを保護者が埋めつくし、独特の雰囲気になるのが珍しく楽しかったのを覚えている。
──しかしまさか大人になってからこんなプレッシャーに苛まれるとは思ってもいなかった。
子供たちの発表が終わったあと、職員による余興がある。 今年はもう出し物が決まったあとに瑛太が赴任してきたので、口を挟めるゆとりもなかった。
そうでなくても、ここに来て落ち着くまで、瑛太の毎日はどたばたを通り越してジェットコースターだったのだから。
「スイートセブンティーン……」
今をときめく二十歳までの女の子アイドルユニットだ。 別にファンじゃない。
今年の職員の出し物は、彼女たちの曲を歌って踊るのだという。
「僕は裏方でいいですよ? 男だし、音出しとかだって先生がみんな出ちゃったらする人いなくなるし」
「それは用務員さんがしてくれるから、心配しないでいいのよ」
心配させてほしかった。 なぜ、自分がこんなことをしなくてはならないのか。
瑛太の手には水玉とギンガムの生地が組み合わされたミニ丈のワンピースが握られている。
これを着て、踊るとは。
そして冒頭の地獄のレッスンにつながる。
お遊戯を覚えるのは苦手じゃない。 しかしアイドルのダンスは何しろ早い。 そして歌いながら踊るというのはかなりキツい。
そのうえ、笑顔。
アイドルという職業を続けられる人は相当のアスリートなのであろう。 肩で息をしながら瑛太は思う。
廉が職員の練習風景を見てしまったようで、裕之に発表会に出ることを知られてしまった。 黙っていようと思っていたのに。
おまけに馬場にまでばれてしまった。
見たい、とは言っていたが、当然関係者以外は入れるわけがないし、二人とも師走の忙しい時期だ。そうそう自由に出歩けるはすもない。 そんなときだけ、忙しい二人でよかったと思ってしまう。
絢音からは人前に出るのだからと毎朝毎晩、化粧水で肌を整えろと指示が出ていた。 これは顔を洗うついでだからなんとか出来たが、前日に見える部分の体毛まで剃ってこいと指令が出ている。
自分で言うのもなんだが、意外と薄い方だと思う。 腕も脇もぽやぽやと生えている程度なので、実は少し恥ずかしい。
絢音にそう訴えると
「アイドルですよ? ぽやぽやでもあっていいわけないでしょ!」
とめっちゃ怒られた。 はいもう逆らいません。
当日。
どの子供も一生懸命で、間違っても、失敗してもみんなかわいかった。 おうちの人もみんな笑顔で、瑛太はこの幸せな空間に自分がいられることが嬉しくて仕方なかった。
最後の園児たちがステージに上がったとたん、絢音と歌穂に使用していない教室に連れ込まれた。
着ていたものを剥かれワンピースを被せられる。 シャーベットオレンジの水玉とギンガムが瑛太を包んで膨らんだ。
端の方に椅子をおき、そこに座らされる。
「本当にするんですかー……」
「当たり前じゃない。あれをご覧なさいな」
絢音の指すほうを見ると、瑛太と同じ衣装を着た都がいた。
「マジか」
「あっちがあんな面白いのに、負けてらんないわよ瑛太先生、死ぬ気でやってくださいね!!」
いつから勝負になっていたのだろう。 しかも誰と戦っているのかわからない。
ものすごい怖い形相で瑛太の顔にコットンを滑らす二人を見て、もう従うしかないと瑛太は覚悟を決めた。
* * * * * * * * * *
廉の発表には少し間に合わなかった。
裕之が到着したときにはすでに廉がステージに上がっていて、お遊戯を披露していた。
ホールの形をうまく生かしたステージは、職員や子供たちの手で作られたのだろうふわふわとした紙の花に飾られて華やかだ。 隅の方には大きなツリーも飾ってある。
廉と目があって、笑顔がさらに深くなる。
瑛太に出会って廉も裕之も変わった。 廉は何ごとにも積極的に取り組むようになり、家でのおしゃべりも増えた。
友達の名前も何人も聞いた。 遊んだこと、作ったもの、行った場所。 毎日広がる廉の世界。
それと同じくして、裕之の世界も輝き始めた。
殺伐とした毎日。 金と地位と駆け引き、裏切りや下心に振り回される毎日。 動じずに立っているつもりでも、苛立つ日も擦りきれる日もある。
瑛太はそんな毎日に輝きながら降りてきた。
興味本意で廉を迎えに行った夕方の教室で、裕之をとらえたあの瞳を忘れることはできないだろう。
前日、部下を迎えにいかせたとき対面しているのだから、こちらの素性はわかっているだろうに、物怖じもせずきれいな笑顔で挨拶してくれた。
一目惚れなんて子供のすることだと思っていたが、本当に一瞬で彼に落ちてしまった。 運命なんて言葉を使ったら、山田辺りには腹を抱えて笑われそうだ。
「どうも、ご無沙汰してます」
「……あなたもいらしたんですか?」
物思いに耽っていると隣にがたいのいい男が立った。
父兄かと思ったら、ひばりヶ丘署の馬場刑事だった。
大きな問題も起こしていないので稲葉組とはいまのところ良好なお付き合いをしてるが、彼は組対課の刑事だ。
そして、瑛太の幼馴染みでもある。
「関係者以外は入れないんじゃないですか? 今日は」
「ああ、俺卒園生だし。OBっていうの? 園長には許可もらってるしね」
「……そうですか」
何かと瑛太に構うこの男が、実は面白くない。 聞けば二十四年来の付き合いだというじゃないか。
裕之が知りたくても知ることのできない、子供の頃の、ランドセルの、制服の瑛太を知っている。
「腹立たしい……」
「なにがです?」
「いいえ、別に」
廉の出番が終わって、子供たちが引けていく。 一度振り返った廉はこちらに小さく手を振った。子供らしいしぐさに胸が暖かくなる。 あんなことさえ、夏までの廉には見られなかったのに。
次のグループがステージに上がってくる。 色とりどりのさかなの格好だろうか。 光るヒレのようなフリルが愛らしい。
「さ、次だな」
「なにがです?」
「あれ、知らないの? 瑛太たち職員も発表するんだよ」
「……いえ、知っていますが」
むしろお前が知っていたことの方が驚きだ。 裕之は歯噛みするような気持ちで、馬場を見た。 何やらにやにやしている。
「なんですか?」
「いや。あんた、瑛太が何するか知ってるの?」
「……いえ、聞いていませんが」
「くくく……そりゃ、楽しみだ」
いつの間に終わったのだろう、さっきまでステージにいた子供たちが、ギャラリーの最前列に座る。 するとそでの方から年長組の職員がマイクの前に立った。
オレンジ色のミニドレス────それが許されるのは二十代前半までじゃないか────を着ている。
「みなさん、発表は上手にできましたかー?」
はーい、と前の方から元気な返事が聞こえる。
「先生も見ていましたが、みんなとっても上手にできてました。おうちに帰ったらたくさん誉めてもらってくださいねー?」
口々に今日のことを話し出した子供たちを宥めて、オレンジの職員が続ける。
「では、最後に先生たちの歌と躍りを見てもらいたいと思いまーす。みんなに負けないくらい一生懸命練習したので、楽しんでもらえるといいなー。それでは先生たち、準備はいいですかー?」
そでの方から、はーい、と声がする。 私も準備してきます、とオレンジの職員も引っ込んでいった。
「なあ、あんたんとこの若いの、ビデオとか撮ってるの?」
「……ええ」
三台(4K+3D)体制だ。 当然このあとの先生のこともしっかり撮っておくように言いつけている。
「じゃー、ダビングお願いすっかなー」
「……」
誰がするかと馬場から目をそらしステージを見た途端に激しい音楽が流れ始めた。 何が始まったかと凝視していると甲高い叫び声をあげながら、職員たちがなだれ込んできた。 ポジションを確かめてダンスが始まる。
恐らく相当な練習を積んできたのだろう、なかなか揃った動きだ。 しかし……
「瑛太先生、いませんね……」
「はあ? あんた、わかんないの?」
「……え?」
目を凝らしてステージを見つめる。 ……あの、前の列の真ん中よりにいる……あれが?
「あれ、ですか」
「そうそう、頭にお花ついてる子」
嘘だろう。言っちゃ悪いが、他の職員に引けもとらないアイドル然とした立ち振舞い。
視線や手の動きが妙になまめかしい。 心なしか肌もキラキラしているように見える。 クルリと回転すれば短いスカートがふわりとひらめき普段見えない膝の上までが露になる。
……うちのバカどもおかしな角度から撮ってねえだろうな……。
フォーメーションが変わって、瑛太がセンターに来た。なんとソロパートまであるのか。
「本当に上手いな……」
「裏声とかwwww」
「うるせえ、黙ってろ」
おっと、つい出てしまった。 まあ、聞こえていないだろう。
媚びるような角度でギャラリーに視線を投げ、いたずらに微笑む。
このアイドルのオリジナルを裕之は見たことがないが、一人の手が届かない女を一心に応援する野郎の気持ちが何となく理解できてしまった。
また、立ち位置が変わり、今度は二人一組でシンクロした動きを見せる。 これも見事だ。 相手の教員と(もちろん瑛太の方がきれいだ)見つめあったり、微笑んだり本当にかわいい。
前の方で子供たちもキャーキャー言いながら一緒に歌ったり手を打ったりして楽しそうだ。
そしてまた自在に動きながら曲はクライマックスに向かっていく。 歌もハモりや掛け合いをいれながら大サビに入った。
他のメンバーをかき分けて一人がセンターに飛び出してきた。
その姿を認めて会場中のものが目を剥く。 もちろん裕之も。
え ん ちょ う
今までどこにいたのか、恐らく隠れていたのだろう。 突然センターに躍り出てきた園長に、全員の目が奪われ、会場は爆笑の渦になった。
それもそうだ。 彼女は瑛太たちと寸分違わぬミニのドレスに身を包み、頭にリボンをつけている。 そしてそこそこキレのいいダンスを披露しているではないか。
すぐ前に座っている母親は、苦しそうに体をよじって笑っている。 呼吸困難ぎみだ。 子供たちはフロアに直接座っていたからひっくり返って腹を抱えている。
瑛太見たさに駆けつけたのに、最後はほとんど都ばかりしか覚えていない。 なんということだろう。
「園長、マジうけるーーー! 顔、超真剣なんだもんーー!」
「……驚いた」
もう、その感想しかない。 きっと今晩夢を見たなら、瑛太ではなくきっと、衣装のままの都だろう。
「……」
失礼だが、とても嫌だ。
胸のポケットでアラームがなる。 もういかなくてはならない時間だ。
「……それでは私は、これで」
「もう帰っちゃうの? 瑛太に挨拶していけば?」
「いえ、また今度で」
本当は間近で見たかったが、終わるまで待っていることはできない。 後ろ髪引かれる思いで、裕之は会場をあとにした。
「稲葉さん」
玄関を抜け、運転手が待つ車に向かう途中、呼び止められ振り返った。
「瑛太先生……」
立っていたのは瑛太だった。
「いらしてたんですね。廉くんの発表、間に合いました?」
「あ、ああ。半分は見れました」
「あの、こんな格好でごめんなさい。 絢音先生が稲葉さんがいたから行ってこいって言うものですから……」
恥じらってうつ向く瑛太は確かに彼だけれど、まさにアイドルだ。近くで見たらしっかりとメイクされているのもわかる。
まつげはいつもより長く濃く、上に向かって広がっているし、瞳を縁取るラインはラメが入っているのか涙で潤んでいるように見える。
薔薇色の頬、艶めくくちびる、それらが彼の元々持っている明るい色調の髪色とよくあっていて、可愛らしい。
「笑っちゃいますよね、こんなの。もう、出てこなきゃよかった」
瑛太について、笑うでもからかうでもない裕之に、さらに恥ずかしくなったのか「じゃあ、戻ります」と瑛太がきびすを返した。
辺りを見回し、誰もいないことを確認した裕之は、瑛太の腰に腕を回し引き寄せた。 大きく開いたけしからん衿元に顎を乗っける。
「ごめんなさい。あんまり可愛かったから驚いて、感想もでなかったんです。すごくきれいでした。歌もダンスも上手で……たくさん練習したんでしょう?」
「……すごく、しごかれました」
後ろから抱き締められて、瑛太が困惑しているのがわかる。 居心地が悪そうにモジモジしている。
「今日の瑛太先生も素敵です。でも、私は、いつもの瑛太先生が一番好きですよ。ポロシャツにジーンズで、大きな口で笑う瑛太先生に、私は恋したんだから」
腕の中で瑛太が固まった。
男だし、女装がかわいいなどと誉めちぎったら、やはり女の方がいいのかと勘違いされても面白くない。
瑛太の努力と度胸は認めても、自分が好きなのはいつもの彼だということをちゃんとわかってもらわなければ。
「そ、うですか……ありがとうございます」
「いいえ。これから片付けとかまだあるんですよね? 私も仕事です。今度、田嶋たちが撮った今日の動画の上映会をしましょう。来てくださいね」
そう言って裕之はその場を離れた。
きっと、上映会をして裕之がとなりで可愛い、可愛いと誉めても瑛太は一緒に見てくれるだろう。 彼が好きなのは瑛太そのものなのだときっと伝わっただろうから。
ざまあみろ、馬場め。付き合いは短いかもしれないが、俺たちの間にお前のはいる隙間はないんだよ。
思わず鼻唄も出ようというものだ。 さっきのアイドルのオリジナルをダウンロードしてしまおうか。車でガンガン聞いてやる。
冬の駐車場を鼻唄混じりの浮かれた足取りで歩いてくる若頭。 大塚が去ったあと彼のガードに当たることになった井上が、彼を不気味な面持ちで見ていたことは誰も知らない。
どうもありがとうございました!




