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ある時、サッちゃんにすすめられてわたしはお風呂に入った。真っ黒なタイルが貼られた狭い浴室の中には黒いバスタブがあり、薔薇の花びらが無数に浮かんでいた。薔薇の香りに混じってメープルシロップのような甘い香りがした。なぜかそのバスタブは二つあり、一つは温かく、一つは冷たかった。わたしは温かいほうに入って満足すると、シャワーがないのでそのまま扉を出ようとした。
「……開かないわ」
ノブをひねって扉を揺すってもびくともしなかった。扉が赤い光を帯びているのを見れば、犯人は明白だった。
「サッちゃん! 意地悪しないで! 開けて!」
足音が近付いてきた。
「説明してなかったね。その温かいバスタブと冷たいバスタブを交互に入るんだ。そうすればのぼせなくてすむし、オーラの魔力をかけてあるから美肌効果もあるよ。嬉しいでしょ?」
「それは嬉しいけど、なぜ閉じこめるの?」
「しばらく集中的に入って香りを染みこませるんだ。その香りには汗や肌の香りに加えて異性を誘惑する力がある。魔族の身体は汗をかいても時間が経つと浄化してしまうから、その香りを足しておいたほうがいいんだ。だから、一生消えないくらいに染みこませておきなさい。たまに様子をうかがいにくるから一人でおいたしちゃだめだよ? じゃあね」
サッちゃんの足音が遠ざかっていった。
わたしは観念して温かいほうに入りなおした。サッちゃんが変なことを言ったのと心地よい香りのせいで、いけない気分になった。でも、サッちゃんのことだから魔力で監視しているかもしれないと思い、おとなしく交互に入り続けた。
拷問のような入浴に疲れはて、わたしは冷たいバスタブの中で動けなくなっていた。香りと熱気で吐き気がした。吐き出せない魔族の身体がありがたかった。蒸した浴室で吐いてしまったら、それこそ拷問だったから。
――さらにしばらく経ってサッちゃんの足音がした。扉を開けることもなく、サッちゃんは壁をすり抜けて入ってきた。
「あがってごらん」
やっと出してもらえる、とヨロヨロ立ち上がりバスタブの横に立つと、サッちゃんがわたしの身体じゅうをクンクンと嗅ぎ(かぎ)まわった。
「ちょ、ちょっと……。サッちゃん、恥ずかしいわ……」
「よし、もういいだろう。お疲れさん。ついでに壁を抜ける術を教えてあげよう。これも夢魔術の秘伝の一つなんだ。地上人宅に忍びこむためのね」
説明を聞いたわたしは壁を抜けてリビングに出てしまった。浴室のほうからサッちゃんが歩いてくる。
「なかなか絵になるね。そのまま裸でいなよ。あたし達だけだから」
「もう、意地悪!」
「ちょっと待ってて」
サッちゃんは寝室から黒いロリータ衣装一式を持ってきた。黒い姫袖のフリルブラウスと黒いスカート、その他に下着やヘッドドレスもあった。そのスカートのお尻の上には大きなリボンがあり、段になったフリルとの組み合わせがとても可愛らしかった。
「だまし討ちのお詫びにこれをあげる。きっとあたしなんかより似合うよ。君は女の子ちゃんだからね」
「ありがとう、とっても素敵ね」
「君に服を着せちゃうのは惜しい気もするな。あ、下着は新品だから安心して。それとも、あたしのがいい?」
「……サッちゃんの変態」
「冗談だって。洗濯かごあさらないでよ?」
「いらないってば!」
裸で待たされてすっかり乾いてしまった身体に黒い新品の下着を着けた。新品とはいえサッちゃんのサイズのブラジャーには、かなりのゆとりがあった。これではヘッドドレスと同じで、飾りにしかならない。そんな余計なことをなるべく考えないようにして黒いロリータを着る。ヘッドドレスの結びかたを教えてもらい、頭に載せた。中に仕込んだパニエでスカートが膨らんでいる。サッちゃんと似たような服装になって、わたしはなんだか誇らしい気持ちがした。
「うん、やっぱりよく似合うよ。君みたいな乙女が着ると、ロリータがいっそうロリータになるね。鏡を見てごらん」
わたしはリビングの隅にある姿見の前に立った。地上で着ていたどんなドレスよりも、しっくりきているように思った。ふと自分の顔が少しお姉さんになった気がした。
そんなことを思っていると後ろから手がまわってきて、わたしの胸をつかんだ。
「なにをするの? ……ごほうび?」
「あはは、すっかりロージーもエッチな子になったね。しっかりプライドを持って生きなければ夢魔術もロリータも無駄になってしまうよ。ロリータは女の子のプライド、あたしはそう思ってる。……なーんてね。自分なりの哲学を持って着てる人もいるみたいだよ」
「かっこいいことを言っても、この手はなによ?」
「違うごほうびをあげるよ」
サッちゃんの手が赤く光ると乳房が熱くなり、張ってきた。
「このくらいでいいかな? 触ってみて」
触って確かめてみると乳房が大きくなっていた。母様のように豊満とはいかないまでも、これでバフォメット様にからかわれずにすみそう、というくらいに。柔らかな感触を確かめていると、目から熱いものが込み上げてきた。
「泣くほど悩んでたの? ぺったんこも可愛かったのに」
「ぺったんこって言わないでよ。ママになれないかと思って本気で悩んでいたんだから」
「小さくてもそれは問題ないんじゃない? でも、せっかくだからもっと大きくする? あたしはそれくらいのほうが無難だと思うけど」
「いいの。これくらいがいいわ。大きいと肩がこるって母様が言っていたし」
「まあ、魔族の身体は肩こりなんてしないけどね。方法を教えるから飽きたら自分で調節しなよ」
方法を聞いて、わたしはサッちゃんの胸をぺったんこにしてやった。
「あ、やったな? これでどうだ」
わたしの胸が、重みで立っていられないくらいに大きくなった。
「やったわね? せっかくのお洋服がやぶれてしまうじゃない」
しばらく膨らんだりしぼんだりして悪戯に飽きたわたし達は、各自ちょうどいい大きさに戻して眠ることにした。弾けてしまったブラジャーの代わりに、仕方なく新品じゃないブラジャーをもらって着けた。
「これもあげるよ」
受け取った黒いベビードールを着てわたしはベッドに入った。
――ウトウトしかけると、サッちゃんが胸に座った。
「……なにをするの?」
「あ、まだ眠ってなかったのか。失敗失敗。これも修行の一つだよ。君が男の子に見せることになる夢のお手本を見せようと思ってね。せっかくだから説明しちゃうけど、まず胸に座る。これが一番やりやすいからね。そして、自分で作った愛の映画を念じるんだ。精気を吸い取ることもできるし、与えたり膨らませたりもできるよ。夢の中で上手く……振る舞えばね」
「わかったわ。でも気になって眠れないじゃない」
「じゃあ眠らせる術も教えてあげよう。あのお風呂で染みこませた香りにも若干の催眠効果はあるんだけど、寝ようとしてる人に効果があるかないかという程度なんだ。それよりも相手をボーッと惑わす(まどわす)ための効果が目的だから、それはいいとして、眠らせる場合は相手の目を見てオーラを目から放つんだ」
「オーラを目から? 目にオーラなんて……。ためられないわ」
「ちょっと目を閉じて?」
目を閉じると、一瞬まぶたの中が光った。
「夢魔の目になったよ。色は、まだいいか。あたしに試さないでね? はい、鏡」
サッちゃんから手鏡を受け取った。
「上手くいったら眠ってしまうの?」
「そのとおり。それじゃあ、しっかりあたしの夢を研究するんだよ。おやすみなさい」
「優しくしてね」
「ロージーのエッチ」
オーラを目に集中させると、鏡に映った自分の目が赤い光を放った。




