古の塔で告白を
天井に灯った黄金の光が足下に移り、扉が開いた。
「さあ、僕はここまでだ。幸運を祈る。」
「ありがとう。」
「じゃあね。」
彼は悲しそうに微笑んでいた。どうしようもないことなんだ。わたしも、彼も。
宇宙船の扉が閉まると、くるりと振り返って目の前の大きな扉に向き合った。それはそれは大きな扉だった。高さは二メートルくらい、幅は五メートルもありそうだ。真っ黒な樹でできた扉に、樫の樹でできたような細長い取っ手が両手についていた。
このフロアには窓もなく、黒い絨毯が敷かれ、目の前の扉しかどうやら行き先はないようだった。
さあ、本当の頂上だ。
わたしは重そうな扉に全体重を預けた。
扉は絨毯と擦れながらゆっくりと開いた。
中は大きな会議室だった。奥に向かって楕円形に伸びる一枚のテーブルに沿って、背もたれの高い同じく真っ黒な椅子がずらっと並んでいた。部屋全体には明かりがなく、右側の一面に広がるガラスの窓から光が射し込んでいた。
そしてその窓の側で、スーツを着た一人の男が立って外を見ていた。
逆光のせいでよくわからないけれど、横顔を見る限り五十代くらいの人間のようだった。でも何か違和感があった。けれど目を凝らしてみてもよくわからなかった。
「まったく、待ちくたびれたよ。」
そう言ってやれやれというように窓から景色を見ながらゆらゆらと歩いた。わたしはまだ目を凝らして違和感の正体を探っていた。全体のバランスが変なのかな?似ているのに違う。触手を見た時の何倍もの嫌悪感が背中まで走ってぶるっと震えた。
「どれだけ寄り道すれば気が済むんだ。さっさとここまで来ればいいものを。楽しかったか?」
もしかして、あの医務室のことも。
「いつから気づいてたんですか?」
「気づくか。はは、面白いな。君は。」
「君に見せたい物がある。君が行きたいと願ったところだ。来なさい。」
そう言って会議室の奥の方へ歩き出した。わたしは何も言わず彼のあとを追った。
会議室の奥の漆黒の壁には、細い切り目が入り小さな扉が切り抜かれていた。男が手で押すとくるりと回って真っ暗な部屋が現れた。男がくぐって入ったのでわたしも同じようにして入った。
扉を閉めると柔らかい光が灯き、右手に見慣れた扉が現れた。まだ上があるのか。
じっと待っていると扉が開き、さっき乗ってきたよりももっと小さい宇宙船が現れた。二人が乗り込むと相手と触れ合うかどうかぎりぎりの狭さだった。
宇宙船はゆっくりと上昇を始めた。男は一言も話さなかった。
しばらくすると速度が落ち、がこんと雑に停止した。
扉が開くと、そこは風が吹き荒れる外の通路に繋がっていた。細い通路が奥二、三メートルほど続き、そこで柵が張られて終わっていた。左手側は漆黒の壁がまだ上に伸び、右手は断崖絶壁に沿って銀色の柵が張られていた。感じたこともない遥か下に地が広がっていた。
通路の奥まで行くと、男は左手の壁を見上げた。通路のちょうど奥には梯子が掛けられ、上に続いていた。
「登るぞ。」
男はゆっくりと右手から梯子につかまり登り始めた。
梯子は今朝登った梯子よりも頑丈そうだった。けれど吹きすさぶ風があの時よりも強くそして凍てつく冷たさだった。
手すりを握るとあまりの冷たさに痛みが走った。上を見上げると男は黙々と登り続けていた。わたしは勝手に震える歯を食いしばって後に続いた。
梯子を登っていると、漆黒の石の表面がてらてらと濡れていることに気づいた。よく見ると壁に沿って水が流れていた。
「触るなよ。猛毒だぞ。」
男が下を向いて吼えた。びっくりして手を放しそうになった。
目を凝らしてもなんてことのない水のようだった。それにしても一体どういうつもりだろう。なぜ注意したのか?てっきりわたしを、どうにかするつもりだと思っていたのに。
あっという間だったのか、それとも相当登ったのか、気づけばもう梯子が終わっていた。濡れた石に手をつけないよう慎重に登りきった。もう指先の感覚も寒さもなにも感じない。体の震えももう止まっていた。
登ったそこは、正方形に近い平らな場所で、その左奥ではさらにまだ漆黒の石と梯子が細く伸びていた。
男がスーツのポケットに手を入れて下界を見下ろしていた。
男のいる場所とわたしの立つ場所から、幹のように太い漆黒の石が腰あたりまで生え、そこから中空に大きな窪みを作り、そこに真っ黒な水溜まりができていた。そしてその水溜まりから脈打つように黒い液体が流れ落ちていた。
「ここの石は大地の水を吸い上げて大きくなる。自身の成分を水に溶け込ませながら、石全体で地下の水を一番上まで押し上げるんだ。そして自らが押し上げた黒い水を頭から被り、少しずつ少しずつ成長していく。その成分が生きる物全てにとって猛毒になる。このビルができるまでに、何人が死んだか。ここは毒の結晶なんだよ。まあ、石になってしまえば大丈夫だが。」
男は相変わらず下界を見下ろしていた。
「じゃあ、この水って・・・。」
勢いよく吐き出し続ける水溜りを見つめた。
「ああ、そうだ。今も大地からここまで汲み上げている。」
地下の水をこの高さまで吸い上げているなんて、信じられない。
「ここは、本当に、すばらしい場所なんだ。」
男はそこで振り返ってわたしを見た。
初めてまじまじと男の顔を見た。触手もない。普通の、五十代くらいの人間の顔だ。なのに、その顔を見た時に猛烈な吐き気に襲われた。生理的な嫌悪感。わたしの身体のどこかが彼の異変に気づいている。
思わず顔を背けて息を整えた。男は気にしていないようだった。
「お前はさっき、いつ気づいたのか聞いたな。」
わたしは男の顔をみないよう俯いたまま「ええ。」と答えた。
「気づいたんじゃない。最初からお前を監視していた。」
「最初って?」
わたしは振り返った。どこからだろう?このビルに入る前から?彼と会っている時から?
「最初は、最初だ。お前が会社に居た時からな。」
最初から。わたしの旅の最初から。
「え・・・。」
「はは、そうだよ。君が会社にいた時から、君はここに来るように誘導されていたんだよ。」
「何を言ってるか、」
「まあ、端的に言えば、君の言う白いピース、ジグソーパズルのピースだったか?そんな風に見えるんだな。それだよ。そのために、我々の実験の検体になったのだ。君は。」
「実験?何の?なんでわたしが?」
わたしの旅は。この旅の意味は。
男は舌打ちした。「質問が多いな。」
「なあ、見てくれ。」
男は腕を広げてみせた。凍てつく風がスーツの袖を激しく打つ。
「お前ならどうする?この高さがあったら。
この高さを利用しない馬鹿なんていないだろう?ここはただのビル、無用な石の塔なんかじゃない。ここならなんでも視ることができる。我々はずいぶんも前から、ここを利用し、あらゆる波長を照射して様々な実験を行ってきた。この一番高い所でな。」
男は梯子の上を指した。どうやらそこが本当の頂上、てっぺんらしい。
「その中でまあ、君は行動の制御に関する実験に関わっている。特に相当遠隔地の生物をどれだけ正確に制御できるか、そこが知りたかったんだ。」
視る?なにを見る?行動の制御?なぜ?最先端の研究とやらの一環?疑問が次から次へと湧いてくる。でも一番聞きたいのは。
「じゃあ、なぜわたしが、その検体に選ばれたの?」
「ふむ・・・。」
男はしばし考え込んでいた。黒い水は相変わらずごぽごぽと吹き出し、鋭い風がわたしたちに吹きつけてきた。ああ、ここは人が来てはいけない場所だったんだとふいに知った。天空で繰り広げられる自然の出来事に、ちっぽけなわたしたちは関わっちゃいけない。
男はちらとわたしのほうを睨んだ。そして大きくため息をついた。




