6-3
「魔界の王よ、立ち去りなさい。あなたに勝ち目はないのです」
銀色の髪をした見覚えのある顔の男性が言った。その男性は亡くなった父様によく似ていた。
「寝ぼけたことを言うな、死ね!」
ルシファ様が斬りかかろうとすると、奥の扉を突き破って光弾が飛び出してきた。そばにいたサタン様がとっさに漆黒の槍で弾いて受け流すと、ビルの天井が吹き飛び、空が見えた。
光弾の飛んできた扉の残骸から小柄なおじいさんと、泣きわめく赤ちゃんを抱いた金髪の女性が現れた。
「メタトロン、もうよい。やはりこれは仕方のないことじゃ」
父様似の男性がおじいさんに道を空けた。
「ルシファよ、同じ評議員としてそなたを失うは残念なことじゃ。だが、これもまた運命。覚悟はよいな?」
ルシファ様の前に立ちはだかってわたしは叫んだ。
「ルシファ様逃げて! 神様、この子を殺さないで!」
神は長い顎ひげを絞るようになでている。とても優しい目だった。
「娘よ、ルシファはほしがりすぎた。暴走する欲望に今も苦しんでおる。楽にしてやろう。よいな?」
「だめよ! ルシファ様に改心の機会を! わたしが生け贄になってもかまわないから!」
「生け贄などいらんよ。だが、もう遅い。これは運命じゃ」
「運命だと? このルシファに勝てる気でいるのか? 死ね! じじい!」
わたしはルシファ様に軽々と突き飛ばされ、ルシファ様の剣と神の手のひらにオーラが満ちていく。
二人の放った光弾がビルを跡形もなく吹き飛ばした。わたしはバフォメット様に抱かれ、空を飛んでいた。
「サタン、おまえ……」
サタン様がずたずたになった鎧姿でルシファ様に微笑んでいた。
「だからだめだって言ったじゃないか。このじいさんに挑むなんてまだまだ早かったんだよ」
「どうして俺をかばったんだ! 馬鹿野郎! 俺が負けるとでも思ったのか!」
「ひよっこがいきがるな。早く逃げろ……」
サタン様は飛んでいられなくなって、墜落していった。数人の貴族があとを追った。
「じじい! 絶対に許さねえ!」
ルシファ様は再びオーラを剣にたくわえだした。
わたしはルシファ様のもとへ飛ぶと頬をひっぱたいた。
「サタン様の言うことが聞けないの? さあ、お尻を叩いてやるから魔界へ戻るわよ!」
「サッちゃんは引っこんでろ! サタンの仇は必ずとってやる!」
「あなたの名前が……」
「今は話してる暇などない! 邪魔ばかりするなら一人で魔界に帰れ!」
「聞きなさいってば! あなたの名前が冥府に……」
「アーリマン! サッちゃんを押さえていろ。だが、変な真似をしたら殺すぞ! わかったな!」
アーリマンがわたしをはがいじめにして、鱗だらけの手が口をふさいだ。
「じじい、どっちが上か教えてやる!」
「愚かな子どもよ」
オーラで青い光の塊と化した剣が神に襲いかかる。サタン様を失ったことで自分を見失っている。
ひらりひらりとかわす神にいらだちの咆哮を上げ、身体じゅうから発散したオーラが近くの庁舎をなぎ倒す。
「許せ、若き王よ」
神がルシファ様を指差すと、ルシファ様の動きが止った。
もはや人とは思えないようなうなり声を上げるルシファ様。黒い鎧が粉々に弾け飛び、幼い裸身がむき出しになった。
「さらばじゃ、友よ」
神の指先にオーラが集まり、白い光がルシファ様の胸を貫いた。
白目をむいて落下するルシファ様が見えた。
アーリマンが鼻で笑った。
「使えねえガキだったな」
わたしは愛しい坊やの代わりに獣になった。
翼を一度しまい、勢いよく飛び出させるとアーリマンの肩に爪が刺さる。
手に噛みつくと、わたしを押さえていた腕が緩んだ。
アーリマンの腕から抜け出したわたしは、メチャクチャに斬りつけた。ぶつかり合った剣が火花を散らし、お互いの武器が折れて落下した。
わたしはかまわず素手で殴った。屈強な筋肉を殴って指が何本か折れた。
「それだけか?」
わたしのみぞおちに拳がめりこんだ。息ができなくなりながらも、その腕に噛みついてオーラをこめた。肉の焦げる悪臭を感じながら、わたしは振りまわされ、アーリマンの悲鳴を聞いた。
目を突かれそうになってアーリマンから離れた。
「娘、殺してやる!」
そこへバフォメット様が叫んだ。
「アーリマン! 死ぬのはきさまのほうだ!」
居合わせた貴族達がアーリマンに集中砲火を浴びせた。
「サッちゃん、行け! あとはまかせろ!」
バフォメット様がうなずくのを見届けて、わたしは空を駆け下りた。
ルシファ様の周りに天使が大勢いて、怖々と覗きこんでいる。その手には光弾が放出の時を待っていた。
わたしはかまわず飛びこみ、ルシファ様を抱いてかばった。
「許して! この子はだまされていたの!」
「そいつのせいで、どれだけの血が流れたと思っているんだ!」
「……復讐はなにも生み出さないみたい。誰かを傷つけても、失った人は帰ってこないわ。天使さんならわかってくれるでしょう?」
「たった今、そいつのために仲間割れをしてきただろう? 少しは気が晴れたんじゃないのか? 見ていたぞ、娘!」
「……虫のいいことを言ってごめんなさい。でも、許して」
「しおらしくしても無駄だ。天使とて許せぬことはあるのだ!」
「わたしを殺して。それで気が済むのなら。でも、この子は……」
「……こんどは天界に生まれてこい、娘」
天使達がわたしを消し去る体勢に入った。
「ルシファ様、ずっと一緒よ……」




