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最終話 彼女が眼鏡を外すとき

朝の光が、静かに差し込んでいた。


エレナは鏡の前に立っていた。


純白のドレス。


丁寧にまとめられた金色の髪。


いつもより少しだけ華やかな髪飾り。


鏡の中には、見慣れないようでいて――どこか見慣れた自分がいる。


そして。


いつもなら、その顔には眼鏡があった。


けれど今日はない。


エレナは鏡の中の自分を見つめ、そっと笑った。


「……本当に、今日なんだ」


今日。


自分はアレクシスの妻になる。


そう思うと、胸がいっぱいになる。


嬉しくて。


少し緊張して。


そして――幸せだった。


やがて、扉の向こうから声が聞こえた。


「エレナ様。そろそろお時間です」


「はい」


エレナは最後にもう一度、自分の姿を鏡に映した。


そして、小さく息を吸う。


「行こう」


扉が開く。


その先には、大切な人が待っている。


***


式場には、家族や友人、これまで二人を見守ってきた人々が集まっていた。


そして。


祭壇の前に立つアレクシスは、いつもの仕事のときとはまるで違っていた。


少しだけ緊張している。


それでも背筋は伸びていて、いつものように凛としている。


ただ――。


エレナの姿が見えた瞬間。


その表情が、ほんのわずかに止まった。


「……」


アレクシスは、言葉を失った。


純白のドレス。


長い金色の髪。


そして――眼鏡のない顔。


いつも見ていた彼女とは、少し違って見える。


けれど。


違う人ではない。


自分が知っているエレナだった。


真面目で。


優しくて。


少し恥ずかしがり屋で。


可愛いものが大好きで。


仕事になると誰よりも真剣で。


自分のことを、いつも静かに支えてくれた女性。


アレクシスの胸が、熱くなる。


エレナがゆっくりと歩いてくる。


そして、彼の前で足を止めた。


「……アレクシスさん」


その声を聞いた瞬間。


アレクシスはようやく息を吐いた。


「……綺麗だ」


エレナの頬が、ほんのり赤くなる。


「……眼鏡を外しているからですか?」


少しだけ冗談めかして尋ねる。


アレクシスは首を横に振った。


「違う」


そして、まっすぐ彼女を見る。


「君だからだ」


エレナの目が、少しだけ潤む。


アレクシスは続けた。


「眼鏡をかけている君も好きだ」


「……はい」


「外している君も好きだ」


「……はい」


そして。


「私が好きなのは、そのどちらでもない」


エレナが顔を上げる。


アレクシスは、静かに微笑んだ。


「エレナという人、そのものだ」


胸の奥が、いっぱいになった。


エレナは笑った。


今まで何度も見せてきた笑顔。


けれど今日は、少しだけ違う。


肩の力が抜けた、心からの笑顔だった。


「……ありがとうございます」


アレクシスは手を差し出す。


エレナが、その手を取る。


二人の指が重なる。


そして、指輪が交換された。


光を受けて、二つの指輪が静かに輝く。


これから先。


きっと楽しいことばかりではない。


仕事で意見がぶつかることもあるだろう。


忙しくて、すれ違う日もあるかもしれない。


それでも。


この人となら。


エレナはそう思った。


アレクシスもまた、同じことを考えていた。


自分はもう、一人で生きていくことを考えなくていい。


帰りを待ってくれる人がいる。


疲れたときに気づいてくれる人がいる。


嬉しいことを、一緒に喜んでくれる人がいる。


そして。


自分も、その人を支えていきたい。


式が終わり、二人が並んで歩き出す。


祝福の声が降り注ぐ。


エレナは少し照れながら、アレクシスの隣を歩いた。


「……なんだか、不思議ですね」


「何が?」


「私たちが夫婦になったことです」


アレクシスは少し考えてから答えた。


「私は、あまり不思議には思わない」


「え?」


「ずっと、こうなる気がしていた」


エレナが驚いて彼を見る。


「いつからですか?」


「……それは」


アレクシスは少しだけ視線を逸らした。


「君が私のことを好きになるより、かなり前だ」


「……えっ?」


エレナの顔が赤くなる。


アレクシスも少しだけ耳を赤くしていた。


「それ以上は、聞かないでくれ」


「ふふっ」


エレナは笑った。


そして。


ふと、自分の顔に触れる。


眼鏡はない。


けれど、不思議と心細くはなかった。


昔は、眼鏡を外すと少しだけ自分ではなくなるような気がしていた。


けれど今は違う。


眼鏡をかけていても。


外していても。


自分は自分だ。


そして――。


そのどちらの自分も、愛してくれる人が隣にいる。


エレナは、アレクシスの手をぎゅっと握った。


「アレク」


「……ん?」


彼女がその名前で呼ぶと、アレクシスは嬉しそうに目を細める。


「これからも、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


アレクシスも、彼女の手を握り返す。


「これから先も、ずっと」


二人は顔を見合わせる。


そして、笑った。


かつて。


彼女にとって眼鏡は、自分を守ってくれるものだった。


けれど今は。


眼鏡を外しても、自分らしくいられる。


大切な人の前で、何も隠さずに笑える。


だから――。


彼女が眼鏡を外す時。


それは、彼女が別の誰かになる時ではない。


これまでの自分も。


これからの自分も。


すべてを抱えたまま――。


愛する人の隣に、ありのままの自分で立つ時。


そして彼女は今日。


眼鏡を外したまま、愛する人と共に歩き始めた。


――幸せな未来へ。

みなさま最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

初めての作品で、こんなシーンを入れたいとかこんなエピソード書きたいとか構想中のままになってしまった所も多々あり、書きたいを形にしていく事の難しさを痛感致しました。

日々の皆さんの閲覧が、思った以上に嬉しく励みになっています。


明日からは新しいお話、『やさぐれ侯爵令息は、天然婚約者の手のひらの上』を公開していきます。

恋に失望し、やさぐれひねくれた侯爵令息が天然婚約者に振り回され心乱され恋に落ちていく物語となっていますので、是非読みにきてください。


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