特別じゃないけど
彼もわたしも出不精だったし、電話やメールもマメにするタイプではなかった。どこか電話で話すのが苦手だった。わたしは彼の姿が見えないことがどことなく、不安だったのかもしれないし、彼は彼でわたしがどんな顔をして話をしているのか心配だったのかもしれない。
そんなふたりだから、こういうときには、もう、どうにも出来なくなってしまう。
互いに気遣って、なんだか電話をすることができない。会いたいとただ一言、それだけを伝えればいいのに、なにか用事がないとかけては電話をしてはいけないような錯覚に陥って……もしかしたら、そういうフリをしていただけなのかもしれない。できない理由を探すことを探すのは簡単だと、つい、この前部長に叱られてばかりだった。
「本当、簡単だよね」
ともすればわたしは、その日の天気のせいにして、暑いから、寒いから、風が強いから、雨が降ったからと、出来ない理由をこじつけては、そのくせ、彼から電話がないかと、四六時中携帯の着信履歴を気にしている。彼は3回鳴らして相手が出ないときってしまう。まず、留守電に吹き込むことはしない。そういうことが苦手だという彼には、きっと留守電にかんするいやな思い出があるに違いないのだと、勝手に決め付けたわたしは、つまりは、そういうことも出来ない理由にしているだけなのだ。
出会ってちょうど一年。それにいったいどんな意味があるというのか?
再び待ちはクリスマスの準備で華やいでいる。しかも来年は2000年、なにかとミレニアムなのだ。
「先輩はクリスマスの予定、どんな感じなんですか?なんかすごい一流のホテルに予約がとってあるとか?」
サッチンは、なにやら壮大な勘違いをしているようだ。
「ないない、そんなのあり得ない。だってほら、今年は何が起きるかわからないでしょう?」
「Y2Kとかいっても、結局何も起きないんじゃないですかねー?でも一応、預金口座から少し大目にお金は下ろしておこうかと思ってますけど」
「そうねー、そのくらいはしておいたほうがいいかもね」
「あれ?なんか先輩つれないですね。なんかぜんぜんノリが悪いんですけど」
「そう?いつもどおりよ」
「うそ、なんかあったでしょう?」
「ど、どうしてあんたはそうやって平地に乱を起こしたがるかね」
「だってつまんないんだもん」
「お?なんじゃそれは」
「だって、先輩、最近一緒にご飯食べに行っても、我ここにあらずって感じで」
サッチンの洞察力の高さは恐ろしい。これが俗に言う女の感というヤツなのか。わたしも少し見習いたい。
「あ、あの、幸恵さん?わたくしのどこが、我ここにあらずとおっしゃいますの」
サッチンの目が一瞬輝く。
「先輩!そうこなくちゃー!」
「どうにも疲れるなぁ……」
「もしかして、先輩、倦怠期?」
「なんと!」
「これぞミレニアム倦怠期ですねー!」
「こらこら、なんでもミレニアムつければいいというものじゃないし、だいたい、ひとつもめでたくない!」
「あ、やっぱ否定しないんですね」
「うっ……イタッ!、いたたたたた」
「あのー、もしよかたっら、年末はどこかでパーッとやりませんか、ミレニアムだし」
「そ、そうね、パーッとやりましょうかね……なんかすっかり乗せられた感じだけど」
「のせられたら飲めよ!飲んだら乗れよ!」
「どういう標語だよ、不謹慎な」
「肉、肉、ニク、ニク」
「あー、もう聞いちゃいない」
「やっぱ、肉ですよ、肉」
「わかった、わかったから、いつものメンバーに声かけておいて、わたしはいつでもOKだから」
「あれ?いつでもOKなんですか?」
「そこを突っ込むな!そこを!」
「あいー、じゃー、そのあたりは、今回の呑み会……じゃない焼肉会の酒の肴ということで」
「あー、もう、煮るなり、焼くなり、あぶるなり好きにしてちょうだい!」
「ラジャー!」
わたしはサッチンと話をしている間も、携帯をいじって、着信履歴を確認していた。彼から携帯に電話があったのは、もう、一月も前になる。わたしは思い切って彼に電話をすることにした。会社の女の子たちと焼肉を食べにいく約束をしたので、それ以外の日に、うちに遊びに来ない。肉じゃがに負けない料理を作るから。たった、それだけのことを電話で話をするのに、それから3日を擁した。来週の土曜日という約束を取り付けて、ほっとするわたし。
最後の晩餐は、こうして訪れた。