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6-7

 魔界が平和を取り戻すと、わたしは魔法術の師匠のもとで修行することにした。魔族といえども、男性との体力差を感じたからだった。パパが送ってくれようとしたが、一人で行こうと思い、こうして先生の家の前にいる。

 そこはパンデモニウムから外れた荒野にポツリと立つテントだった。四角錐しかくすいの薄汚れた白いテントから、全身を覆う黒いローブを着たお姉さんが出てきた。美人ではなかったが、穏やかで可愛らしい人だなと思った。

 お姉さんはそばに落ちているまきを焚き火にくべながら、のんびりと言った。

「よくきたね、ローズマリー」

「なぜその名前を知っているの?」

 お姉さんはふぇふぇふぇと似合わない笑い声を上げた。

「あんたはバフォメット様を呼び出して連れてきてもらったんだろう?」

「あなた誰なの?」

 お姉さんはローブの頭巾ずきんを脱いで顔を見せた。

「どうだい? 見覚えがないかい?」

「……ごめんなさい。わからないわ」

「あの時の婆さんだよ。本が役にたったから、あんたはここにいるんだろう? 立派になったねえ」

「……街で会ったお婆さん?」

「そうだよ、あのまま死ぬのもなんだったから、魔族の小僧を呼び出して徴をもらったんだ。ついでに若返りサロンにも行ってね。どうだい? わしも捨てたもんじゃなかろう?」

「ええ、とっても可愛いわ。じゃあ、あなたが先生なのね?」

「そうだよ、地上にいた頃から魔術を学んで生きてきたからね」

「本物の魔女だったのね。でも、あの儀式をやったらバフォメット様に笑われたわ」

「あれは昔、悪戯で考えた儀式だからね。アンヌ・フローラと二人で」

「姉様を知っているの?」

 先生は暗い空へ遠い目を向けた。

「娘時代の友達だったからね。あの子は地上にくるたびに魔女の輪に加わって、楽しい悪戯を考えたものさ。バフォメット様から聞いたよ。残念なことだね、あんないい子が……」

「……姉様は本当に悪戯っ子だったのね。でも、なぜあの本をわたしに?」

「アンヌ・フローラが夢魔の修行に入る前に、バフォメット様を諦めさせたいと言いだしてね。いい娘がいたらバフォメット様に紹介してやろうという話になったんだよ」

「それがわたしだったの?」

「そうだよ。やっとバフォメット様好みのあんたを見付けた時には、わしも随分と婆さんになっていたがね」

「じゃあ、先生は命の恩人だわ。バフォメット様がいなかったらわたしは生きていなかったもの」

「そのようだね。だが、あんたまで夢魔にしてしまうなんて、馬鹿だねえ、あの二人も」

「本当に馬鹿なのよ。わたしはかまわなかったのに……いまではわたしのパパなの」

「そう上手くいくことばかりではないさ。身をまかせていればいいんだよ。評議員の力を超えるなにかの流れるままにね」

「でも……」

「あんたもバフォメット様も幸せならそれでいいじゃないか。幸せな日々を積み重ねていけば、それが幸せな人生になるんだよ」

 ――それからしばらく、おそろいのテントを立てて先生と暮らし、魔法術を学んだ。剣に魔力をこめて、男性とも十分に戦えるだけの力を身につけた。自分そっくりのゴーストを使役しえきする術や、姉様と遊び半分に研究したという罠も習った。

 帰り着いた自分の部屋で罠やゴーストを試して眠ると、低いうなり声で目が覚めた。パパがベッドのそばで逆さ吊りになっていた。頭をかいて恐縮するパパのそばには、優しくて妙に力強いお花が散らばっていた。


 タナトスちゃんを誘ってお買い物をする機会も増えてくると、さすがにパパにも申し訳なくなって、真剣に物質化を研究した。亡くなった人にそっくりな人形を作れることを売りにして、おばさまの宝飾店の隅で注文を取ると、意外なほどに売れ行きがよく、一時期は寝る間もないほどの大流行になってしまった。

 夢魔術で地上人に取り憑く暇もなく、物質化のオーラ消費が増えると、力をくれていたパパもさすがにぐったりしてきて

「わりいけど、そろそろ自分で狩りをしてくれ。俺はちょっと今は動けねえ。そのほうがいずれはサッちゃんのためにもなるしな」

 と言われ、力を非常に多く持った希少種と呼ばれる地上人のリストを渡された。

 ――しばらく悩んだ末にヒロシマ以来の好き嫌いを克服する覚悟をしたわたしは、旅立ちの時を迎えた。

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