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新天地へ  作者: 時坂 圭一
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毒の濾過作用とコンタミネーション

「まあ、いい。我々は今回の実験を行うために、ちょうど良い検体を探していた。好奇心がある者だ。好奇心がないとだめだ。仮に照射が成功しても、行動に移りにくいからな。我々はこの塔から好奇心の強い者を探索していた。そんな時に、お前が引っかかったんだ。お前は新天地という存在に気づいただけでなく、あまつさえ憧れすら抱いた。その強い好奇心が一発でここのシステムに引っかかった。格好の検体だ。覚えているだろう?」

 会社のトイレで見た、あの時だ・・・。あの日。新天地のビル群を美しいと感じた日。ここから出たいと、あそこへ行きたいと強く思った日。わたしが見つめた時、気づいた時、向こうもわたしに気づいたんだ。

 そうか・・・。あの時から始まってたのか、この旅は。

「今の技術だと、近距離ですら正確なイメージは投影できない。ましてや遠距離だと、そもそも何かを投影できるかすら怪しかった。」

男はそこで言葉を切ってわたしを見た。

「よく、ここまで来たな。お前が家を出て通りを歩き始めた時、我々は歓喜した。あの遠隔地まですばらしい精度で照射できたんだ。それがお前の言う、白いピースの正体だ。ずっとお前の頭に照射し続け、お前はそれに従った。」

まるでわたしは教え込まれた道を通って迷宮を脱出しようとしているネズミみたいだ。わたしの旅は結局そんなものだったのか。小さな箱庭でみんなに笑われながら見られていた、そんなくだらない劇だったのか。なにが悔しいって、わたしが自分の意思でそのくだらないイメージとやらにつきあったことだった。

「何回も死にそうになったんだよ。」

「ああ、その時点で実験はもうほぼ終了してたからな。あとはほとんどどうでもよかったんだ。だがまさか、ここまで来るとはな。本当にすごいよ。」

まただ。こいつらと話していると本当に自分が虫かネズミかに思えてくる。それもよくやった虫かネズミだ。よくやった、虫。よくやった、ネズミ。

「じゃあ、なんで新天地に入ってから止めたの?」

男は少し黙った。

「一つは、技術的な面がある。ここ漆黒の石はなかなか透過しなくてね。いろいろ照射するにもいろいろと工夫がいるんだ。ましてや行動の制御なんて複雑なことはまだできないんだ。全く。もう一つは、ここも含め新天地はまた別の機構でいろいろと制御していてね。その兼ね合いで止めた。」

なら、新天地での行動は見られていない・・・?それともその別の機構の方で見られてた?

「いや・・・。」

なにか違う。わたしのことなんかじゃなく、もっと重大な見落としが。それもたくさん・・・。わたしのことじゃなく、もっと全体の・・・、全体のたくさん・・・。

男は黙ってわたしを見つめていた。

「待って待って、えと・・・えっと・・・なにしようとしてるの?」

目の前の男が急に恐ろしく感じてきた。なんでこんなことをこんなに自然に話せるの。

「だ、だって、わたしじゃなくてもできるんでしょう?それ。その実験。それになに?視てるって。あなたたち、自分の住むところの外にまで、なにやってるの?わたしたちの、新天地の外に住むみんなの、知らないところで勝手になにを視てるの?一体なんの権限があって・・・。」

「はははは。やっぱりお前は、このシステムに選ばれただけあるな。さあ、あとは?何がある?何でもいっていいぞ。」

男は楽しそうにゆらゆらと揺れだした。その揺れ方が人間的でなくわたしはまた得も言えぬ恐怖に襲われた。

「ふざけるな!あんたたち・・・。」

あまりにも問題が大きすぎて頭がいっぱいだった。事態はわたし個人の旅や問題なんかよりはるかに大きかった。わたしひとりで対処できるような問題じゃなかった。

「我々は、単なる利己的な研究だけでこの装置を使ってるわけじゃないんだ。お前たちのためでもあるんだ。」

男は諭すようにゆっくりと話した。

「なんでもかんでも見て?変態。」

「視てるだけじゃない。我々は、この塔、中枢区から見える範囲全ての者の好奇心を抑制している。」

知らない間に、なにかされていたってこと?時が止まったようだった。この男の言っている事が理解できなかった。

「抑制?好奇心を?そんなことできるの?」

「ああ、できる。」

「でも、なんのために?」

「いままで、一体何度文明が滅んだと思う。」

唐突な質問だった。

「数えきれない。その度に皆がまた一からやり直す。そしてまた崩壊する。なぜか?それは好奇心があるからだ。お前は抑圧されているから知らないだけだ。本来の好奇心の激しさを。あの、恐ろしさを。自身の身を滅ぼし、文明を滅ぼす。人が生きていくためには、文明が続くためには、こうやって人工的に抑圧し調整してやっとバランスが保たれる。実際、我々がこの抑制を初めて以来、一度も文明の崩壊もなく、静かな世界だ。」

自分の子を見つめるように世界を見渡した。

「好奇心を抑制すれば、皆自分の周囲のことにしか興味がなくなる。行動力が鈍り、毎日の生活でいっぱいになる。遠く離れた場所のことなんて誰も気にしない。自分たちの過去なんて誰も気にしない。お前なら気づいてたんじゃないか?旅の前から、そしてこの旅の先々で、不思議に思ったことがあるだろう?」

「なにを言っているか・・・。」

好奇心と興味。新天地の存在。つまらない会社。自分たちの周りのことばっかりのみんな。誰もあんなに目立つ新天地に興味を示さなかった。新天地で出会ったあのおばちゃんはどうして草原の向こう側を疑問に思わなかったのか。わたしが草原の向こうから来たと言った時不思議そうな顔をしたのか。

 新天地はただの美しいビル群じゃなかった。知らない間にわたしたちはみんなやられていた。会社の人も、あのおばちゃんも。

「あいつも、そうだ。お前にパスポートとその腕時計をくれたやつだ。あいつだって、ここから飛び出したくせに、結局はこの新天地の最底辺で暮らしてただろう?お前は不思議に思っていたはずだ。どうして抜け出したのにまだすぐ近くに住んでいるんだろうってな。私はすぐにわかったよ。」

「どういうこと?」

「新天地は特に、強力に抑制している。ここ、中枢区を守るためにな。だからあいつはここを出た後すぐにそれに絡めとられたんだろう。知らず知らずのうちにな。馬鹿め。中枢区の内部では、好奇心を抑制していないが、その代わりに、まあ、目の前の研究に全ての好奇心を集中させるように、少し工夫している。ここは好奇心の強い者達が集まっているから、制御を誤れば致命的になる。好奇心が他へ向いてしまうことは許されない。ここは、ここだけが、文明が進歩しているまさにその場所だ。ここさえ守れれば、他が短絡的な行動や生活をしていても文明は進歩し続けるんだよ。」

「いまもこの瞬間も、ここの全ての人達に、その好奇心を抑制してるの?」

わたしは天空から下界を見渡した。

「ああ。もちろんだ。常に。片時も止まることはない。」

「そんなこと、本当にできるの?」

「ああ、できる。人の好奇心なんてものは、実は極めて単純な仕組みでできているんだ。だからこそ強力で、恐ろしい。その代わり、制御も驚くほど簡単だった。ただ、ここから見える範囲全ての者に影響を与えるには、それなりの物と技術が必要なんだが、ここはあらゆるものが入ってくるんでね。物も技術も。特にここの技術者たちのレベルは驚くべきものだ。」

「その人たちにも知らせてないんでしょ?このこと。」

「もちろんだ。」

「いつから、こんなことしてるの?」

わたしは大きく深呼吸した。開いた口にここの風が入ってくる。

「いつから?お前が生まれる前、この文明が生まれた直後からだよ。我々も最初は疑っていたが、本当に効果があった。見ろ!この景色を。争いの狼煙は上がっているか?誰かの悲鳴が聞こえるか?兵器は?血の湖は?こんなに静かな世界はない。結局、お前たちはそれでよかったんだ。この世界の歴史を知らず、仕組みをしらず、他に興味を持たず、自分たちだけの間だけで全てを完結させる。お前の住んでいた場所でも、あの工事現場でも、草原に住む鬼も、新天地で暮らす全ての者も、そしてここにいる者たちも。結局はこの広い世界を理解しようと、興味を持つこと自体、我々の許容範囲を超えているんだ。必ずほつれが生まれ、歪みが生まれ、そこから全ての崩壊へ加速していく。局所的な範囲で生きるからこそ、その中で互いに調整し、バランスを取り合える。その結果がこの景色だ。」

男はそこで一息置いた。だいぶ疲れているようだった。

「今回の行動の制御も、その一環だ。ここから好奇心を抑えていても、それでもなお、お前のように好奇心の強い者が現れる。そういったやつらはここに興味を持ち、そしてここへ来ようとする。そんなことは、許されない。ここに来るまでにそいつらの行動を強制的に制御し排除する。その実験のためにお前は選ばれたんだ。本当にうまくいった。お前たちは好奇心に導かれ頭の中で指し示す道に従わざるを得ない。お前たちの性質をうまく利用した、なかなかいいシステムだと思わないか?さすが我々の技術者だ。」

「何も知らない技術者ね。」

 彼も、知らなかったんだろう。いや、彼だけじゃない。ここにいる全てだ。医務室で会ったあいつは、少し知っていそうだったけれど。だからこそ、あいつはあの白いピースの話しで動揺したのか。確かに、あれをこの中枢区で話せるのは、ほんの一握りしかいないだろう。下手したら、ここが崩壊しかねない話だから。しかし、むしろあいつがこんなに重大な話を知ってたって、あいつ相当上に居たんだな。

「ねえ、どうして、わたしにそこまで話すの。」

男は少し黙った。

「こっちへ来い。」

石に当たって砕け散る黒い水を被らないよう慎重にゆっくりと男の方へ歩いた。

「止まれ。」

わたしは黒々と水が溜まる窪みの側で立ち止まった。

「両手をその中に沈めろ。腕までだ。」

男はスーツの胸ポケットをまさぐり、黒い銃を取り出した。

「自分は兵器を使ってもいいわけ?みんなのこと勝手にこんなにしといて。」

「仕方ないんだ。これしかないんだ。さあ!早くしろ!」

男は銃をこちらに向けた。震えている。男を見ると男の身体自体が震えだしていた。

「撃つぞ。」

わたしはゆっくりと体を水溜りに向けた。目の前で見るとよけいに恐ろしかった。死者の世界にそのまま繋がっているような気がした。

 ゆっくりと腕を上げ、真っ黒な水面のすぐそばまで近づける。男の方を振り返ると、銃口から暗闇が広がっていた。男は目を細めてわたしを狙っていた。

「つけろ!」

「ねえ、どうしてこんな」

「いいからつけろ!」

わたしは水溜りに手のひらを広げたまま固まっていた。水溜りはわたしの生命を吸い取ろうと大きな口を開けているようだった。この驚くべき自然現象の渦にわたしの全てを巻き込もうとしているようだった。まるでわたしの旅はここが最後だというように。

 わたしは必死で逆らった。もはやこの男との戦いでなく、このビル、この石の塔との戦いだった。

「いや。いやだ・・・。」

 いきなり後ろからどんと背中を押された。え・・・と思っている間に自分の手のひらが真っ黒な水溜りに沈み、腕がどんどんと呑み込まれて見えなくなった。


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