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3-6

 目が覚めると、ちぎったティッシュが鼻に詰められていた。サッちゃんがニヤニヤしてわたしの顔を覗きこんでいた。

「サッちゃん……わたしをお嫁さんにしてちょうだい?」

 わたしはサッちゃんに口付けしていた。

「お、とうとう奪ったね? お仕置きだ」

 サッちゃんが猛烈なキスの嵐を浴びせてきた。

 わたしはベッドにヘナヘナと崩れ落ちた。

「たしかに魔界では同姓の結婚も認められているけど、君は一過性いっかせいの感情に流されているだけだ。夢魔術の修行者は師匠に欲情してしまうことが多いんだよ」

「欲情だなんて……こんなに愛しているのに」

「君が本気ならもらってあげたいくらいだけどね、あたしにはダーリンがいるんだ。ごめんね」

「どんな人? 聞かせて?」

「平凡だけどいい奴だよ。物質化が得意じゃないから今は工場で働いてるんだ。結婚したら楽をさせてあげなきゃね。それでも結構ハンサムだし、こんなあたしを引っぱっていってくれる根性者だよ。それに夢魔術にたよらないで釣り上げた大物だからね、ロージーと浮気してる場合じゃないんだ」

「ごちそうさま」

「よし、教えることは大体教えたし、あたしの唇を奪うほどにもなったから、そろそろ実地訓練だ」

「実地訓練? わたしにできるかしら?」

「できるさ。あたしもちゃんとついていくからね。……君が男の子を手込めにしないように」

「ひどいわ、わたしはそんなエッチな子じゃないってば」

「よく言うよ。男の子でも鼻血なんて出す奴は滅多にいないよ?」

「だって、サッちゃんの愛があんまりすごかったから……」

「まあ、それだけの感受性があれば、いい夢を見せられるよ、きっと」

 わたし達は黒いロリータに着替えると、地上に上がった。


 地上に上がってわたしは驚いた。そこは父様からよく聞かせてもらった日本だったからだ。サムライはいなかったが、きものを着た女性やはかま姿の男性がいた。洋服を着ている人達も大勢いたが、わたし達のような派手なロリータなど着ている人はいなかった。

「おおー外国の娘さんじゃ。アイ アム ア ペン?」

 わたしはつい答えてしまった。

「アナタハ、ペンデハアリマセン。ドウシテ、ソンナコトヲ、キキマスカ?」

「わしの英語が通じたぞ! どうだい、大したもんだろ? はっはっは!」

「ワタシハ、ニホンゴガ、スコシハナセマス」

「娘さん日本語が話せるのか、えらいなあ。それにしても、西洋の人形さんみたいだな、あんた達」

 そこへ、サッちゃんがフランス語で猛烈にまくし立て、話しかけてきたおじさんを追い返した。おじさんはちょっとしょんぼりしていた。

「遊んでる場合じゃないよ。あたし達は目立ちすぎてる。職務質問でもされたら面倒だ。さあ、夜になるまで隠れよう」

 わたし達は、人のいない路地裏まで走ると、一気に空高くまで飛び上がり、手頃な山を見つけて森の中に隠れた。

「ねえ、サッちゃん。今まであんまりにも自然に通じていたから気が付かなかったけど、わたしの国の言葉が魔界の人に通じるのはなぜ? みんなわたしの国の言葉で返してくれるわ」

「え? 君それ本気で言ってるの? 今までバフォメットに聞いてなかったなんて……」

「なによ、人をお馬鹿さんみたいに言わないで」

「ごめん、地上人上がりの気持ちってちょっとわからなくてさ。今ね、あたしは魔界語で話してるんだよ? それでも君には母国の言葉で聞こえているよね?」

「ええ、魔界語なんてお勉強したことがないもの。それでもサッちゃんの言葉は理解できるわ」

「そもそも地上人も含めて言葉っていうのはそういうものだったんだ。どんな言葉でも母国語に置き換えて聞き取ったり、相手に合わせて話したりできる。一種の魔力みたいなものだね。普段は無意識に使っているけど意識的に調節できる力だから、聞かせたくない話はさっきあたしがしたみたいに、あえて理解できない言葉にしてやることもできるんだ」

「でも、地上にいた時は外国に行くと言葉で不自由したわ」

「それはね、大昔に天界がなにかしたかららしいんだ。突如として地上人の魔力が奪われた。それ以降言葉を理解し合えなくなった地上人達は、国という意識を強めて母国に引きこもりがちになったんだよ」

「そういうことなら、日本の母様に会ったらいっぱいお話しできるかしら?」

「できるさ。それにしても『ワタシワ、ニホンゴガ、スコシハナセマス』には吹き出しそうになったよ」

「だって、知らなかったんだもの」

「母様に会いたくて勉強したの?」

「違うわ! 会ったら言ってやりたいことがあったからおぼえただけよ」

「仲悪いの?」

「父様を捨てて出ていってしまったのよ、わたしが幼い頃にね」

「会いにいこうか?」

「だって、目立つでしょう?」

 サッちゃんは紋章を描き、薄いピンクと水色のきものを物質化した。同じ花の柄が入った色違いのものだった。わたしにはピンクのほうが渡された。

「ロリータも自分で作っているの?」

「たまに作ることもあるよ。でも自分で作るデザインってどうしてもマンネリになるから、お店で買うことが多いんだ。バフォメットがお金を持て余して買ってくれたりもするし」

「まあ、サッちゃんにまで?」

「あいつは不器用だから、買い与えることでしか愛情表現できないところがあってね。ロージーも遠慮なく付き合ってやりなよ」

「愛情……表現?」

「心配しなくてもバフォメットをとったりしないって。さあ、着替えよう」

「だから違うってば」

「はいはい」

 森の中とはいえ恥ずかしかったので、サッちゃんに着替え用の小さな小屋を物質化してもらって着替えた。

「よし、きものは難しいけどなんとか着られたね。でも、さすがに髪の色を変える必要があるかな」

 サッちゃんがオーラをこめて髪を手ぐしでかき上げると、ピンクのショートカットがみるみる黒髪になった。とはいえ、純洋風な顔立ちのサッちゃんはブルネットと言ったほうがしっくりくる感じだった。

「サッちゃんはヨーロッパの人間だったの?」

「いや、先祖にフランス人上がりがいたらしくてね。あたしは魔界生まれだよ」

「そういえば、さっき地上人上がりの気持ちがわからないって言ってたものね」

「ワタシハ、フランスゴガ、スコシハナセマス」

「やめてよ、意地悪ね。そうだわ、フランス人の血をひいてるからエッチなんでしょ? 進んでるって聞いたわ」

「じゃあ、ロージーもフランス人だね」

「フランス人の先祖なんていたかしら……?」

「冗談だよ。君は真面目だな。なるほど、母様が日本人だからか」

「フランス人のほうがいいわ」

「あたしが美人だから?」

「そうよ、サッちゃんが美人だからよ」

 続いてわたしも黒髪にしてもらった。

「へえー、君って意外と東洋人でも通用するかもね。金髪にだまされてたよ」

「そうなの? 鏡を出してもらえるかしら?」

 サッちゃんから手鏡を受け取って見てみると、たしかに日本にもこういう顔がいないとは言い切れないような東洋人風の顔立ちに見えた。

「髪を黒くしただけで、随分と違うものね」

「これからは黒髪でいけば? すごく可愛いよ? 金髪が悪いわけじゃないけど、新鮮っていうか」

「でも、父様の金髪なのよ……」

「そっか、残念。じゃああとで戻すよ。ところで母様の住所はわかる?」

「わかるわ」

「じゃあ、早速行ってみよう」

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