6-4
そこへ神の声が轟いた(とどろいた)。
「終わりじゃ。魔界貴族の総意として、降伏の旨受け取った。天使達よ、攻撃してはならん。魔界の諸君もじゃ」
悲鳴とオーラが一斉に静まり、両軍から安堵のため息が漏れた。
「神の命令には背けぬ。命拾いをしたな、娘」
集まっていた天使達が飛び立っていった。
ルシファ様は、もう息をしていなかった。
わたしは血まみれのルシファ様を膝枕して、顔を塗りつぶす血をぬぐってあげた。
「馬鹿ね……本当にお馬鹿さん。あなたの大好きな膝枕よ? ずっとおっぱいを触ってていいから目を覚ましてよ。わたしの可愛い坊や……もう怒らないから……わたしをお嫁さんにしてくれるんでしょう?」
ところどころが柔らかくなってしまった頭を胸に抱いていると、背後から声がした。
「ロージー。これはいったいどういうことです?」
振り返るとさっきの銀髪男性が見えた。
「あなた……父様なの?」
「やっぱりロージーでしたね。さあ、そんな魔族の王を抱くのはおやめなさい」
「この子はなにもわからなかったのよ。悪い宰相にだまされていたんだわ」
「そうですか。しかし、可愛い娘が魔界にいることなど放ってはおけないよ。わたしが取りはからってあげるから、改心しなさい」
「いやよ! わたしは、この子や姉様が愛した魔界を捨てたりしないわ!」
「聞きわけのないことを言ってはいけないよ。さあ、一緒にきなさい。わたしの可愛いロージー」
「わたしはその名前を捨てたのよ。ルシファ様や魔界を悪く言うなら父様だって……」
そこへバフォメット様が降りてきた。
「サッちゃん、この旦那は誰だ? 知り合いか?」
「……ええ、父様よ」
「そうか、会えたんだな。よかったじゃねえか。ところで、あんた死んだんじゃなかったのか?」
「いいえ、わたしは地上からスカウトされて天界にきたのですよ。表向きは死んだことになっていますがね。あなたはロージーの……?」
「ああ、俺はバフォメット。魔界貴族の一員だ。まあ、魔界での父親代わりみたいなもんだ」
「ロージーがお世話になったようで、ありがとうございます」
「ロージーって呼ばないで。わたしは素敵な姉様からサッちゃんっていう名前を継いだんだから」
「いけませんよ。どんな事情があったのかは知りませんが、改心してわたしの可愛いローズマリーに戻りなさい。なぜそんなけばけばしい色の髪にしてしまったのです? それでは本物の悪魔みたいですよ?」
「姉様の髪を悪く言わないで! それに、わたしは本物の悪魔よ! 魔界貴族なんだから!」
「なぜ魔界貴族などに……。君には金髪があんなに似合っていたのに……」
「父様だって銀色にしてるじゃない……」
「天界にきた時に白っぽい姿が好ましいと言われたのでね。髪までは変えなくてもいいと気付いた時には……。そんなことはいいから、魔界の王を放すのです。そして父様にキスしておくれ」
「馬鹿みたい。父様なんて大嫌いよ!」
「そんなことを言うもんじゃねえ。父様と天界に残って幸せになるんだ。一緒に暮らせて楽しかったぜ。……あばよ……嬢ちゃん」
バフォメット様はわたしの腕からルシファ様を引きはがすと、大事そうに抱えて貴族達のもとへ向かった。
「待って! 置いていかないで!」
追いかけようとするわたしの腕を、父様がつかんだ。
「放してよ! 父様の馬鹿! バフォメット様が行っちゃうじゃない!」
「いけません。彼の気持ちがわからないのですか? さあ、父様とこの楽園で暮らしましょう」
ひっかいても噛みついても父様は放してくれなかった。父様は強かった。わたしは抵抗むなしく父様の家に連れていかれた。その途中、ずっと振り返っていたわたしの目には、魔界軍が城に集まっていくのが見えた。陽炎のようにゆらゆらと歪んで見えた。