6-2
アーリマンに張り付かれたままのルシファ様が大人の口調で演説を終えると、城じゅうに響き渡るような音と振動が起こった。一斉にみんな窓から外を眺めた。城が浮かび上がり、大きな映写機のような光が空中に紋章を映し出した。城ごと巨大な紋章に飲みこまれると、地上の上空に出た。
白い石の城壁が鈍い光を放つと、壁じゅうに黒光りする流線型の大砲が現れた。
しばらく指示された場所で待機していると、砲撃の音が聞こえだした。窓の外を見てみると、空に大きな島が浮かんでいて、向こうからも白いオーラの砲撃が始まった。城にオーラ砲が当たるたびに、激しい揺れに見舞われ悲鳴が上がった。
「バフォメット様、わたしどうしたらいいのかしら? 宰相殿が張り付いていてルシファ様に会えないの」
「厄介だな。だが、戦闘の混乱に乗じて会う機会もなんとかしよう。ルシファ様をむざむざ冥府になど取られてたまるか」
「宰相殿が余計なことをしたら殺すって……」
「みんながついてる。むしろ、この機会に奴を……。親しい仲間と相談してくるぜ。心配いらねえって」
砲撃によって城を半壊にまでされながらも、天界の街に突撃した。
まぶしく青い空の下、サタン様とおそろいの黒い鎧に巨大な長剣を掲げた(かかげた)姿のルシファ様が、威勢のいい号令をかけた。
「目標、すなわち神と大天使どもはエンジェルタウンの第一庁舎ビルに立てこもっている。一気に攻め落とすぞ!」
魔界軍が割れんばかりの叫びを上げた。みんな続々と武器や翼で武装していく。突撃部隊の後方にルシファ様を取り囲む部隊が続いて隊列が進み始めた。わたし達は殿部隊、つまり列の最後尾を任されていた。
庁舎と呼ばれる白いビルの建ち並ぶ辺りまでくると、待ちかまえていた天使達との混戦状態になった。最後尾のわたし達の後ろから、隠れていた天使達が白い翼で飛んできて、魔界軍は挟み撃ちにされていた。天使達はみんなおそろいの白くてひらひらしたローブをはおり、武器を使わずに直接白い光弾を放ってきた。泣きながら攻撃してくる者もいた。
「バフォメット様……。わたし天使さんを殺すなんて……」
「耐えろ。やらなきゃサッちゃんが死ぬんだ。ここまできたらやるしかねえ」
バフォメット様の目に涙がにじんでいた。こめかみの血管が浮き上がって、とても悔しそうな顔だった。
わたしは涙を拭いながら天使達を斬った。肉を斬る感触に、何度も狂気に陥り(おちいり)かけた。何度か光弾が身体をかすめて火傷をしたが、深手ではなかった。立ち止まって放心状態になったわたしを、バフォメット様が平手で打って正気に戻してくれた。無数の光弾が近付いてくると、バフォメット様は必死にわたしをかばい、大斧で光弾を弾き返した。
「しっかりしろ! ルシファ様を助けるんだろ!」
「そうよ、ルシファ様を助けるんだわ!」
三十階建てほどの第一庁舎ビルの最上階から、巨大な光弾の数々が降り注ぐと、たくさんの仲間達が消え去っていった。自ら光弾に飛びこむ仲間もいた。もはや隊列をなさない混戦状態になったのを見計らって、バフォメット様や友人達とともに一気にルシファ様のいる辺りまで強行突破した。 黒い鎧姿の二人が見えると、わたしは叫んだ。
「ルシファ様!」
「サッちゃん!」
わたし達は一瞬だけ抱き合って口付けると、すぐに背中合わせで天使の攻撃に備えた。
「聞いて、あなたの命が……」
そこへアーリマンが鬼のような形相をしてわたしに襲いかかってきた。
「宰相殿! どうか、どうかご容赦を! これには事情が……」
アーリマンの曲刀を両手の剣でなんとか受け止めた。そのまま押しこもうとするアーリマンの怪力に、くいしばる奥歯がギリギリと音を立てた。
「アーリマン、きさまなにをしている! 俺の大事な人になぜ刃を向ける!」
ルシファ様が間一髪のところで巨大な剣を使い、更なる一撃からかばってくれた。
「夢魔の言うことなど聞いてはなりません。男を惑わすいまいましい女の言うことなど」
「サッちゃんはそんな女じゃない! ひどいことをするなら、容赦しないぞ!」
アーリマンの目が夢魔とは違う緑の光を放つと、ルシファ様は呆けた(ほうけた)表情になった。
「サッちゃん、俺、行かなきゃ。神をやっつけたら、そのまま天界でデートしよう」
「待って! 行かないで!」
ルシファ様はアーリマンに手を引かれ、第一庁舎へと入っていった。そばにいたサタン様がすぐに後を追った。
「俺達も追うぞ! やっぱり宰相殿はなにかおかしい!」
わたし達は第一庁舎に突撃した。群がる天使達にはばまれて何人かの友人が犠牲になった。
ビルの内部には、天使の死体や深手を負った天使がそこらじゅうに横たわっていた。狭い場所ではルシファ様や二人の高官に為す術もなかったのだろう。
「みんな、ごめんね……。あの子はちゃんと叱っておくから……」
階段を見つけると一斉にあとを追って飛び、最上階にたどり着くと、大きな翼の天使達とにらみ合うルシファ様の後ろ姿が見えた。両軍の間には数十歩の距離があり、奥に両開きの扉があった。