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1-8

 ――そして翌朝。

「こ、これは……!」

 カイル様の頓狂とんきょうな声に、わたしも目を覚ました。

「カイル様……大好き……」

 わたしはカイル様の頬におはようのキスをした。

「ロージー、僕達……?」

「どうしたの? なんだか顔色が……飲みすぎたのね?」

 水差しから水を汲んで渡すとカイル様は一気に飲み干した。

「その、……昨夜はどうしてたんだっけ?」

 わたしは首を傾げてカイル様の目をのぞきこむ。

 カイル様はしばらく斜め上の何かを見るような目付きをして、しまいに頭を抱え込んだ。

「いやだ、ひどいわ。おぼえてないの?」

「ごめん。飲みすぎたみたいだ。本当にすまない」

 ここで気の利いた嘘でも飛び出すようなら、わたしは真実を伝えていたかもしれない。それなのに、カイル様はごまかしもせず謝ってくれた。その誠実さがわたしの背中を後押ししてしまったのだった。

「わたし、もう恥ずかしくてお嫁になんて……」

 父様の小説でおぼえた台詞をそのまま言ってみた。コウノトリさんに顔を覚えられて、将来の旦那様に告げ口されるのが怖いという意味なのだろう。

「やっぱり、その……。僕ら……」

「わたしはあなたさえよければかまわないと思って……。とっても優しかったのに……」

「ごめん、僕はなんてことを……」

「いいの、忘れて。あなたの苦しむ顔なんて見たくないわ。だからわたしは修道女にでもなって、昨夜の思い出だけを噛みしめて幸せな余生を送るわ」

「だめだ、十六で余生なんて言葉を出すようじゃ幸せなはずないじゃないか。責任をとらせてくれ」

「そんな言いかたってないわ。わたしを愛していないなら優しいことを言わないで」

 わたしを愛していないなら正解を教えてあげる。本当はコウノトリさんなんか来ていないのだから。そんなことを考えるわたしを真っ直ぐに見て、カイル様は言った。

「僕はロージーを愛してるよ。ずっと君が好きで好きでたまらなかったんだ。でも君みたいな若い女の子の恋なんていずれ冷めるだろうと思って……。僕は怖かったんだ……。どうせ振られるなら最初から君に夢中になんてならないほうがいいって、大人ぶって君から目をそらしていただけなんだよ。だから愛しいローズマリー、僕と結婚してくれるかい?」

 わたしは嘘によって一人の男性の人生を変えてしまった。わたしの頬を伝う涙は、待ちこがれた「愛してる」の言葉だけに向けられたものではなかった。

「カイル様……。わたし、頑張っていいお嫁さんになるわ。後悔なんてできないくらいに」


 ――それから数ヶ月が経って、カイルとわたしは世界中を旅していた。わたし達の国では十八になるまで婚姻が認められない。それまでの間、歳の差があるカップルには祖国での暮らしが窮屈だったから、こうして長い婚前旅行をしていたのだ。

 カイルは所属していた事務所を辞めて我が家専属の弁護士になった。仕事まで奪ってしまうのは気が引けたけど、母様いわく

「踏み出した以上はカイル様を幸せにしてあげるのよ」

 とのことだった。もちろん、カイルを幸せにすることに異存などなかった。

 ロマンチックな気分の夜には、なぜかカイルがいやらしいことをしようとして驚いたけど、婚姻が成立するまでは我慢してもらうことにした。それまでの間にこの『おかしな病気』にも付き合ってあげる覚悟をしなくては。『病める時をも一緒に乗り越える』と誓うのだから。

「じゃあ、日が暮れる前に迎えにきますんで、ごゆっくり!」

 船頭さんがニヤニヤしながら手を振って岸壁を離れてゆく。

 わたし達はとある無人島に来ていた。

 青々と草木が生い茂る(おいしげる)小さな島。雲一つない高い空。カイルは釣り竿をかついで少年のような笑顔を浮かべている。反対の手はホテルを出てからずっと、わたしの手を握ったままだった。

「歳をとってリタイヤしたらのんびり釣りでもと思っていたけど、こんなに早く来られるとはね」

「お仕事が恋しくなる?」

「ああ。たまにね」

「じゃあ、結婚したら二人で父様の慈善事業を継いでみましょうか?」

「そうだな。君の父様ほどの活躍が出来るかどうかはわからないけど、やってみる価値はありそうだ」

「きっと父様も喜ぶわ」

 カイルがわたしの手を引いて山の方角へと歩き出す。

「あら、釣りをしにきたんじゃないの?」

「ああ。でもその前に行っておきたいところがあるんだ」

 海辺を離れてしばらく山道を歩くと、ボロボロに朽ち果てた教会があった。近付いてみると、その教会は無数の木々に貫かれ(つらぬかれ)、森の一部になっていた。建物の中から鳥達の歌声が聞こえてくる。

「なんだ、聞いたイメージとはだいぶ違うな」

「でも、素敵なところね」

 つないでいた手を放して、カイルはポケットから小箱を取り出した。

「この前寄った店で見付けたんだ。高価なものじゃないんだけど、婚約指輪がまだだったから」

 いぶした銀色の指輪には赤い五芒星が刻まれていた。

 カイルがわたしの左手をとり、薬指にはめてくれる。迷いもせずに上下逆さまにして。

「カイル……あなた……!?」

 カイルは逆五芒星のことを知っている……。本来不吉とされる逆さ五芒星のことを。

「ごめん、僕はウィザードじゃないよ。でも、君はウィッチなんだろ? だからきっと似合うと思ってね。なんでも高名な魔女が身に付けていたものらしいから」

「どうしてそんなことを?」

「母様が酔った時に教えてくれたんだ。『すごい魔法を使うのよ』ってね」

「もう、母様ったら……。でも、気味が悪くないの? 気の毒な娘だと思わなかった?」

「大丈夫さ。僕はもう君の魔法を経験済みだからね」

「……どういうこと?」

「その若さで弁護士の僕を罠にかけただけでも驚きなのに、気付いた後も君から離れられないなんて、これはもう立派な魅了の魔法だよ」

「……気付いていたのね。……それも母様が?」

「そうか、やっぱり母様と結託していたんだな。でも、僕が気付いたのは状況証拠のほうさ」

「状況……証拠?」

「そうさ。まず第一に、君はあれ以来苦いサラダはおろか、料理に失敗したことが一度もないということ。第二に、いくら僕が酔いつぶれたからといって若い娘のベッドを貸す親がいるだろうか? ということ。さらに決定的なのは……君が『例の営み』について具体的には何も知らないことだ。コウノトリが赤ん坊を連れてくると信じてる子が、どうやって『傷物』になったんだい?」

 目に涙がにじんできて、わたしはうつむいてしまった。

「罠だったのね……わたしに不吉な逆五芒星を与えて、神の家の前で葬るつもりでここに来たんでしょう? わたしには甘んじてそれを受け入れるだけの責任があるわ。でも、これだけは本当よ。わたしはあなたを愛していたわ。だから、あんな卑怯な真似を」

 後悔の涙が溢れて座りこむと、カイルが肩を抱いてくれた。

「ごめん、責めるつもりじゃなかったんだ。つい職業柄で」

「……許してくれるの?」

「僕が最愛の人を火あぶりにするとでも思ったのかい? 言っただろ? 僕は魅了の魔法にかけられたままなんだ。永遠にね」

 極彩色ごくさいしきの鳥達を証人に、わたし達は改めて婚約し直した。有能な弁護士さんのおかげで後ろめたさから解放され、そのお礼に心からの口付けをする。

「君を絶対に幸せにするよ。……君から給料をもらってる身でこう言うのも気が引けるけど」

「いいの。カイルが幸せなら、それがわたしの幸せだもの」

 わたし達は再び、鳥達も顔を赤らめて目をそらすようなキスをした。

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