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終章

「じゃあ、行ってくるわ」

「一応、狩りが終わるまでは帰ってこられないからな。狩りを諦めるのは恥とされているんだ。でも、あんまり無理すんなよ。どうしてもだめだったら、悪口を言う奴なんざ俺がぶっ飛ばしてやるからよ」

「わたしを誰だと思っているの? 姉様とルシファ様に愛されるほどのすげー女なんだから、絶対にやり通してみせるわ」

「その調子だ。平和になったが、天界は地上の監視を続けてるからな。気をつけろよ」

「上手くやるわ。つえーパパの娘だもの」

 抱き合ってしばしの別れを惜しんだあと、わたしは紋章を描き、地上へと上がった。


 久しぶりに地上に上がったわたしは、懐かしさから祖国の家を訪ねた。部分的な改装を受けているものの、変わらずに建っている我が家がなんだか小さく見えた。魔界の家やお城に出入りしていたからだと思った。ピンクの髪の地上人などいないと思い、髪と目の色をロージーの色に戻した。

 玄関のチャイムを鳴らすとカイルによく似た三十すぎくらいの男性が出てきた。ダークグレーのスーツの着こなしもカイルそのものだった。

「あの、こちらは……グラント様のお宅でしょうか?」

「ええ、グラントですよ。……あなたはひょっとして。……ちょっとお待ちを」

 一度引っこんだ男性が、ひどく色あせた写真を手に戻ってきた。

「失礼しました。僕はケイン・グラント。この家の当主です」

 ケインさんに握手を求められて応じた。

「わたしは……ローズマリー・エディントンです。ええと……」

「不思議な話だな~。曾祖父母そうそふぼから受け継がれた遺言なんですがね、エディントン家のお嬢さんがきたら、渡すようにと預かっているものがあるんですよ。この写真を見てください。あなたそっくりのお嬢さんが写っているでしょう?」

 そこに写っていたのは、わたしが人間だった頃の姿だった。カイルとの旅行中に、気まぐれで写真館に入った時の写真だった。色あせたセピア色の写真の中では、白いドレスばかりが妙に目立っていた。わたしの顔は今と変わっていないものの、なんだかとても幼く見えた。魔界で暮らすうちに、随分と地上の時間も進んでいたらしい。もう、地上に帰るべき場所などなかった。

 中に招き入れられお茶をごちそうになったあと、多額と思われる現金が預けられた通帳を渡された。何枚かの写真もわけてくれた。

「そっくりなエディントンさんが訪ねてきたら、なにも聞かずにあげなさいってことなんです。どうぞ、お納めください」

「まあ、すみません。いきなり押しかけてこんなことまで」

「いいんですよ。もともとグラント財団はエディントン家の偉業を引き継いで繁栄しているんですから」

「そう、上手くいったのね。よかったわ」

 別れの挨拶をすませたわたしは近くの森で紋章を描き、リストに載っている少年を捜しに日本へ行こうとした。でも、紋章がかたくておでこをぶつけてしまった。

「いたたたた……」

 サタン様の統治下とうちかでは、最近、紋章による移動に大幅な制限が設けられたのだった。それは恥ずかしい行為を防ぐのには便利だが、こういう場合にはちょっと不便だった。

 結局、わたしは空高くまで上がってしばらく飛び、日本についた。


 久しぶりの日本はパンデモニウムにも負けないくらいの、高度な文明を誇る大都会になっていた。ヒロシマの空から母様の家があった辺りを眺めたあと、とある地方都市まで飛んだ。

 目当ての家を確認したあと、カイル達からもらったお小遣いを日本円に両替し、お買い物をしてすごした。

 二人連れのロリータ少女を見かけたが、話してボロが出るのを嫌ってお友達にはならなかった。密かに二人を尾行するとライブハウスに入っていったので、わたしもチケットを買い、中に入った。

 タナトスちゃんみたいなメイクをした女の子みたいな男の子達が繰り広げるライブでは、下手な歌ばかりが繰り返された。それでも美しい男の子が叫ぶ姿やロリータ少女達の熱気に、いつしかわたしも陶酔とうすいしていた。

 楽しい気分になって酒場に行き、カクテルなど飲んでいると、濃紺のズボンに水色のシャツを着て、軍服のものによく似た制帽をかぶったおじさんが色々聞いてきた。

「君、歳いくつ? 名前は?」

「答える必要があるのかしら? レディに名を訊ねたいのなら、先に名乗ってはいかが?」

「ふざけるんじゃない。コスプレもいいが、今は真面目に答えろ。名前と生年月日は?」

「無礼な人ね。食べちゃうわよ?」

「なんだ、酔っぱらってるのか? 免許証か学生証でも持ってないか?」

「身分証のことかしら? 勲章や任命証なら置いてきちゃったわ。なくすといけないから」

「おいおい、変な薬でもやってないだろうな? ちょっと交番まできてもらうか」

「わたしをどこへ連れていくつもり? この恥知らず」

 おじさんはわたしの腕をつかんで立たせようとした。

「おじさま、キスしましょうか?」

 おじさんは少し顔を赤らめてわたしの顔を見た。

「からかうんじゃ……ない」

 目からオーラを放つと、おじさんはその場に崩れ落ちた。

「わたしを口説こうなんて百年早いわよ」

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