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第92章 新形テレビ20宇宙へ行く

第92章 新形テレビ20宇宙へ行く


南越重工業の手によって建造され、地球周回軌道上に圧倒的な美しさとスケールで鎮座する超大型高居住型宇宙ステーション『グランド・ラビット』。NASAおよび国際宇宙コミュニティへの完全納入を経て、本格的な正式運用が開始されたこの人類最高の宇宙拠点には、連日のように世界各国の宇宙飛行士や先端科学の研究者たちが集い、新たな時代の歴史を刻み始めていた。


地球と『グランド・ラビット』を結ぶ交通アクセス網は、実にスムーズかつ強靭に構築されていた。アメリカ・ケネディ宇宙センターからの定期便に加え、新形県寺尾沖の海上人工島に聳え立つ「新新形国際空港」の宇宙港エリアから、南越重工業が誇る超大型宇宙往還機スペースシャトル『ラビット・シャトル一号』および二号が頻繁に発着。南越エアラインズのパイロットたちとAI自動航行システムの手によって、大気圏と宇宙空間を往復する定期往来システムが完全に定着していたのである。


そんな中、かつては破産寸前の地方貧乏局でありながら、南越急行の支援と「編集権の完全独立(新形テレビ20憲章)」のもとで世界の主要報道機関へと劇的な飛躍を遂げた『新形テレビ20』に、千載一遇の歴史的大チャンスが舞い込んできた。


NASAと南越重工業、そして国際宇宙ステーション運営委員会の共同プロジェクトとして、世界で初めて民間の報道機関による『グランド・ラビット内部の全面密着取材』が許可されたのである。そして、その大役を担う取材クルーとして選ばれたのは、他でもない、新形テレビ20の報道魂の象徴であるベテラン記者の高橋と、相棒の若手カメラマン井上であった。


「高橋さん……俺、本当に宇宙へ行くんですよね? 未だに夢なんじゃないかって手が震えてるんですよ」


新新形国際空港の宇宙港ターミナル、専用の与圧宇宙服に身を包んだ井上カメラマンは、興奮と緊張で引きつった笑みを浮かべながら、手元のカメラバッグを握りしめていた。そのバッグの底には、かつて破綻寸前だった時代に高橋とともに現場を駆け回り、ガムテープでズームノッチを補修しながら真実を追い続けたあの古い壊れかけのカメラの部品が、お守りとしてそっと忍ばせれていた。


高橋記者は、白髪の混じった頭を掻きながら、ヘルメット越しに優しく眼差しを向けた。


「井上、機材がどんなに最先端になろうが、行く場所が成層圏の向こうだろうが、俺たちのやることは一つだ。『カメラのレンズの向こうにある真実と情熱を、ありのまま伝える』。それだけだろ?」


「はい……! 最高の一カットを撮ってきます!」


二人は南越重工業のテストパイロットに導かれ、滑走路に鎮座する『ラビット・シャトル二号』へと乗り込んだ。


「カウントダウン……三、二、一、テイクオフ!」


サロナエアコンと南越電力が共同開発した静音・高推力のプラズマ・ターボジェットエンジンが咆哮を上げ、シャトルは新新形国際空港の滑走路を蹴って大空へ舞い上がった。高度を上げるにつれ、空の色は群青から漆黒へと変わり、窓の外には丸みを帯びた青い地球が広がっていく。


G(重力加速度)が抜け、無重力状態が訪れた瞬間、シャトルの前方モニターに、太陽光を浴びて神々しく白銀に輝く巨体——宇宙ステーション『グランド・ラビット』が姿を現した。


直径三百メートルに及ぶ優美な回転式人工重力リング、広大な太陽光パネルの翼、そして流麗な観察ドーム群。


「うわあ……これが、南越重工業が創り出した『宇宙の街』か……!」


井上は息を呑み、即座に八K超高画質宇宙用カメラを構えて、ドッキングの一部始終をファインダーに収めた。


『ラビット・シャトル二号』が『グランド・ラビット』のメインドッキングハッチへエアロックを介して完璧に結合し、プシューという減圧音が響く。ハッチがゆっくりと開くと、そこには南越車輌のインテリアチームが手掛けた、やわらかな木目調の温かみのあるアプローチ空間が広がっていた。


「新形テレビ20取材クルーの皆さん、ようこそ『グランド・ラビット』へ!」


出迎えたのは、NASAのステーション船長を務めるジョンソン宇宙飛行士と、ステーション内に駐在する南越重工業のエンジニアたちであった。ジョンソン船長は笑顔で高橋と井上の手を固く握りしめた。


二人が一歩足を踏み出して驚愕したのは、その「圧倒的な快適性」であった。


ステーションの回転リングエリアに入ると、遠心力によって生み出された地球の約三分の一の疑似重力が心地よく体に働きかける。微少重力エリアでの無重力浮遊と異なり、地に足をつけて普通に歩くことができるのだ。


さらに、サロナエアコンが開発した「超静音・空気清浄バイオ生命維持システム」のおかげで、従来の宇宙船にありがちだった機械の甲高い爆音や独特の異臭が完全に消し去られていた。耳を澄ませば、新形県の深い森を思わせる微かな清涼感のあるアロマと、適度な湿度の風が室内をそっと吹き抜けている。


「井上、回せ! これが宇宙の最前線だ!」


高橋記者の熱い合図とともに、人類初の『民間ローカル局による宇宙ステーション生中継』が開始された。新形テレビ20の編集権独立のもと、映像は衛星回線と南越重工業のスターリンク光レーザー通信網を経由して、地上へ、そして世界中へとリアルタイムで同時配信された。


「全国の、そして世界中の皆様、新形テレビ20の高橋です! 私は今、地球高度四百キロの上空に浮かぶ、宇宙ステーション『グランド・ラビット』の内部にいます! ご覧ください、ここが宇宙飛行士たちの居住エリアです!」


高橋がリポートしながら歩みを進めると、画面には世界中の視聴者が目を見張る光景が次々と映し出された。


南越不動産とホテル・ホワイトラビットのノウハウが惜しみなく投入された居住エリアには、プライバシーが完璧に守られた個室が並んでいた。室内には超高速光網が完備され、地球の家族といつでも四K画質で顔を見ながら会話ができる。


続いて案内されたのは「宇宙農園シェフ・ラボ」であった。そこでは南越アグリが開発したAI光合成LEDのもと、真っ赤に熟した無農薬のイチゴやトマト、さらには新形のコシヒカリが青々とした穂を実らせていた。


「驚きました! 宇宙飛行士たちが採れたてのトマトをそのまま口に含み、笑顔を見せています! 従来のレトルトの宇宙食ではなく、地上の最高の食卓がここには再現されているのです!」


さらに二人が向かったのは、微小重力対応のスパ施設、そして北宝映画と新形テレビ20が共同開発した全方位八Kパノラマ・リラクゼーションルームであった。壁一面に映し出された新形県の雪景色や万代シテイの街並み、北塚歌劇団の絢爛豪華な舞台映像を前に、疲れた宇宙飛行士たちがリラックスして談笑している。


NASAのジョンソン船長は、高橋のマイクに向かって興奮気味に語った。


「高橋記者、従来のステーションは『死なないために耐える場所』でした。だが、南越重工業が創り出したこの『グランド・ラビット』は『人間が人間らしく、健やかに創造力を発揮できる家』なのです。騒音もストレスもなく、美味しいものを食べ、快適に眠れる。だからこそ、我々は最高の研究成果を上げられる。南越急行グループの技術と優しさには、地球上の全宇宙飛行士が感謝していますよ!」


井上カメラマンは、ジョンソン船長の目の輝き、額に浮かぶ汗、そしてステーションの窓から見える漆黒の宇宙と青い地球のコントラストを、寸分の狂いもなくファインダーで捉え続けた。かつてガムテープ補修の古いカメラで現場の真実を追いかけたあの情熱は、宇宙空間においても何一つ変わっていなかった。


取材中、高橋と井上はステーション内の通信ルームで、六日町本社にいる篠原CEO、大石専務、古賀副社長との緊急交信を行った。


モニターに映し出された古賀副社長は、豪快に笑いながらマイクに呼びかけた。


「おい、高橋! 井上! 宇宙の住み心地はどうだ? うちのサロナのエアコンや、南越車輌の部屋は役に立ってるか?」


高橋記者は感極まった表情で深々と頭を下げた。


「古賀副社長、篠原CEO、大石専務……素晴らしいです! ここにあるのは、単なる最先端の機械ではありません。現場で働く人々、ここで暮らす宇宙飛行士たちの『命と心』を守るための、南越急行グループの温かい情熱そのものです! 地上の視聴者の皆様も、この映像を見て涙を流して感動しています!」


篠原は穏やかな笑みを浮かべ、静かに語りかけた。


「高橋さん、井上さん、素晴らしい報道をありがとう。新形テレビ20が追い続けてくれた真実があるからこそ、私たちは現場の情熱を忘れずに走ってくることができました。宇宙からの声を、これからも世界へ届けてください」


一週間に及ぶ密着取材は、あっという間に過ぎ去った。


数々の歴史的な映像と膨大な取材データを携え、高橋と井上を乗せた『ラビット・シャトル二号』は『グランド・ラビット』を離脱。大気圏へ突入し、新新形国際空港の滑走路へと見事に着陸した。


新形テレビ20が放送した特別報道番組『宇宙の家〜グランド・ラビット密着数百時間〜』は、日本の全テレビ局の最高視聴率記録を劇的に更新。さらにはCNN、BBCといった世界の主要メディアへも配信され、全地球上で空前の大反響を巻き起こした。


しかし、新形テレビ20の「宇宙への挑戦」は、単発の取材企画では終わらなかった。


取材の成功と世界中からの熱烈な要望を受け、新形テレビ20社長の佐々木と高橋報道局長(取材統括から昇進)は、南越急行ホールディングスおよびNASA、運営委員会の承認のもと、前代未聞の新たなる決定を下したのである。


それは、宇宙ステーション『グランド・ラビット』内に『新形テレビ20・宇宙支局(Space Station Bureau)』を永久設置し、特派員を常駐させるという決断であった。


宇宙支局の初代特派員には、今回の取材で高橋の薫陶を受け、見事な成長を遂げた若手記者の小林と、井上の弟子である若手カメラマンが抜擢された。


『グランド・ラビット』の回転リング内に作られたガラス張りの『宇宙サテライトスタジオ』。その背景には、リアルタイムで美しく回転する青い地球と漆黒の星空が広がっていた。


「皆様、こんばんは。『新形テレビ20・宇宙支局』の小林です。本日も高度四百キロの宇宙ステーションより、宇宙と地球の『今』をお伝えします」


アナウンサーの第一声とともに、世界初の「宇宙からのデイリーニュース生放送」が開始された。


宇宙支局からは、ステーション内で行われる最先端の創薬実験や無重力材料開発のニュースだけでなく、窓の外に見える地球の気候変動の様子、世界中から集まる宇宙飛行士たちの素顔や日常の暮らし、さらには深宇宙から届く天文学の最新発見まで、忖度も検閲もない「純度の高いリアルな真実」が毎日二四時間、世界中へ届くようになったのである。


六日町本社の社長室で、篠原賢人は夜遅く、デスクのモニターに映し出される『新形テレビ20・宇宙支局』の生放送を静かに見つめていた。


画面の向こうでは、かつて倒産寸前でガムテープを巻いたカメラを抱えていた小さなローカル局の記者が、宇宙のスタジオから世界中の人々へ向けて堂々とニュースを伝えている。


隣に立つ大石専務が、手元のタブレットを見ながら呟いた。


「篠原CEO、新形テレビ20の宇宙支局開設により、同局の国際放映権収入と世界的な広告価値は過去最高を更新しました。我がグループの透明性と社会的信用を保証する『開かれた鏡』として、これ以上の存在はありませんね」


そこへ、古賀副社長が熱いお茶を手に持ちながら入ってきた。


「ハハハ! 大石さん、相変わらず数字の話が好きだな。だが見てみろよ、新形や山型、永野の子供たちが、毎晩夜空を見上げて『あの中に新形テレビ20のスタジオがあるんだ!』って歓声を上げてるそうだ。赤字で潰れそうだったローカル局が、宇宙からニュースを届ける時代になったんだ。胸が熱くなるじゃないか」


篠原は穏やかに微笑み、窓の外に広がる六日町メガロポリスの夜景と、その上に広がる澄み切った星空を見上げた。


かつて、雪深い越後路で、年間十数億円の赤字に苦しみ、明日をも知れぬ廃線の恐怖に震えていた雪国の小さな第三セクター鉄道「南越急行」。


内部留保三百億円を解約し、半導体株にすべてを賭けたあの日から始まった命がけの走りは、地銀を救済し、地域産業を再生させ、被災地や孤島を守り、自前の重工業と建設、航空宇宙を打ち立て、ついに宇宙空間にまでその輝かしい軌跡を到達させた。


そして今、その真実と人々の情熱は、宇宙支局のレンズを通して、地球上のあらゆる人々の心へと届けられている。


(渡辺社長……見えていますか。あなた方が全財産を賭けて守り抜いてくれたあの日の南越急行の線路は、いまや宇宙と地球を繋ぎ、人々の希望を照らし続けています)


渡辺前社長が遺した不滅の言葉——「線路に終着駅はない」。


その言葉通り、南越急行グループと新形テレビ20が紡ぎ出す希望のレールは、どこまでも、どこまでも、輝く未来の果てに向かって力強く走り続けていくのだった。

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