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5-10

 それからしばらくの間ルシファ様からのお誘いがこなくなり、バフォメット様との戦闘訓練ばかりが続いた。イライラしてると当たるものも当たらないぞと叱られながらも、それなりに力をつけたわたしは一人での外出を許可された。地上に上がってみたい気もしたが、いつルシファ様から電話がくるかもわからないので、なるべく近場にいたかった。

「じゃあ、行ってくるわ」

「気晴らしにパーッと買い物でもしてこい。ルビーやらダイヤやらをパーッとは困るが、洋服くらいならいくらでもツケておいてかまわんからな」

「ありがとう、いつか得意な物質化でも見つけて返すわね」

「それもいいが、ルシファ様のきさきになればいくらでも返せるだろ。まあ、返せと言うつもりもないがな」

「わたしにお后様なんて……。気が変わってママの誰かに……」

「心配いらねえって。ルシファ様はサッちゃんにぞっこんだぜ? きっとサタン様にお仕置きでもくらって連絡できねえだけだって」

「それだけだといいけど」


 お城に寄ったわたしは「今日はお会いになられません」と断られてしまって、姉様行きつけのロリータ専門店にきていた。わたしの他に全身真っ黒の、とても綺麗な黒ロリさんがお客さんとしてきていた。その子のジャンパースカートには明るいグレーの蜘蛛の巣模様が入っていて、服装全体が切り裂かれたようなデザインだった。真っ黒な口紅をはじめとする不健康そうな顔を、メイクでわざわざ作っているように見えた。

「あ、ごめんなさい」

「いいのよ。あなたが先だった」

 黒ロリータ愛好者同士、黒薔薇の刺繍ししゅうが入ったヘッドドレスの上で手がぶつかっていた。その子の黒く塗られた爪がわたしの手を傷付けた。その子はにじんだ血を指で拭うと、口に含んだ。わたしはなぜだかその光景に見とれてしまった。

「……あなたのほうがきっと似合うわ。どうぞ」

「ありがとう」

 その子の薄い水色をした長い髪には、当ててみているヘッドドレスが本当によく似合っていた。

「とっても素敵よ。ねえ、ここにはよくくるの?」

「買い出し。わたしは地獄人だからたまにしかこない」

「そうなの」

「そうよ」

 ぶっきらぼうな話し方に、とりつく島もないような無表情。気安く声をかけたことを怒っているように思えた。でも、なんだかわたしは諦めたくなかった。怖いもの見たさというのが近かったかもしれない。

 歩いていってしまったその子に追いついて、声をかけた。

「……わたしはサキュバス。あなたは?」

「タナトス。死神しにがみの一族よ」

 タナトスちゃんは振り向きもせずに答えた。

「まあ、死神さんなの? 初めまして、素敵な死神さん」

 タナトスちゃんはディスプレイされているワンピースを見たままつぶやいた。

「サキュバス。わたし達は初対面じゃない」

「あら、どこで会ったかしら?」

「地上。魔族に邪魔されたが、もう少しであなたを刈り取るところだった」

「……お薬を飲んだ時のこと?」

「そうよ。死にたかったの?」

「あの時はね」

 タナトスちゃんが振り返って、突然わたしの目を真っ直ぐに見た。

「命は大切になさい。惜しいと思った時には手遅れということもあるのよ」

 無表情の仮面の下で、わたしを心配してくれている。そう思った。

「……ごめんなさい。それで、わたしをまだ狙っているの?」

「わたしは地上人の管轄かんかつ。それに魔界人を一方的に刈ることなどできない」

「ねえ、もう投げやりになんてならないから、……お友達になってくれる?」

 タナトスちゃんの突き刺すような無表情が、どこか優しくなったように感じた。

「いいわ。よろしく」

「よろしくね。タナトスちゃん」

 ――それきり口をきかないタナトスちゃんに思い切って訊ねてみた。

「あなたはわたしとは少し傾向が違うみたいね? 同じ黒なのに着こなしというか、雰囲気が」

「ゴスロリ。ゴシック・ロリータ。ゴスの要素を取り入れたロリータよ。忌まわしい使命で血に染まった身体には退廃のローブが一番しっくりくる」

「そうなの。退廃のローブだなんて、なんだか気味が悪いわね。……ごめんなさい! わたしったらなんてことを言って……」

「気にしないで。ほめ言葉として受け取ったから」

「そうなの。よかった」

 なにか聞かないとほとんど喋らないタナトスちゃんだったが、試着して見せ合ったりしているうちに仲良しになり、我が家でお茶を飲もうということになった。

「お、早かったな。そっちの可愛い子は?」

「タナトスちゃんよ。お店でお友達になったの。美人でしょう?」

「たしかに、えらいべっぴんさんだな。俺はバフォメットだ。こんどデートでもしようぜ?」

「もう、早速口説くつもり?」

「美女に会ったら誘いの一つもかけないのは失礼ってもんだろ? で、どうだ? タナトスちゃん」

 タナトスちゃんは黙ってバフォメット様を見つめていた。

「いくらハンサムだからって、そんなに見つめたら顔に穴が開いちまうって。さて、俺はちょっくら寝るとするぜ。泊まってくなら好きな部屋を使っていいぜ。なんならこのまま住んでくれてもかまわねえ。美人は大歓迎だからな」

 まだ無表情で見つめ続けているタナトスちゃんの返事を諦めて、バフォメット様は寝室へと上がっていった。

「どうしたの? まさか、バフォメット様も刈る予定だった?」

「いいえ、あんなたくましい人を刈るなんて無理。それにもったいない」

「あら、バフォメット様を気に入ったの? ハンサムで素敵でしょう? とっても優しいのよ?」

「そうね。寝室に行こうかしら」

「そんなに急いではだめよ。バフォメット様のほうがびっくりしてしまうわ」

「残念。あなたの恋人ではないの?」

「ええ、わたしには別に気になっている人がいるわ」

 ――お茶を用意してからもバフォメット様に関する質問が続き、しばらくルシファ様とのことなども話して、タナトスちゃんが帰ることになった。

「ねえ、地獄にはどうやって帰るの?」

「こう」

 タナトスちゃんは身長より大きな恐ろしい鎌を手のひらから発生させた。よく見ると棒の先端に金色に輝く王冠の飾りがついていた。

「あ、それってあのお店で買ったものでしょう?」

「そう。可愛いからつけた」

「素敵ね」

「ありがとう」

 タナトスちゃんは大鎌を振り上げると目の前の空間を大きく切り裂いた。

「それで刈られるところだったのね。恐ろしいわ」

「そうね。あなたを刈らずにすんでよかった」

「ねえ、また会えるでしょう?」

 タナトスちゃんはメモ帳とペンを発生させると、電話番号を書いて渡してくれた。

「いつでも電話して。任務がない時は家にいるから」

 わたしも電話番号を渡すと、タナトスちゃんは空間の裂け目に入っていった。


 ――そのあと、間もなくルシファ様から一通の手紙がきた。

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