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第90章 南越重工、超音速旅客機を作る

第90章 南越重工、超音速旅客機を作る


南越急行グループに、またひとつ巨大な変革をもたらした「株式会社 南越重工業」の誕生と、スペースX社のスターリンク衛星大量納入劇の成功は、世界の航空宇宙産業に計り知れない地殻変動を引き起こしていた。分散していた重工業・航空宇宙・メカトロニクス技術が一本の太い幹へと集成されたことで、南越重工業の製造スピードと品質管理、そして異次元の耐久性は、世界の主要プレイヤーたちにとって「最も頼りになる最強のパートナー」としての地位を不動のものとしていたのである。


そんなある日、アメリカ・シカゴに本拠を置く航空機製造の世界的巨人「ビーイング社(Being Aircraft)」の本社最高経営責任者(CEO)から、南越重工業の古賀社長、そして南越急行ホールディングスCEOの篠原賢人のもとへ、超極秘の緊急渡米要請が届いた。


二十年間にわたる業績低迷と技術停滞で倒産寸前に追い込まれていたビーイング社は、南越急行傘下のメガ総合商社「南越通商」による買収と自前資金の投入、そして新形県寺尾沖の「新新形国際空港」に隣接する「ビーイング新形ギガファクトリー」の建設によって奇跡の復活を遂げていた。グループの先進AI技術と超軽量ナノセラミック素材を結集して開発された世界初の超エコ・AI次世代大型旅客機『B7107』は、すでに世界中のエアラインから二千機を超える受注を獲得し、空の旅の主生面として君臨していた。


しかし、ヨーロッパを拠点とするライバルの航空機巨大企業「エアタクシー社」との熾烈な市場シェア争いは、新たなる局面へと突入していたのである。


シカゴのビーイング本社最上階の役員室。緊急会談に臨んだ篠原、古賀、そして南越通商の鈴木社長を待っていたのは、悲壮感を漂わせたビーイング社の首脳陣であった。


「篠原CEO、古賀社長……我々は今、創業以来最大のブランド危機の渦中にあります」


ビーイングのトップは、苦渋の表情で最新のアナリストレポートと国際航空市場のデータをモニターに映し出した。


ここ数年、ビーイング社は旧世代機のパーツ製造における品質管理のミスや、一部機体のドア不具合事故という痛恨の不祥事を起こしてしまっていた。新形の最新ギガファクトリーで製造されている『B7107』自体は完璧な品質を誇っていたものの、過去の旧型機に対する世間の不信感とメディアのネガティブキャンペーンは深刻であり、国際マーケットでの新規受注争いにおいてライバルのエアタクシー社に大幅なリードを許す事態に陥っていたのである。


「失われた信頼と市場シェアを劇的に奪還し、航空史の歴史を塗り替えるための『決定打』が必要です。そのためには、単なる既存機の改修ではなく、全人類が半世紀にわたり夢見ながらも、経済性と環境性能の壁に阻まれて諦めていた『夢の翼』を完全な形で現実化するしかありません」


ビーイングCEOの目が激しい情熱で光った。


「我々が南越重工業に打診したいのは、世界初の『超音速旅客機(SST)ファミリー』の共同開発と完全量産です。それも、一部の富裕層だけが乗る実験機ではなく、民間エアラインが十二分に採算に乗せられる圧倒的な低燃費と低騒音、高い安全性を兼ね備えた商業超音速機です」


かつて、二世紀後半に活躍した伝説の超音速旅客機「コンコルド」は、時速二千キロを超える圧巻のスピードを誇りながらも、あまりにも激しい燃料消費による高額な運賃、大気圏を切り裂く際に発生する凄まじい衝撃音「ソニックブーム」による陸上飛行の禁止、そして高いメンテナンスコストと事故によって退場を余儀なくされた。それ以来、超音速の壁は航空機メーカーにとって「経済的に成り立たない禁断の領域」とされてきたのだった。


ビーイング側が提示した構想は、用途と路線規模に応じた三つのファミリー機体であった。

一つ目は、中距離・高頻度ビジネス路線を狙う一五十人クラスの超小型・超高速機『ビーイング7117』。

二つ目は、太平洋や大西洋を横断する国際主要路線をカバーする三百人クラスの標準型『ビーイング7127』。

そして三つ目は、世界中のメガシティ間を大量輸送する前人未到の五百人クラス超大型・超音速機『ビーイング7137』である。


「コンコルドの三倍以上の座席数を持ちながら、音速の2.5倍(マッハ2.5)で飛び、しかも現在の通常旅客機と同等の運賃と圧倒的な低燃費、そして静音性を実現する……。これを達成できれば、東京—ニューヨーク間は従来の十四時間からわずか四時間に縮小されます。世界中のビジネスと物流の概念が根底から覆り、エアタクシー社を完膚なきまで突き放すことができる!」


同席した南越通商の鈴木社長や大石専務(リモート参加)の目つきが変わった。要求されているハードルの高さはまさに狂気の沙汰であった。超音速での長距離飛行において、機体表面は空気抵抗の熱で摂氏200度以上に達する。さらに150人、300人、500人という巨大な機体を音速を超えて安全に飛ばし、かつソニックブームを地上に届かせないレベルまで抑制し、現代の厳しい環境基準をクリアするエンジンを作るなど、従来の航空工学の常識では不可能な領域であった。


しかし、古賀社長は太い腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。


「面白いじゃないか。コンコルドが挫折した『夢の壁』を、俺たちの手でぶち破るってわけだ。篠原さん、南越重工業の初の大仕事として、これ以上の舞台はないんじゃないですか?」


篠原は静かに立ち上がり、窓の外に広がるシカゴの空を見つめた。


「受けましょう。南越急行グループのすべての技術を結集すれば、安全で、静かで、圧倒的に経済的な超音速機は必ず作れます。世界の移動時間を三分の一に短縮し、地球を真の意味で一つのコミュニティに繋ぎ直しましょう」


こうして、南越重工業とビーイング社の全総力を挙げた国家級超大型プロジェクト『プロジェクト・超音速ライジング』が電撃的に発足した。


設計と開発の主導権は、新形県の新新形国際空港に隣接する「南越重工業・航空宇宙R&Dセンター」に置かれた。


超音速旅客機を実現する上で、最大のボトルネックとなるのは4つの巨大な壁——「耐熱・超軽量構造」「ソニックブーム(音響衝撃波)の消滅」「超効率エンジン」「短距離離着陸性能と静音性」であった。南越重工業は、グループ内に息づく異次元の技術群をフル回転させてこの壁に挑んだ。


まず「耐熱・超軽量構造」においては、南越車輌と南越総合大学が共同開発した、熱膨張率が限りなくゼロに近い新素材「カーボン・チタン・ナノセラミック複合材」を機体全面に採用。マッハ二・五の高速飛行時に発生する表面熱を完全にシャットアウトすると同時に、機体重量を従来の同等機の四十%まで軽量化することに成功した。


次に「ソニックブームの消滅」という難題には、本産自動車の最先端量子流体AIシミュレーションと南越建設の流体力学技術が威力を発揮した。機体ノーズ(首首部)から翼形状に至るまで、空気の圧縮波を互いに打ち消し合わせる特殊な「ウエーブ・シェイピング翼」をAIが自動設計。これにより、音速突破時に地上へ届く衝撃音を、従来のコンコルドの百分の一以下——街中の乗用車の走行音と同等レベルまで低減させることに成功し、世界で初めて「全陸域での超音速飛行認可」の基準をクリアする目処を立てた。


そして心臓部となるエンジンには、サロナエアコンの排熱回収熱交換技術と南越電力の次世代エネルギー研究を結集した「ハイブリッド・エア・プラズマ・ターボファンエンジン」が開発された。通常のSAF(持続可能な航空燃料)と、機体表面の熱から回収した電力で駆動するプラズマ噴射を融合させることで、燃費性能を従来の通常旅客機( subsonic )と同等レベルまで劇的に改善。コンコルドの最大の弱点であった「壊滅的な悪燃費」を完全に克服してみせたのである。


最後の「離着陸性能と静音性」についても、南越エアラインズのSTOL(短距離離着陸)機ノウハウを応用。可変ノズルとAI推進ベクトル制御により、騒音の激しい超音速機でありながら、地方都市の三千メートル級滑走路でも余裕をもって静かに離着陸できる高い安全性を確立したのだった。


開発決定から一数ヶ月という驚異的な突貫工事を経て、新新形国際空港の巨大ドーム格納庫において、歴史的な新機体ファミリーの初公開式典ロールアウトが開催された。


式典には、世界中の主要エアラインのCEO、主要国の航空当局者、そして新形テレビ20のカメラマン井上や報道記者の高橋ら数百人の報道陣が集結していた。


幕が落とされた瞬間、会場には息をのむような静寂と、それに続く割れんばかりの歓声が巻き起こった。


そこに姿を現したのは、まるで大空を舞う白ウサギと銀の剣を融合させたかのような、流麗で神々しいシルエットを持つ三つの翼であった。


洗練された一五十人乗り小型機『ビーイング7117』。

優美なラインを描く三百人乗り標準機『ビーイング7127』。

そして、二層構造の巨大な胴体と前進・後進複合翼を備えた、圧倒的な存在感を放つ五百人乗り超大型機『ビーイング7137』。


すべての機体には、南越重工業の象徴である「White Rabbit」のエンブレムが誇り高く刻まれていた。


「それでは、世界初の超音速商業飛行テストを開始します!」


アナウンスとともに、南越重工業のテストパイロットとAI自動航行システムを載せた『B7127』試作機が、新新形国際空港の長い滑走路を静かに滑り出した。サロナエアコンと共同開発した静音エンジンの咆哮は、従来のジェット機よりも遥かに静かであり、周囲の住宅街へ配慮された完璧な騒音レベルを証明していた。


軽々と大空へ舞い上がった『B7127』は、新形沖の日本海上空で急速に加速。高度二万メートルの成層圏へと達すると、AIのアナウンスが響いた。


『マッハ1.0通過……マッハ2.0通過……巡航速度マッハ2.5へ到達』


地上に設置された無数の精密音響センサーは、かつてコンコルドが残した爆音とは無縁の、かすかな風切り音のみを計測していた。さらに機内客室の映像が新形テレビ20を通じてリアルタイムで世界へ生中継された。成層圏の濃紺の空と、丸みを帯びた地球の水平線を背景に、客室内のシャンパングラスの水面は微動だにせず、グラスを傾けるパイロットたちの笑顔が映し出されていた。極上の静粛性と振れの無さ、そして極上の快適性が、音速の2.5倍の世界で完全に保たれていたのである。


試作機はわずか30分で日本列島を横断し、さらに太平洋を越えて見事に羽田・成田、そしてシカゴへのテストフライトを完璧な安全データとともに完遂してみせたのだった。


安全性、燃費性能、離着陸性能、静音性、そして客室の快適性——どれをとっても従来の通常旅客機を凌駕し、ライバルのエアタクシー社が開発を進めていた中型機などを遥かに置き去りにする「完全なる圧勝」であった。


テストフライト大成功のニュースが世界を駆け巡ると、航空業界の歴史は一瞬にして塗り替えられた。


かつてドア不具合などでビーイング社を敬遠し、エアタクシー社へ傾斜していた全米、欧州、アジア、中東のメガ・エアラインのトップたちが、手のひらを返したように新形の南越重工業本社とシカゴのビーイング本社へ殺到したのである。


「一刻も早く我が社に『B7127』を50機納入してほしい! 運賃を通常機と同等に設定できれば、他社のお客をすべて奪える!」

「我が国の中東〜ロンドン〜ニューヨーク路線に『B7137』を51機一括購入したい! キャッシュで一括即金で支払う!」


受注の波は留まることを知らず、発表からわずか一ヶ月で、三つのモデルを合わせた初期受注数は前代未聞の「2500機」、受注総額は数百兆円という天文学的な数値に達した。エアタクシー社の株価は暴落し、ビーイング社と南越重工業の連合体は世界のアビエーション市場の圧倒的な覇権を完全奪還したのである。


新形臨海部の「南越重工業・新形ギガファクトリー」では、全自動AI組み立てラインが24時間体制で稼働し、南越物流の全自動トラック網と南越海運の大型輸送船が世界中から届く高品質パーツをロスタイムゼロで供給し続けていた。


新形新空港のテラスで、夕日に染まる滑走路から次々と世界へ向けて飛び立っていく超音速機ファミリーを見送りながら、古賀社長と大石専務、そして篠原CEOが並んでいた。


「大石さん、今回の『超音速ファミリー』の受注、うちの儲けはどれくらいになりそうだ?」


古賀がニヤリと笑いながら尋ねると、大石専務は眼鏡の奥の目を緩ませ、手元のタブレットを叩いた。


「南越重工業の製造ライセンス料および機体・エンジン供給益、そして南越通商の販売手数料を合わせ、今後十年でグループへもたらされる純利益は数十兆円規模に達します。さらに、我がグループの南越エアラインズが世界に先駆けて全路線へ『B7117・7127』を投入することで、世界の航空モビリティの主導権は完全に我が社が握ることになります」


古賀は満足そうに頷き、篠原の肩を叩いた。


「見たか篠原さん。昔、越後湯澤の駅で『特急なんたか』の通過待ちをしてた頃の俺たちに教えてやりたいぜ。『お前らの技術と現場の情熱は、将来マッハ2.5で世界中を飛び回るんだぞ』ってな!」


篠原は穏やかな笑みを浮かべ、澄み切った空の彼方へ消えていく銀の翼を見つめた。


かつて雪深い越後路で、赤字と廃線の恐怖に震えていた小さな第三セクター鉄道。その現場の誇りと、絶え間ない金融・産業改革の情熱が紡いだレールは、地銀を救い、街を再生し、宇宙へと届き、いまや世界中の人々の「移動の歴史」そのものを未来へと進化させた。


渡辺前社長が残した「線路に終着駅はない」という言葉は、大空へ、成層圏へ、そしてまだ見ぬ未知の未来へと無限に伸び続けていた。南越急行グループの挑戦の旅路に、終わりの駅が来ることは決してないのだった。

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