第69章 黒い黄金と地底の炎
第69章 黒い黄金と地底の炎
冬、六日町メガロポリスの北端に位置する「南越不動産」の新規開発所有地で、異変は起きていた。
そこは南越建設が全自動建機を投入し、新たなスマートロジスティクスセンターの基礎工事を進めていた広大な敷地だった。建設現場の深層ボーリング調査を行っていた最中、地下数百メートルから強烈な圧力を伴って、泥混じりの黒い液体と強烈な揮発臭を放つガスが自噴を始めたのである。
報告を受けた「財務の鬼」大石専務は、直ちに現場へ急行した。
現場はオイルフェンスとガス検知器が設置され、騒然としていた。ドラム缶に採取された黒い液体と、パイプから勢いよく吹き出す透明な気体を目にした大石の目は、冷徹な分析者の光を帯びていた。
「大石専務、これは新形特有の自然湧出油と天然ガスです」
南越建設の井上社長が汗を拭いながら解説する。
「通常、地元の住宅街などでこれが湧き出すと、強烈な悪臭、水質汚染、火災リスクで住民も自治体も大困惑する厄介者です。精製するほどの量や品質でもなく、処理費用ばかりがかかって手放したくなる『負動産』の典型ですよ。現に、近隣の住宅街でも庭先や池から原油が染み出してオイルフェンスの交換費用に追われ、売るに売れないまま頭を抱えている地主や自治体が山ほど存在します」
しかし、大石は顎に手を当て、手帳に数字を書き込みながら呟いた。
「……いや、待てよ。発想が逆だ。世間が『害』として処理費用を払っているものを、我がグループのインフラと技術に組み込んだらどうなる?」
大石はすぐさま現場のサンプルを南越総合大学の分析ラボへ送らせると、本社へと引き返し、篠原CEOと古賀副社長を緊急の密室会議に招集した。
社長室のホワイトボードの前に立った大石は、電卓を叩く音とともに切り出した。
「篠原さん、古賀さん。南越不動産が取得した第8工区の地底から、日量相当量の原油と高純度なメタンスイートガスが自噴し始めました。地元自治体なら『悪臭被害と処理コストの発生』と頭を抱える案件です。ですが……これを我がグループのビジネスとして完全マネタイズする構想があります」
古賀が眉をひそめて身を乗り出した。
「おいおい大石、新形の湧出油なんて精製コストが高すぎて石油会社だって見捨てるシロモノだぞ? 臭いと引火の危険で近隣から苦情が来るのが目に見えてる。不純物も多くて粘度も高い。まさか今さら昭和の石油元売りビジネスでも始める気か?」
「いいえ、古賀さん。ガソリンや軽油に精製してガソリンスタンドで売るような、古い石油ビジネスなどやりません」
大石はホワイトボードに、南越急行グループが誇るアセットを次々と書き連ねていった。
「我々には何がありますか? 第54章で完成させた『南越電力』の自前送配電網、南越総合大学のナノ触媒・化学工学研究室、本産自動車の次世代AIエネルギー制御、南越建設の全自動プラント施工能力、そして越後中央銀行をはじめとする『南越フィナンシャル・グループ』の潤沢なリスクマネーです」
篠原がジャスミン茶を静かに口に含み、口元をわずかに緩めた。
「……大石、要点を言いなさい。その『地底の厄介者』をどう化けさせる?」
大石はホワイトボードの中央に大きく文字を書いた。
『無人化・分散型コ・ジェネレーション&地熱・化石ハイブリッド水素プラント』
「湧き出る天然ガスは、南越建設が現場に超コンパクトな無人AIガスタービン発電機を設置し、その場でダイレクトに電気へ変換します。送気パイプラインを遠くまで引く敷設コストすらゼロです。発生した電力は南越電力のスマートグリッドに直接流し込み、近隣の六日町メガロポリスや南越車輌の工場へ供給する」
大石はさらに熱を帯びた口調で続けた。
「そして、問題の『質の悪い原油』とガスの余剰分です。南越総合大学の山根学長チームが開発した『低温ナノ触媒改質技術』を投入します。これを現地で改質し、高純度ブルー水素と、本産自動車の合成燃料(e-fuel)の原料へダイレクトに転換するのです。さらに、精製過程で発生する排熱は、隣接する南越アグリの巨大冬物ビニールハウスと、ホテル・ホワイトラビットの融雪ロードヒーティングへ全額供給する。原料費ゼロ、輸送費ゼロ、排熱回収率99%の超高効率エネルギー循環プラントの完成です」
古賀が目を丸くした。
「な……なんだと!? 地元住民が『臭い・汚い・危険』と嫌がる湧出油とガスを、その場で水素と電気と温水に変えてしまうっていうのか!?」
「それだけではありません」と大石はニヤリと笑った。
「新形県内には、住宅街や山林で石油やガスが勝手に湧き出し、防除マットの交換作業や古い井戸の封鎖費用で毎年多額の赤字を垂れ流している自治体や個人地主が山ほどあります。我がグループは彼らにこう提案するのです。『その困り果てた負動産、南越不動産が適正価格で買い取るか、もしくは南越信託銀行の管理のもと、エネルギー地熱・ガス信託として我が社に運用を委ねませんか?』と」
篠原の目が鋭く光った。
「……なるほど。地域住民からは『厄介者を引き取ってくれた救世主』と感謝され、自治体は処理コストの負担から解放される。そして南越急行は、県内各所に眠る天然エネルギーの権利と地底リソースを、ほぼタダ同然の仕入れコストで独占的に手に入れるわけか」
「その通りです、篠原さん!」大石は手帳を叩いた。
「新形の地下に眠る無数の『地底の火種』を、我がグループの分散型発電・水素供給ネットワーク『南越エナジー・キャピタル』へと統合します。初期投資額は800億円。ですが、3年で回収し、以降は年間400億円以上の営業利益を生み出す超高収益・環境改善ビジネスになります!」
古賀が豪快に笑い飛ばした。
「ハハハ! 毎度毎度、大石の頭の中はどうなってんだ! 地方の迷惑モノを札束と技術でひっくり返して、また儲けの山を作りやがる!」
篠原は静かに立ち上がり、窓の外の雪景色を見つめた。
「渡辺前社長なら、こう言ったはずです。『地域が困っていることの中にこそ、本当の仕事がある』とね。……大石、古賀さん。直ちにプロジェクトチームを発足させなさい。南越建設、南越電力、南越総合大学、本産自動車を集め、『プロジェクト・ブラックゴールド』を始動する」
「了解!」
こうして立ち上がったプロジェクトは、異次元のスピードで具現化されていった。
まず動いたのは南越建設と本産自動車だった。井上社長率いる南越建設の全自動工法部隊は、湧出地帯にわずか1か月で全天候型の全自動コンテナ型プラントを建設。本産自動車が開発した超小型・高効率AIガスタービン発電ユニットが設置され、自噴する天然ガスをその場で次々と電力へと変えていった。騒音や不快な匂いは最新のプラントろ過技術と吸音構造によって完全に遮断され、周囲には静けさだけが広がった。
続いて、南越総合大学の山根学長と研究チームが現地に入った。ナノ触媒を用いた反応炉が稼働を始めると、ドロドロとした黒い粗悪原油は、不純物を完全除去された透明な高純度水素と、次世代のクリーン燃料であるe-fuelへと姿を変えて抽出されていった。
さらに、南越信託銀行と南越不動産がタッグを組み、新形県内で石油やガスの自然湧出に頭を悩ませていた自治体や住民のもとへ駆けつけた。
「自宅の庭から油が湧き出て、臭いと火事が怖くて夜も眠れなかった……」
「毎年、オイルフェンスの交換代だけで何十万円も飛んでいっていたのに……」
南越信託銀行が提示した「地底エネルギー信託」の契約書に、困り果てていた地主たちは涙を流して署名した。南越急行グループが土地の管理と防除を完全肩代わりし、さらに発生したエネルギー収益の一部を信託配当金として地主へ還元するという、夢のような救済策だったからである。行政側も、処理費用の負担がゼロになるどころか、プラント設置による固定資産税が入るとあって諸手を挙げて賛成した。
新形県内数十箇所に及ぶ「困った湧出地」は、瞬く間に南越急行の「無人クリーンエネルギー拠点」へと生まれ変わっていった。
プラントから生み出された電力は南越電力のスマートグリッドを通じ、地域住民へ従来の半額という格安で供給された。精製された水素は「南越バス」や本産自動車の大型燃料電池トラック「キャブオールFCV」の燃料として消費され、排出されるのは清らかな水だけとなった。さらに、プラントから大量に出る温水と排熱は、南越アグリの温室ハウスへと送られ、真冬の新形でありながら南国のフルーツや極上マンゴー、最高級の冬イチゴが大大量に栽培・収穫されるという新たな特産品まで生み出したのである。
数か月後、新形県知事や沿線首長らが完成した「六日町第1エネルギーリサイクルプラント」の視察に訪れた。かつて強烈な悪臭と泥にまみれていた現場は、美しく緑化された公園のようになり、その地下で静かにクリーンエネルギーが生成されていた。
「篠原CEO、大石専務……まさか、県民が何十年も苦しんできた『地底の厄介者』を、これほどの地域貢献と莫大な利益を生む宝の山に変えてしまうとは……感謝の言葉もありません」
県知事が感無量の面持ちで頭を下げる横で、篠原は穏やかに微笑み、温かいジャスミン茶を口にした。
「知事、我々がしたのは特別なことではありません。地方に眠る課題から逃げず、技術と金融の力で正面から向き合っただけです。線路と同じですよ。途切れて困っている場所にこそ、新しい道を敷く価値がある」
かつて新形の住民を悩ませていた「地底の暴れ馬」は、南越急行コンツェルンの圧倒的な資金力と現場の誇りによって、地域を照らすクリーンエネルギーと莫大な利益を生み出す「黄金の泉」へと姿を変えた。
南越急行の走る線路の傍らで、地底の炎は今や人々の暖かな暮らしと笑顔を力強く照らし続けている。




